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TOKYO人権 第96号(令和4年11月30日発行)
JINKEN note/コラム
一人ひとりに、「自分らしい」選択肢がある世の中に
「選択肢」という名のスーツブランドが目指す
誰もが好きなものを選べる「当たり前の社会」とは
オーダーメイドスーツを通して性別の垣根を越える
女性だけれどメンズスーツが着たい—。カジュアルファッションにおいてメンズ向けの服を女性が着ることが増えていますが、女性がメンズのスーツを着ることは、今はまだ勇気がいることかもしれません。スーツは、ウエストがくびれていないメンズの仕様に対し、レディースは体のラインを強調するように体に沿った作りが多いなど、メンズとレディースで特徴が大きく異なります。そうした中、LGBTQに代表されるように、自身の性別や性のあり方について違和感を抱えている人は、自分に合うスーツを見つけることが難しいことがあります。そこで、女性の体型に合ったメンズ仕立てのスーツをオーダーメイドで提供するスーツブランドkeuzes(クーゼス)(オランダ語で「選択肢」という意味)を立ち上げた田中史緒里(たなか しおり)さんにお話を伺いました。
成人式や結婚式など、人生の節目となる大切な日に着るスーツ。自身のジェンダーを「FtX※1」に近いと自認する田中さんは「成人式には振袖ではなくスーツが着たかったのですが、自分が着られるスーツを探すことができず、欠席しました」と話します。普段の服装であればメンズアイテムの一番小さいサイズでなんとか対処できていても、スーツではそうもいかず、友人の結婚式などが増えるにつれて服装についての悩みは深まっていったといいます。「大切なお祝いの場なのに、自分らしい格好ができない」ことを理由に、出席を諦めてしまう人もいるのです。
クーゼスは店舗を持たず、顧客の元へ田中さん自ら採寸に向かいます。こうした営業スタイルによってさまざまな人の声を聞くことができたと田中さんは話します。「クーゼスのスーツを見つけられなかったら、結婚式や卒業式に参加できなかったという方や、クーゼスのスーツを買うことが、自身のジェンダーについて家族と話すきっかけになったという方もいました」。特に女性と男性のどちらでもない「中性※2」と自らを認識する人にとっては、言葉で伝えることが難しい場合もあります。そうした人から、実際に自分のスーツ姿を見た家族に「すごく似合ってる!」と言われ嬉しかったという連絡もあったそうです。
「自分の好きなものを選ぶ」ことが、当たり前にできず、悩みを抱える人を取り残さないためにはどうしたらよいでしょうか。クーゼスの目標について田中さんは、「欲しいものをストレスなく買えて、人の悩みに寄り添ったサービスや商品が当たり前にある社会を実現すること」と話します。クーゼスは、スーツの他にも、下着やウエディングに関するサービスも始めています。また、一方で田中さんは、「LGBTQ当事者のためのブランド」という位置づけには違和感があるといいます。「当事者であってもそうでなくても、より自分らしい選択肢を求める人はいます。当事者も当事者ではない人も混ざり合って、いかにより良い社会をつくっていけるか考えることが大切なのだと思います」。
クーゼスのような企業が増えることで、一人でも多くの人が自分らしい「選択肢」に出合うことができるようになれば、生きやすさを感じる人がもっと増えるのではないでしょうか。
インタビュー・執筆 田村 鮎美(東京都人権啓発センター 専門員)
※1「 Female to X-gender」の頭文字からなる言葉で、身体的性が女性であり、自認する性が男女のどちらかに定まらないまたは定めない人を表す。
※2 性別において男性と女性の中間に位置する性のこと。
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