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新型コロナワクチン接種と人権

印刷ページ表示 更新日:2022年2月28日更新

TOKYO人権 第93号(2022年2月28日発行)

特集

新型コロナワクチン接種と人権

 新型コロナウイルス感染症のワクチン接種が先進国を中心に行き渡る中、海外では接種の義務化や、接種しない人に罰金を課す動きが出ています。一方、健康上の理由で接種できない人や、思想・信条などを背景に接種を望まない人もいます。

ワクチン接種画像

ワクチン接種の広がりによって感染拡大が抑制される一方、ワクチンを接種していても感染するなど、ワクチンの効用についても議論があり、ワクチン接種をめぐる状況は刻一刻と変化しています。接種の義務づけをめぐって、人権の観点から意識しておきたいことを、明治大学教授(憲法・国際人権法)の江島晶子えじまあきこさんに伺いました。

義務化をめぐる人権問題

 ワクチン接種の義務化をめぐって、人権の観点から活発な議論が展開されていると江島さんは指摘します。「人には自由があり、ワクチン接種をしたくない人には、接種しない自由があります。ワクチンは 身体への侵襲しんしゅうを伴うものであり、予防接種の副反応による健康被害は、極めて稀まれではあるものの、不可避的に生ずるものであるため、ワクチンを打つかどうかは、本来、本人が決めるべきでしょう。強制的な接種は、憲法13条の幸福追求権に基づく自己決定権を侵害する危険があります。他方、憲法や国際人権法は、生命に対する権利、健康に対する権利を保障しており、国家は、国民や市民の生命・健康を守る義務を有しています。多くの人が接種を受け集団免疫ができれば感染状況が収まり、多くの人の生命・健康が守れるという利点があります。国家は、接種しない自由を保障しつつ、生命・健康に対する権利も保障しなければなりません。両者のバランスは、そのウイルスの致死率やワクチンの有効性・安全性、そして、各国の具体的状況によって異なります。他国が義務化に乗り出したから日本も追随すべきだということにはなりません」

日本が義務化に慎重な理由

 今回、厚生労働省は、「接種は強制ではなく、最終的には、あくまでご本人が納得した上で接種をご判断いただく」と説明しています。
 これには、歴史的な背景があると江島さんは説明します。「日本では明治以来、公衆衛生上、集団防衛に主眼をおいてきたので、1948年に制定された予防接種法は、罰則を伴う接種義務を課し、集団接種が行われました。ところが、子どもが死亡したり、重篤な障害を負ったりする事例が発生しました。しかも、当初、国は被害を把握していたにもかかわらず、被害の事実を国民にも接種に携わる医師にも知らせず、予防対策も不十分で、被害者の救済制度もありませんでした。被害を受けた子ども(とその親たち)が 自ら起訴を起こさなければならず、当事者と弁護士の長年の努力により、全員の救済にこぎつけるまで26年もかかりました」(予防接種法は1994年に改正され、接種は義務から努力義務に変更)

過去の教訓に学び被害を防ぐ

 「予防接種訴訟から学んだことは、予防接種に関する正確な情報提供、健康状態の聞き取りなど予防接種を安全に行う体制、そして、予防接種による健康被害が生じた場合の救済措置の重要性です。起訴のおかげで、現在は、予防接種法に基づく救済(医療費・障害年金などの給付)が用意されています。ですが、生命や健康はお金では取り戻せませんので、そもそも被害を生まないようにするためにどうすべきだったのか、過去の教訓から学ぶ必要があります」

誰一人取り残さないために

 では、法律による強制ではなく、ワクチン接種をすると「得をする」という動機づけによって接種を促進するのならば問題ないかというと、そうともいえません。例えば、飲食店などでの接種証明の提示による制限の緩和や、人材採用において接種済みの人を優先採用すると明示することで、ワクチン接種を促す方法があります。江島さんは「『法律による強制でないから大丈夫』とはいえない」と話します。「パンデミックが長期に及べば及ぶほど、接種できない人の活動を大幅に制約し、就労の機会を奪い、人間らしい生活ができなくなります。また、ワクチン接種の有無をめぐって差別・中傷が生まれる土壌をつくりかねません。ワクチン接種できない人が不当に権利の制約や不利益を受けないようにする仕組みが必要です。法務省は相談窓口などを設けていますが、多くの国にある人権委員会や人権オンブズパーソンなど、政府から独立した国内人権機関が仕組みづくりの参考になります。新型コロナウイルス感染症が収束しても、社会の中に新たな分断や差別がつくり出されては真の収束とはいえません。誰一人取り残さないためには、法律による強制や社会の同調圧力によって本人がやりたくないことをやらせるのではなく、ワクチンの意義や安全性を丁寧に説明し、納得のうえ接種してもらうという方法が長期的には最も効果的です」

江島さんの画像

 

 

 

 

 

江島晶子さん

インタビュー・執筆 吉田 加奈子(東京都人権啓発センター専門員)

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