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TOKYO人権 第91号の概要(2021年8月31日発行)
特集
ヤングケアラー
―介護を担う子どもたち
障害や病気のある家族や幼いきょうだい、高齢の祖父母などの世話をする「ヤングケアラー」の存在が知られ始めています。ヤングケアラーとは、家族の中で本来は大人が担うようなケアの責任を引き受けている18歳未満の子どものことをいいます。自身の成長や学校生活、進路などにも影響が及ぶほか、周囲からも孤立しやすいヤングケアラーについて、成蹊大学文学部現代社会学科教授の澁谷智子(しぶやともこ) さんにお話を聞きました。
国は2021年4月、初めての全国実態調査の結果を発表しました(注1)。これによると、公立中学2年生の17人に1人、全日制の公立高校2年生の24人に1人が「自分が世話をしている家族がいる」と回答。そのうち4割強が「ほぼ毎日」で、中学2年生がケアにかける時間の平均は平日一日あたり4時間でした。この調査結果について澁谷さんは「中高生が同世代と同じ生活を維持しながらケアを担うことの大変さがよく表れている」と言います。そして「『昔から家族の世話をしている子どもはいた』とはいっても、昔と今とでは、進学率も産業構造も地域社会のサポート状況も違います。子どもの視点に立って現状を捉える必要があります」と指摘します。
少子高齢社会へ変化する中で、子どもが否応なく家庭内のケアに組み込まれる状況は増加しています。「高齢者、精神疾患などのケアが必要な人口が増加する一方で、共働きが進み、大人が家のことにかけられる時間は減少し、世帯当たり人員は1950年代に比べて半分程度に減少しています。家族の中でケアに割ける時間も人も減っているにもかかわらず、依然として日本は『家族』を福祉の担い手として期待しています」。
家にも地域社会にも代わりにケアを頼める大人がいなければ、子どもがその役割を負うことになります。ケアの内容は個々の状況によって違いますが、年齢相応の「家のお手伝い」の範囲を超えていることが珍しくありません。「例えば、子どもが『死にたい』というお母さんの話を夜中に聞いて、その相手をしていれば、朝いつも通りに起きて学校に行くのは難しくなってきます。一方で、専門職はそうした子どもを『介護の担い手』として捉え、子どもが大きくなって家を出るという選択をしようとした時に『お母 さんの安定のためにはそばにいたほうが』と言う状況もしばしばあるようです。その高校生の立場に立って本人の悩みを一緒に考えてくれる人がいないのです」。
ヤングケアラーの中には、ケアに疲れて、学校の成績が下がったり部活に充分関われなくなったりする子どももいます。「これまで、ケアをしていることに周囲が気づいても、学校に行けているなら大丈夫と思われがちでした。しかし、子どもたちが本来なら発揮できる力を、どのようにサポートすれば花開かせることができるかを考えていくことが大切だと思います」。それは「子どもの権利」の視点から福祉制度を考え直すことだと澁谷さんは指摘します。
前述の国の調査では、当事者は必要な支援として「学習のサポート」「自由な時間が欲しい」「相談できる相手」などをあげています。しかし「特にない」との回答が多く、5〜6割がケアについて誰かに相談した経験がありませんでした。その背景を、ヤングケアラーについて研究する大学院生の長谷川拓人(はせがわたくと) さんは次のように解説します。「一般的に中学生くらいの子どもは、大人と話すことを面倒に感じるのではないでしょうか。また、家庭内のケアの経験を他人に話すことは、大人であっても難しいことだと思います。ケアする日々が当たり前になっていて、 自分が大変な状況にいることに気付いていない場合もあるかもしれません。ヤングケアラーの中には『放っておいてほしい』『普通にみてほしい』などの理由から、あえて相談しない子どももいます」。
『ヤングケアラー―介護を担う子ども・若者の現実』澁谷智子著(中公新書)
国は今後、福祉や介護、教育関係者などへの研修や自治体による現状把握を進める方針です。澁谷さんは子ども向けの情報発信がない点も課題にあげます。「学校で子どもたちにヤングケアラーについてわかりやすく説明するだけでも良いと思います。ヤングケアラーは四六時中支援が必要でも、ケアを投げ出したいわけでもありません。まずは本人の話を聞く姿勢が重要です」。
高齢化が進み、誰もが介護の当事者となる時代を迎えるなか、ケアを家族の問題から社会の問題へ転換し、これまで顧みられなかったヤングケアラーについて社会全体で理解を進める必要があります。
インタビュー・執筆 林 勝一(東京都人権啓発センター 専門員)
(注1)厚生労働省と文部科学省が連携し、学校や全国の中学生などを対象に実施した実態調査『ヤングケアラーの実態に関する調査研究報告書』による。
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