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TOKYO人権 第84号(2020年3月4日発行)
インタビュー
アートは誰にでも対等
─ アートで障害者の可能性を広げたい
グラフィックデザイナーとして、障害者と共にアート作品をデザインし、商品開発に取り組むライラ・カセムさん。アートは、障害者の可能性を広げるとともに、社会参加の機会を増やし経済的自立にもつながると考え、福祉施設やさまざまなプロジェクトの活動に参加しています。ライラさんがデザインを通じて考える障害者と社会の関係についてうかがいました。
ライラ・カセム
グラフィックデザイナー
東京大学先端科学技術研究センター特任助教
1985年生まれ。東京大学先端科学技術研究センター特任助教。日本生まれのイギリス人グラフィックデザイナー。2016年に東京芸術大学大学院デザイン科の博士課程を修了。現在は東京都足立区の社会福祉法人あだちの里「綾瀬ひまわり園」でアートの講師をしながら、施設利用者のアートを活用して利用者の社会参加と経済的自立につながる商品開発に取り組む。また、2019年からは東京大学先端科学技術研究センターが実施する異才発掘プロジェクト「ROCKET」に関わっている。
私は日本で生まれ、スリランカ人の父とイギリス人の母とともに、13歳まで名古屋で暮らしていました。その後、イギリスに移住し、高校でアートを学びました。25歳で日本に戻り、東京藝術大学大学院のデザイン科に入学。現在は、日本でグラフィックデザイナーとして、障害者や不登校傾向にある小中学生に対し、アートを活用した支援も行っています。
グラフィックデザイナーの道に進もうと考えたのは、イギリスの美大で専攻を考えていた時期のこと。母方の祖母が認知症になり、これまで通りの会話が難しくなったんですね。私は、祖母が家族や友人とコミュニケーションを取る手助けをしたいと考え、祖母の写真を集めたポケットサイズの本を作ることにしました。本には、祖母から聞いていたそれぞれの写真にまつわる思い出話を、本人の語り口調で文章にして書き添えました。この本を祖母の部屋のベッドサイドテーブルに置いておくことで、本人だけでなく周りの人も祖母の人生を振り返ることができ、本を通して祖母とコミュニケーションが可能になると考えたのです。
この本を見た家族や友人が「あなたはアーティストよりデザイナーが向いているんじゃない?」と言ったんです。「アーティスト」と「デザイナー」の違いについてはさまざまな解釈がありますが、私としては、自分自身の問題意識を表現して問いを提示するのが「アーティスト」、その問題提起に対して、解決策を提案するのが「デザイナー」だと認識しています。
もともと調べることやその人がもつメッセージを伝えることが好きな私にとって「デザイナーは天職だ」と思いました。
イギリスの美大を卒業した後、障害者を雇う作業所で新しいインクルーシブデザインに取り組んでいた母に、サラエボで行われる5日間のワークショップに誘われました。これは、聴覚障害者が印刷技師などの職人として働いている現地の工房と、デザイナーや学生らがチームを組んで新しい商品を作ることを目的としたワークショップです。このとき、聴覚障害のある職人の一人が私に声を掛けてきました。私は子供の頃から脳性まひがあり、車いすや杖(つえ)を使って会場を動き回っていたのですが、そんな私に興味を持ったようなのです。
そして「美術大学に行きたかったけれど、私は障害があるから行く資格がないと思った」と言ったのです。この言葉には驚きました。私は社会が障害のある人に向ける“目”を経験しています。しかし自身のもっている障害を理由に自らの将来の道を閉ざすという、障害のある人が自分に向ける“目”もあるのだと気づきました。このとき、私は障害者の心をもっと開放し、積極的に社会参加するための支援をしたいと思いました。
例えば、イギリスでは、知的障害者の施設で素敵なアートは生まれていても、それを生かす方法が見つからないという課題を感じていました。私は、障害のある人が持つ可能性を探り出し、そこでしか生み出せないものを作れば、その人の社会的・文化的な評価が高まり、経済的な利益も生み出していけるのではないかと考え、日本に帰ってそれを実践しようと思ったのです。
綾瀬ひまわり園でのアートの時間。割りばしにスポンジをつけた特製の道具で描かれた作品を囲む施設の支援員(真ん中)とライラさん。
知的障害者の通所施設である「綾瀬ひまわり園」では、2014年からアートの時間の講師を務めるようになり、現在でも、私の活動の拠点となっています。
初めて綾瀬ひまわり園を訪れたときに見た、施設利用者の自由で型にはまらない、新鮮なアートにとても魅力を感じました。ひたすら殴り書きのような絵を描くのが好きな人もいれば、「俺はこれでいく」と言わんばかりの強いこだわりを貫き通す人もいたりして、本当にユニークだと思いました。
活動を始めたばかりの頃、見本として、施設利用者(以降、メンバー)がひな祭りに描いたアートをデザインにして、施設の支援員に見せたら「デザイナーさんはすごいですね」と言われたんです。それを聞いて、支援員はまだ障害者アートの価値に気づいていないと感じました。素晴らしいのはデザイナーの私ではなく、アートを生み出しているメンバーや、それをサポートする支援員なのです。
そこで、施設での週1回のアートの時間は継続しつつ、私自身デザインすることをいったんやめ、支援員に現場でのアートの価値を認識してもらうために、支援員と一緒に障害のある人のアートの可能性やメンバー一人ひとりの潜在能力を引き出すメソッド(手法)について話しあいを重ねることにしました。
このときメソッドとして挙がったのは、例えば、多様な障害の特性に合わせた画材の工夫です。市販の画材を抵抗なく使える人もいますが、なかなか筆を握ることができない人もいます。そんな人には、普段から触れる機会の多い割りばしにスポンジを刺して固定し、スタンプのように色を付けられる道具を作りました。
このメソッドの中で、私が一番大切にしているのは「肯定し続けること」です。例えば、ある日、福祉施設で「赤いリンゴを描いて」と言ったのに青いリンゴを描いている人がいました。このとき、日本の美術教育的な観点からはどうしても赤いリンゴを描くべきだと考えがちです。しかし、私は青いリンゴでもいいと思うんです。「素敵な青いリンゴだね」と言われるだけで、その人は肯定され、もっと青いリンゴや違う色のものを描こうという向上心につながるのだから。
綾瀬ひまわり園の支援員が素晴らしいのは、メンバー一人ひとりの特性をつかみ、可能性を広げていく力を、支援の中で高めていることです。私が施設に通い始めて2年が経った頃には、デザイナーの立場から個々のアートの生かし方の例を挙げると、「それなら、この人はこういうアートを生むこともできるかもしれない」といったアイデアを出してくれるようになりました。そして3年目には、私が例を挙げなくても、支援員から「このアートをTシャツにしたい」「ポストカードにしたら素敵」など、主体的な提案や行動が生まれるようになったのです。
私は、障害のある人のアートには才能の有無も障害の程度も関係ないと思っています。大事なのは、才能を発揮できる機会があるかどうかです。その機会さえあれば、アートは誰にでも対等で、全ての人の内に何かを発揮させる可能性があるものだと信じています。
そこで重要になるのが、機会を提供する立場にある支援員の存在です。綾瀬ひまわり園の支援員は、皆、本当に熱心で、アートを通して障害者の可能性を広げていく支援の形に面白さを感じている様子です。
この施設で5年目を迎えたアートの時間は、今、とても充実しています。」(ライラさん)
一般的に、障害のある人はいろいろな人や物に依存して生活しており、自立するのが難しいと思われています。しかし、私はスリランカの祖母から「自立というのは、お互いが支え合って成り立つものなんだよ」と教わりました。振り返ってみると、実際に祖母は近所の人と支え合い、彼女なりのコミュニティを作ることで、長い間元気に暮らすことができたのだと感じています。
その意味では、実は障害のない「健常者」と言われる人も普段から誰かと支え合い、インフラやコミュニティなど社会に依存するものがあるからこそ、日々の生活が成り立っているのだと思うのです。そう考えると本当は、自立するという点では、障害のある人もない人も大きな差はないといえるのではないでしょうか。
ただ、障害のある人の社会参加は、障害のない人に比べて依存先の選択肢が限られているのが現状です。行動範囲が家と施設の往復だけになったり、友達と会う場所にも気を使ったりと、自由にならない部分が数多くあります。ですから、障害のある人が依存できる選択肢が増え、限定されがちなコミュニティがもっと外へ広がるといいなと思っています。
こんなふうに考えるようになったのは、私自身が障害のある人のアートを通した活動の中でさまざまなコミュニティーに参加し、多くの気づきを得ることができたからです。その気づきの一つが、私自身が持つ多様性についてです。
私は、デザイナーでもあり、女性でもあり、障害があり、外国籍でもあります。私が持つ多様な側面は、参加するコミュニティによって、強調される面が変化します。その経験から、私は自らの内にある多面性(つまり多様性)を再認識でき、人やデザインをさまざまな立場から見つめられるようになりました。
障害のある人のアート活動に取り組む人たちや回りの人も、自分の中の多様性を発見することが、アートの表現や可能性を広げることにつながると思うのです。私は、これからも障害のある人のアートに関わりながら、さまざまなコミュニティを結びつけ、障害のある人の社会参加の場を広げる力になりたいと思っています。
インタビュー/勝尾 栄(東京都人権啓発センター 専門員)
編集/小松 亜子
撮影/加藤 雄生
取材協力:社会福祉法人あだちの里「綾瀬ひまわり園」「綾瀬なないろ園」
WEBサイト:http://www.lailacassim.com<外部リンク>
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