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TOKYO人権 第82号(2019年7月31日発行)
コラム
一本の映画と出会う 優れたドキュメンタリー映画を観る会
飯田光代さんは、およそ20年にわたってミニシアターと呼ばれる小さな映画館を中心に、ドキュメンタリー映画の上映会を主宰してきました。一人の「主婦」が始めた映画の上映運動と、そのきっかけとなった作品を紹介します。
『奈緒ちゃん』 ©いせフィルム
飯田さんが出会った映画は伊勢真一監督の『奈緒ちゃん』(1995年公開)。知的障害とてんかんを併せ持つ、監督の姪の奈緒ちゃんとその家族を長年にわたって撮影してきたドキュメンタリー作品です。ちょうどその頃、次男・悠史さんに知的障害があることがわかり、将来への不安を抱えていた飯田さんに、写真家で映画監督の本橋成一さんが薦めてくれたのだそうです。「奈緒ちゃんのお母さんがすばらしい。ぜひ見て」と。
映画に感動した飯田さんは、やがてその気持ちを周りの人たちと共有したいと思うようになりました。「障害のある次男は、長男や長女と同じ小学校の特別支援学級に通っていました。しかし、普通学級との交流がなく、残念に思っていたんです。障害者のことをもっと知ってもらいたかった」(飯田さん)。
こうして1997年、世田谷区の小学校で普通学級と特別支援学級の保護者と児童が、合同で『奈緒ちゃん』を鑑賞する会が実現しました。上映は好評で、飯田さんはそのときの手応えを次のように語ります。「鑑賞後たくさんの保護者から、とくに普通学級の方から、『何か手伝いたい』との言葉をいただきました」。
飯田光代さん
やがて特別支援学級の児童や家庭を支援するボランティアグループができ、登下校時の送迎や外遊びの見守りなどのほか、普通学級と特別支援学級の保護者の交流会などを定期的に開催。支援の輪は地域の商店街にも広がりました。小学校での映画鑑賞会は翌年2回目を実施。飯田さんはこのような鑑賞会を今後も継続したいと考えるようになりました。
かねてからよく訪れていたミニシアター「下高井戸シネマ」(東京都世田谷区)の支配人は、飯田さんの提案を受け入れてくれました。「タイミングといろいろな幸運が重なった結果」(飯田さん)同館を拠点として1999年に「優れたドキュメンタリー映画を観る会」が立ち上がりました。その後毎年春に1週間ほどの映画祭を開催してきました。これまでに、およそ200本を越える作品が上映され、多くの方が鑑賞に訪れました。下高井戸シネマでの開催は、昨春いったん終了し、今年からは公共施設などでの上映会にシフト。次回は原点に返って、伊勢真一監督の作品を上映する予定です。
優れたドキュメンタリー映画を観る会チラシ(2018年)
一方で、上映会だけでは飽き足らず、飯田さんは映画の配給会社を立ち上げました(2014年、ピカフィルム設立)。これまでに『サクロモンテの丘』『福島は語る』など4本の作品を公開。かつて映画と出会った一人の「主婦」は、いまや個性的な映画配給の担い手として活躍しています。
これまでの歩みを振り返って、飯田さんは次のように語ります。「映画を通じて、さまざまな課題を抱える人の存在を知り、自分との共通点を見つけて理解を深めることができました。ドキュメンタリー映画の素晴らしさは、いい意味で自分の価値観が変わり、視野が広がることです」。人権や社会について考えるとき、私たちはつい身構えていないでしょうか。もっと気軽に、例えば映画を見ながら、面白かった映画について誰かと話しながら、新しい価値観との出会いを重ねていく。そんな中に、人権や社会の学びの糸口があるのかもしれません。
インタビュー/坂井 新二(東京都人権啓発センター専門員)
編集/小松 亜子
知的障害とてんかんを併せ持つ奈緒ちゃんの、8歳から成人式までの12年間を追ったドキュメンタリー。障害がある子供と家族の日常を静かに見つめ続ける映画は、一つの家族を記録したアルバムさながら、“幸せ”について問いかける。
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