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TOKYO人権 第93号(2022年2月28日発行)
インタビュー
石井 綾華いしい あやかさん
NPO法人Light Ring.代表理事
1989年、福島県郡山市生まれ。特定非営利活動法人Light Ring.代表理事。作新学院大学客員准教授。精神保健福祉士。2019年、公益財団法人日本ユースリーダー協会「第11回ユースリーダー賞」受賞 。厚生労働省心のサポーター養成事業プログラム評価委員、港区「自殺対策関係機関協議会」委員(2015年~現在)。東京都「自殺総合対策東京会議」委員(2021年~現在)
「死」を初めて意識したのは、小学生のころです。私自身が摂食障害になって痩せ細り、医師から「あと2キログラム痩せたら、血流が止まって死に至ります」と告げられました。摂食障害の原因は、当時の家庭環境にありました。本当の気持ちを話すことが許されない家庭の中で、自分のつらい感情を、食事をとらないことで表現していた時期がありました。
高校生のころ、父が亡くなりました。直接の死因は、アルコールの過剰摂取による肝硬変でした。精神疾患を抱え、アルコール依存症だったのです。亡くなる前の父は、極限の状態で生きているように見えました。しかし、そんな父に、どのように接したら良いのか分かりませんでした。子どもの私にできることなどないように思え、かける言葉も浮かびませんでした。むしろ触れずにいることが正しいのではないかと、腫れ物にさわるようにしか接することができませんでした。
父が息を引き取ったのは病院で、家族の目の前でのことでした。脈がなくなって体が冷えて硬直していくまでの過程を目のあたりにし、人はあっけなく死んでしまうと思い知らされました。
父の身体に触れて「ありがとう」と言えたのは、亡くなった後です。父が生きているときに、何もしてあげられなかったことを悔やみました。今思えば、父のアルコールの過剰摂取も、私の摂食障害と同様で自分の苦しさ、つまりはSosを発信するサインだったのかもしれません。
父親ですら救えなかった悔しさが、
「身近な人を救いたい」という思いを生む。
父の死は高校3年のときで、その経験は、進路にも大きく影響しました。誰もが生きやすい社会をつくりたい、そういう仕事に就きたいと思うようになったのです。
当初はカウンセラーのような職業に就くことを考えていました。しかし、希死念慮に襲われたときに、当事者が最も求めるのは、ごく身近な人に自分のつらさを分かってもらいたいということです。私が摂食障害で苦しんでいたときにも、苦しい気持ちを分かってほしかったのは、医師でも栄養士でもなく母親でした。
医師やカウンセラーが専門知識や技術で定点的に理解していく「点の支援」に対し、身近な人は日常生活につながる「線の支援」ができます。
私は、日常の中で、苦しんでいる身近な人に寄り添い、苦しい気持ちを分かち合える存在になりたい、さらにはそのようなことができる人を増やしたいと思うようになりました。
調べていくうちに、日本は他の先進国と比較しても自殺率が高いことを知りました。その原因は社会の仕組みにあります。かつては「自殺は本人の甘えからくるもので、当事者に責任がある」と考えられていました。けれども実際は、自殺の背景に、経済や雇用の問題、職場や家庭の人間関係など、個人では解決できない様々な社会問題があります。これは、社会的に取り組むべき課題です。
専門資格を持たない一般の人が自殺予防を担う、「ゲートキーパー」を知ったのは大学生のときです。当時、行政がゲートキーパーの担い手として想定していたのは民生委員の方などでした。当時の自殺対策の主な対象は高年齢層だったので、若者や子どもを対象とするゲートキーパーを育成する機運は、まだ芽生えていませんでした。
そこで、中学生から大学生くらいまでの若年層を支援するゲートキーパーを育成し、サポートする役割を担うことで、行政とは別の立場から、自殺防止に寄与できると考えたのです。
若者ゲートキーパー養成講座と支え手支援事業の様子
まず、幅広く心の病の予防に関心のある7、8人の大学生のグループを立ち上げました。勉強会を開いたり、精神疾患を専門とする医師や研究者から児童・思春期向けゲートキーパー講座の内容についてアドバイスをもらうところから始めました。
その後、子ども・若者を対象にしたゲートキーパーの養成講座を、定期的に開催するようになりました。それが現在のNPO法人Light Ring.ライト リングへと発展していくことになったのです。この10年間で13歳から24、25歳までの若年層を対象にしたゲートキーパーを約 1万8000人養成してきました。
活動を通じて、友達が悩んでいたら役に立ちたいという気持ちを持っている子どもたちが、全国各地に多数存在することが分かってきました。ゲートキーパーになれる潜在的な10代20代は多いけれども、高校生のときの私と同じように、みんなどうしたら良いか分からないのです。
新型コロナウイルス感染症の感染が拡大する中で、児童・生徒の自殺率が過去最多になりました。2020年には年間499人(注1)。これは、統計開始後、最大の人数です。
若者の自殺対策をこの10年間続けてきた中で、若い世代は、相談窓口を訪ねることを躊躇ちゅうちょしがちで、大人や専門家に悩みを打ち明けるのは恥ずかしいと思う人も多いことが分かりました。
その一方で、内閣府の青少年意識調査(注2)によると、悩みを相談する相手の第1位は友人という結果が出ています。つまり、若い世代の悩みやSosを受け止めるには、専門家以上に身近な同世代が大切な役割を果たすのです。
苦しいときにSosを出すことが必要とよく言われますが、聞いてくれる人がいると思えなければ、Sosを出そうとは思えません。身近にいて話を聞ける同世代の存在を社会に広げていく必要があるのです。そうしたゲートキーパーを私たちは「支え手」と呼んでいます。
ゲートキーパーが担うべき役割は、次の四つです。まず一つ目が、「異変に気付く」ことで、二つ目が「話を聞く」こと、そして三番目が「専門家につなぐ」こと、最後が「見守る」ことです。
このうち最も大事な役割が、相手がひそかに発信している最初の「異変に気付く」ことです。ここは、専門家がどうしてもたどり着けない領域です。現代の若者や子どものSosは、インスタグラムやツイッターなどのSnsのメッセージに紛れ込んでいることが多く、そこからSosのサインに気付けることが、ゲートキーパーには求められます。若者や子どものゲートキーパーに期待しているのは、異変に気付き専門家につなげることです。「話を聞く」ことと「見守る」ことは、無理をせず、専門家を頼って良いのだと伝えています。
ユースリーダー賞受賞の際のスピーチの様子
ゲートキーパーは一度育てたらそこで終わりではなく、持続的な支援がなければ、健全に活動を続けていくことができません。
Sosを受け止めることの難しさについては、あまり認識されていないのが実情です。若い世代のゲートキーパーは往々にして、友達の悩みを背負いこみがちです。夜中まで友達の相談に乗っていたことが原因で、翌日寝過ごして学校に行けなくなってしまったり、金銭的な問題を抱えている相手にお金を用立ててしまったりする例がありました。相手の問題を自分の問題のように捉えてしまうのです。
もちろん、自分が犠牲になって無理をしてまで相手を助けようとすることは、お互いのためになりません。そして、そのような体験は多くの場合、バーンアウト(燃え尽き)につながります。Sosを受け止めた人が、発信した人と共倒れになってしまう事態は避けなければなりません。
そこで始めた活動が「ringsリングス」です。この活動は、ゲートキーパー同士の交流の場を設けることで、実践的なノウハウを共有して学びを深め、支援の過程で生じた悩みを話し合って、精神的な負担を軽くすることを目的としています。
夜中まで悩みを聞いてしまう場合は、話を聞くなら夜の何時まで、一日何時間までなど、あらかじめ自分のルールを用意して対応することができます。自分がどこまでなら支援できるかの境界線を相手に伝えるときには「ここまではできるよ。でもこれ以上やるとあなたが自分で良くなろうとする大事な一歩を奪うことになるから」と伝えてもらいます。このような実践的なノウハウを共有する場を設けることは、ゲートキーパーの孤立を防ぎ、ひいてはバーンアウトを防ぐことにつながります。
もっとも大切なことは、
友達や恋人など身近な人の異変に気付き、
Sosをキャッチしてあげること。
ゲートキーパーになるにはもう一つ大切な側面があります。それは他者をサポートする前に、まず自分の異変に気付く力や自分の心をケアする力を持てるようになることです。
ゲートキーパー養成講座は、希死念慮を持ち、自分で自分を傷つけているような当事者性を持つ子どもたちも受講します。死にたいと思っている子どもは、自分には生きている価値がないと思っています。でも、他者を救える自分になれるかもしれないと思うことで、「自分を救う理由を見いだしていく」のです。自分だけのために自分を救うのはとてもハードルが高いけれども、大事な人をサポートするために自分を救うという、自尊心を傷つけることのない救われ方が、子ども・若者の自殺対策において期待されます。
このように、他の世代とは違い、若者や子どもの場合、ゲートキーパーになる本人も半分当事者だという点が重要です。したがって、Sosの出し方と受け方の両方を学ぶことに意味があると考えています。つまり、自殺対策は、Sosを出している本人への支援と、その支え手への支援を両輪で行う必要があると思います。これがケアを担う支え手をケアする「rings」の大切な役割です。
今求められているのは、大人に向けてSosを出してもらうことだけでなく、若者や子どもたちが困ったときに気軽に相談したり、相談されたりすることができる安全な人間関係づくりが可能な環境を、大人がどのように用意してあげられるかだと思います。こうしたゲートキーパーを支援する制度が公的に機能すれば、ゲートキーパーを引き受けてくれる子どもや若者はさらに増え、より包括的な自殺対策につながっていきます。
インタビュー 林 勝一(東京都人権啓発センター専門員)
編集 杉浦由佳
撮影(表紙・2~6ページ) 百代
長谷川 寿一 監修『思春期学』
(東京大学出版会)
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(注1)文部科学省『コロナ禍における児童生徒の自殺等に関する現状について』(令和3年5月7日)https://www.mext.go.jp/content/20210507-000014796-mxt_jidou02_006.pdf
(注2)内閣府『第8回世界青年意識調査』(平成21年3月)第2部第7章2(2)参照 https://www8.cao.go.jp/youth/kenkyu/worldyouth8/html/mokuji.html