本文
TOKYO人権 第84号(令和2年3月4日発行)
コラム
「罪を犯した人」としてではなく、「一人の人間」として
出所した人と社会をつなぐ「マリアカフェ」
私たちは、刑を終えて出所した人をつい「怖い」「信じられない」と思い、距離を置いてしまいがちです。しかし、そんな感情が社会復帰をしようと努力している当事者を排除し、孤立させることにつながっています。今回は、受刑者や刑を終えた人の社会復帰を支援するNPO法人代表の 五十嵐弘志(いがらしひろし)さんにお話を伺いました。
受刑者や刑を終えて出所した人の社会復帰を支援するNPO法人マザーハウス。逮捕時には本人や家族との面会や相談、受刑中には本人との文通を通した更生の支援や仮釈放時の身元引受などを行います。そして出所後は、生活保護の手続きや住居の確保、就労支援や居場所づくりなど、幅広い支援を行っています。
理事長を務めるのは、自身ものべ20年近く服役した経験を持つ五十嵐弘志さんです。五十嵐さんは、服役中に聖書やマザー・テレサの本を読んで自分の罪深さに気づき、償う術(すべ) を求めて神父やシスターとの文通や面会を重ねたそうです。出所後は、自分と同じように、心の支えや社会復帰の助けを必要としている当事者を支援したいと考えたのです。
その決意を固めた大きな理由の一つが、刑務所で五十嵐さんが介護を行ったある高齢受刑者の言葉です。「彼は、『俺には刑務所の外に居場所がない。誰も受け入れてくれない。でも、刑務所の中ならいろんな人がいるし話も聞いてもらえる』と話していました。世の中には、この高齢受刑者と同じようなことを考えて、あえて犯罪を繰り返す人も少なくありません」(五十嵐さん)。実際、日本における再犯率は増加傾向にあり、『犯罪白書』によると、平成29年に検挙された人のうち48.7%が再犯者でした。
五十嵐弘志さん
五十嵐さんは「もちろん、罪を犯した人が一番悪い」と語気を強めながらも次のように語ります。「出所者の社会復帰は、再犯を減らし被害者を無くすことにつながります。しかし、出所者が社会の中で生きていくのはとても難しい。元受刑者だと分かると、すぐ前科を聞かれます。公的な支援もほとんどなく、世間から偏見や差別を受けることも多いため、更生してがんばろうと思っていても、心がくじけてしまう人もいます。出所者を、罪を犯した人としてではなく、一人の人間として受け入れてくれる場が必要なのです」(五十嵐さん)。
こうした思いから、2012年にマザーハウスを設立。その拠点となっているのが、東京・墨田区の「マリアカフェ」です。ここでは出所後の就労支援の一環として、自家焙煎(ばいせん)しているオリジナル商品「マリアコーヒー」を販売しています。豆は世界でも人気の高いルワンダ産を使用。マザーハウスの事務所の一角では、このコーヒーを1杯100円で飲むこともでき、専門家から淹(い)れ方の指導を受けた当事者が丁寧な手つきで提供してくれます。マリアコーヒーは香りが高く、柔らかな酸味で軽い飲み心地ながらも、コクがあるのが特徴。イベントでの出店や、インターネットでの販売もしており、収益金は全て受刑者や出所した人の支援のために使用しています。
五十嵐さんはマリアカフェについて次のように語ります。「ここは、当事者同士が話し合ったりすることで孤独にならずに済む居場所でもあります。そして、コーヒーを通じて社会とつながる拠点にもしたいと思っています。しかし私は、本気で更生する意志のない人を甘やかすことはしません。当事者には『今後どう生きていくのかというビジョンを持って行動することが大切。社会人としての常識を持ってがんばり続ければ周囲が必ず信じてくれる』と伝えています」。
私たちは、刑を終えて出所した人と聞いただけでネガティブなイメージを抱く前に、やり直そうと必死にもがいている当事者がいることを知り、社会の一員として歩もうとしている姿に向き合うことが必要ではないでしょうか。
インタビュー/勝尾 栄(東京都人権啓発センター専門員)
編集/小松 亜子
東京都墨田区菊川1-16-17-102
NPO法人マザーハウス<外部リンク>
WEBサイトでは「マリアコーヒー」の購入や会報誌『たより』の閲覧ができます。
著:五十嵐弘志/発行:ドン・ボスコ社
<取材先情報>
ピカフィルム<外部リンク>
Copyright © Tokyo Metropolitan Human Rights Promotion Center. All rights reserved.