日本全国から、
「こんにちは」

ロボット、わらった?
木枯らし吹く師走(しわす)の夕暮れ。そのカフェ(東京・日本橋)に一歩入ると、緑いっぱいの広々とした空間が広がりました。レジ横から「こんにちは」の声。小学生くらいの背丈のロボットが、ゆっくりとまばたきしました。とまどいながら席に着くと、今度は手のひらに乗りそうな小さなロボットが机の上で手をあげて、「こんにちは」。
このロボットを操作しているのは、静岡県に住む“ちいさん”。スイーツと飲み物を注文しながら、ちいさんの住む海辺の町や飼っている2匹の猫の話を聞きました。少しぎこちなかった空気が消え、おたがい知らない土地で偶然であった旅人同士のような、ほっとした気持ちに。帰りぎわ「また来るね」というと、ちいさんのわらい声。ロボットがくすっとわらったように見えました。

オリヒメは「どこでもドア」
カフェではたらきまわるロボットたちは、オリィ研究所が開発する「オリヒメ」。さまざまな理由で外出がむずかしい方に「オリヒメ」を自分の分身として操縦(そうじゅう)してもらい、外の世界に触れる機会をつくります。特に、体に重度の障害を抱えた方の社会参加はむずかしく、さらにはたらくためには、乗りこえなければならないステップがたくさん。でも、ここDAWN(ドーン)でオリヒメの姿を借りれば、誰にも頼らずに離れた場所へ行ってコーヒーの注文をきいたり、水だって運べちゃいます。
オリヒメは「どこでもドア」と話すのは、オリィ研究所の濱口(はまぐち)さん。「やる気も好奇心もあるのに、体が不自由というだけで外に出られない人たちがいる。そのジレンマを解消するひとつの選択肢なんです」。病気のことばかり考えてふさぎ込んでいた人が接客することでいきいきと話し出したり、自信を取り戻したりというシーンをいくつも見てきたと言います。DAWNでの接客スキルを見込まれて企業の受付にスカウトされたり、企業のイベントであいさつしちゃうスゴ技のパイロット*1もいるのだとか。
「さまざまな理由で外出できない方が働く世界を広げるうえで、DAWNはゴールではなく、スタートなんです」。いずれは、心の病や認知症をわずらう方の孤独の解消にもオリヒメを活用していくそう。
ロボットの向こうの、確かな存在感
一見、能面のようなオリヒメの顔が、ときどき表情豊かに感じられるのはなぜなのでしょう。「それは、オリヒメの後ろに人の気配があるからです。人の声をきくことで目の前のロボットに生命を宿らせるのは、私たちの想像力なのです」。
ロボットの向こう側のパイロットと心を通わせ、同じ時間・空間を共有した記憶には、パイロットたちの確かな存在感が残っていました。
*1パイロット…分身ロボット・オリヒメを操縦する人のよび名
※本記事の内容は2022年12月時点のものです。