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「はなせる」を目指して

印刷ページ表示 更新日:2022年2月7日更新

TOKYO人権 第91号の概要(2021年8月31日発行)

JINKEN note/コラム

一人ひとりと丁寧に向き合い、寄り添う

「はなせる」を目指して
―「場面緘黙症(ばめんかんもくしょう)」とその支援


誰にとっても過ごしやすい社会とは?


写真:「はなせるTV」チャンネルのYouTube配信画面
「はなせるTV」チャンネルのYouTube配信画面

「話したいのに話せない」に寄り添うこととは

 家族とは自然に話せるのに、学校・会社といった特定の場所や状況では話せなくなってしまう。そうした「場面緘黙」と呼ばれる症状に悩まされている人たちがいます。なぜ、このような症状が出て、そしてどのようにすれば改善が可能なのでしょうか。場面緘黙の研究者であり、「信州かんもく相談室」を立ち上げて場面緘黙症の人たちへの支援を行う長野大学社会福祉学部教授の高木潤野(たかぎじゅんや) さんにお話を聞きました。

 場面緘黙症は、不安症の一つとして考えられており(注1)、幼児期から児童期に多く発症すると考えられ、小学生では500人に1人程度の割合で症状が見られると言われます(注2)。症状の原因と進行について、高木さんは次のように解説します。「緊張しやすい体質や、話しづらく感じる環境などが原因として考えられます。自分から援助要請を出しづらいことや、周りの大人が困り感を抱きにくいことから対応が遅れ、症状が長期化してしまう場合もあります(注3)」。

改善には「話せた」という成功体験が重要

「はなせるTV」マスコットキャラクター はなT

「はなせるTV」マスコットキャラクター はなT

 改善するための手法として、段階的に話せる場面を広げていくというアプローチが有効だと高木さんは言います。「『学校で話せない』という症状の場合、例えば『普段話せる母親と二人で誰もいない教室で話す』からスタートして、条件を変化させつつ『話せた』という成功体験を増やしていくという方法があります。一人ひとりにあった方法を考えて練習を行っていくことで、症状を改善させることができます」。

 高木さんは、2020年7月に、動画投稿サイトYouTube で「はなせるTV」チャンネルを開設しました。当事者の中学生が話す練習の過程や症状の解説などの情報を発信しています。「場面緘黙について私のところに相談に来る子どもたちは、保護者が情報収集に熱心で、環境に恵まれていることが多いですが、皆がそういう状況にあるとは限りません。また、不登校になる子どもたちの中には、実は背景に場面緘黙の症状を有する場合があります。YouTubeでなら、相談に来られない子どもたちにも支援を届けることが出来るのではないでしょうか」と、高木さんはチャンネルを開設した経緯を語ります。

一人ひとりの「声」を聞いて

一人ひとりの「声」を聞いての画像

 もし、身近な人の場面緘黙の症状に気が付いた場合、どうすればよいのでしょう。「まずは正しい知識を身に着けることが大切です。場面緘黙の症状は、うるさい場所が苦手だったり、人一倍刺激に敏感だったりと、一人ひとり違います。繊細さゆえに生きづらさを抱えてしまうことも多いです。一番大事なのは、本人の気持ちをよく汲み取ること。その上で、学校、家族、専門機関のそれぞれが連携し、周りが一体となって支援することが改善への近道です」と高木さんは言います。

 日本は欧米に比べ場面緘黙の研究者が少なく、認知度が低いこともあり、社会的支援が進んでいないのが現状です。しかし、私たちが場面緘黙に悩む一人ひとりと丁寧に向き合い、意思疎通を図ろうとすることが、症状の改善には何より必要です。そうすることで、話すことに難しさを抱える人たちの思いに寄り添うことができます。「基本は、きちんと人の話を聞いて、理解しようと対話を重ねること。誰にとっても過ごしやすい社会という視点が大事」と高木さんは呼びかけています。

インタビュー・執筆 玉邑 周平(東京都人権啓発センター 専門員)


(注1)米国精神医学会 (APA) が定めた「精神障害の診断と統計の手引き」2013年改定版 (DSM-5)の診断基準による。

(注2)梶正義・ 藤田継道 (2019)『場面緘黙の出現率に関する基本調査(4)』による。

(注3)成人してからも症状が続く場合や、二次的な障害を同時に有することもある。