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農福連携のソーシャルファーム

印刷ページ表示 更新日:2022年2月7日更新

第92号の概要(2021年11月30日発行)

特集

農福連携のソーシャルファーム

農福連携のソーシャルファームの画像
パートナー企業が共同で稲刈りを行った。お米は港区内の子ども食堂へ寄付される予定(2021年10月撮影)

 障害がある人に雇用を提供するソーシャルファーム(注1)が注目されています。ソーシャルファームは1970年代にイタリアで始まりました。一般の労働市場では仕事の見つかりにくい人に、働く場所を提供するという社会的な目的をもつことから社会的企業(ソーシャルファーム) と呼ばれます。今回は、埼玉県を拠点に障害者の生活支援と農業による「働く場づくり」を行う埼玉福興(ふっこう) グループの取り組みとその活動を支援する民間企業を紹介します。

人を選んだら福祉ではない

 ソーシャルファームの特徴は、一般企業と同じように自律的な経済活動を行い、就労に困難を抱える人が必要な支援を受けながら、他の従業員と共に働く点にあります。このため、福祉事業所とも一般企業とも異なる「第三の職場」とも言われます。
 埼玉福興グループは、グループホームで生活を共にしながら、農業を通じた就労支援と相談を組み合わせて、働ける人の就労につなげています。社長の新井利昌(あらいとしまさ) さんは、「縫製業を営んでいた両親が、『障害者が行く場所も働く場所もない』ことを知り、知的障害者の生活寮の運営を始めたことがきっかけ」と言います。「受け入れる人を選ばない」ことを理念に掲げ、精神障害と知的障害と発達障害の重複障害がある女性や医療少年院を出た人など様々な社会的弱者を受け入れています。

農業の福祉的効果

 今では農業生産法人を設立し、水耕栽培や露地栽培でのタマネギ生産、稲作などに取り組んでいます。注意欠陥・多動性障害などの発達障害や精神障害など、障害の特性に応じて適した作業が異なるため、単調な作業が得意な人には水耕栽培を、作業に変化があった方がよい人には露地栽培を任せています。新井さんは「人の力が足りない部分は土の力を借りて農家に負けない野菜が作れます。畝(うね) が多少曲がっていても作物は育ちます。ビルの中ではなく、何もない大空のもとで農作業することで症状が安定するケースもあります。農業にはそうした福祉的効果がある」と言います。

社会貢献活動が社員の福利厚生に

 こうしたソーシャルファームの取り組みを民間企業がSDGsの観点から支援する動きが広がりつつあります。東京都港区に本社があるシナネンホールディングス株式会社の吉田明子(よしだあきこ) さんは、支援のきっかけを次のように語ります。「自然栽培を通じて障害者の就労支援をする取り組みに対し、企業が一反(たん) 分のパートナーとなる仕組みがあることを知りました(注2)」。社会課題の解決につながるだけでなく、会社にとっても成果があったと言います。「田植えや稲刈りに参加した社員は目を輝かせていました。障害のある多様な人たちと自然の中で気持ちよく作業をすることで、障害者についての固定観念が覆されたのでしょう。それが会社内の人間関係を見直す機会にもなったと思います」。

社会的健康(注3)を目指して

社会的健康(注3)を目指しての画像
タマネギの苗の定植作業(提供:埼玉福興)

 埼玉福興グループでは、最近は若年性認知症やひきこもりの若者など、就労支援がすぐに実現しないメンバーも増えています。「徘徊(はいかい) してしまうならオリーブ畑でヤギを連れて歩くことが仕事になるような仕組みを作ればよいのです。そうしたら福祉施設から受け入れてもらえない人やすぐに働けない人でもそこが居場所になります」。新井さんは、ソーシャルファームの目的は「人と社会がともに生き生きとするような『社会的健康』をつくること」だと言います。「企業が一反のお米を買い取る支援によって、障害者の仕事が成り立ち、さらに支援してくれた企業の社員の皆さんも生き生きと健康になってほしい。農福一体となったソーシャルファームをこれからも多くの人たちと一緒につくっていきたいと思います」。
 ソーシャルファームを行政や民間企業が後押しする仕組みの一層の充実が求められています。

インタビュー・執筆 林 勝一(東京都人権啓発センター 専門員)


(注1)東京都が全国に先駆けてソーシャルファーム促進に向けた条例を2019年12月に制定するなど、行政による支援も始まっている。

(注2)農作物の自然栽培を通じて障害者の就労と耕作放棄地の再生などの農業の課題解決をめざす(一社)農福連携自然栽培パーティ全国協議会が行う「一反パートナー」プロジェクト。

(注3)社会的健康とは「他人や社会と建設的でよい関係を築けること」を指し、生き生きと自分らしく生きるための条件の一つとされる(厚生労働省)。