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TOKYO人権 第81号(平成31年3月28日発行)
コラム
山谷地域の昔と今がわかる場所
多様性に出会える「さんやカフェ」
台東区と荒川区にまたがる通称「山谷(さんや)」地域は、かつて「ドヤ街(がい)」(日雇い労働者向けの簡易宿泊所が集まる地域)として栄えた場所です。近年は、仕事の減少、労働者の高齢化に伴い、街の様子も変わりつつあります。そんな山谷にオープンした「さんやカフェ」を訪ねました。
戦後から高度経済成長期、バブル期を通して、山谷には多くの日雇い労働者が仕事を求め、集まりました。特に、1964年の東京オリンピック開催前の山谷は、都市基盤の建設・整備の仕事に従事する日雇い労働者たちで溢(あふ)れていました。家を持たない彼らの生活拠点だった簡易宿泊所(以下、簡宿)も、最盛期には220軒以上あり、15,000人が宿泊していました。しかし、全国有数の「寄せ場」(日雇労働市場)として成長した山谷では、暴動事件が度々起こるなど“治安が悪い街”というイメージもありました。
55年の月日が流れた今、日雇い労働者たちは高齢となり、また、バブル崩壊以降の経済不況により、簡宿も約140軒にまで減り、跡地が高層マンションになっていることも。一方で、高齢になり働けなくなっても、生活保護を受けながら、住み慣れた山谷での生活を希望する人は多く、簡宿の約85%が生活保護受給者を対象とする“福祉宿”になっています。また、一般観光客が1泊3000円台で利用できる簡宿も一定数あり、2002年のFIFAワールドカップ以降は、山谷で外国人旅行者の姿を見かけることも多くなりました。今の山谷は「福祉と観光拠点の街」へと変わりつつあるといえるでしょう。
義平真心さん
そんな山谷に、2018年3月、『さんやカフェ』がオープンしました。運営しているのは一般社団法人結(YUI)。同法人は山谷の地で福祉宿を1つ、観光客向けの簡宿を2つ運営しており、『さんやカフェ』は観光客向けの簡宿『ホテル寿陽』の1階に併設されています。フェアトレードのコーヒーや紅茶をはじめ、イタリア人シェフの指導による本格的なピザやパスタ、プリンなどの手作りデザートが人気。法人の代表理事、義平真心(よしひらまごころ)さんは、山谷にカフェを開いた理由を次のように話します。「この地域には、簡宿で暮らす元日雇い労働者、海外からの観光客、そして地域住民が混在していますが、お互いを知る機会はまずありません。相手を知らないために生まれてしまう誤解や偏見が、今もまだあるんです。それを取り除くには、誰もが利用できるカフェがいいと思いました。『さんやカフェ』が、お互いを知る入口、あるいは外部の方が山谷を知る入口になってくれることを望んでいます」。
『さんやカフェ』には、「思いやりコーヒー」というユニークな助け合いの仕組みがあります。それは、イタリア発祥のチャリティの形で「コーヒー1杯を買うことができない誰かのために、自分が1杯分の代金を前払いする」というもの。これによって集まったお金は、山谷で暮らす生活困窮者のために使われます。また、すべてのドリンクにつき1ポイントが加算され、5ポイント貯まるとドリンク1杯分が無料になります。それを自分のために使うもよし、あるいは他の誰かに送ってもよしというものです。この仕組みだけを見ると一過性の支援に見えてしまいますが、義平さんが目指すのは「山谷にいる全ての人が気持ちよく共生し、山谷の経済を回し、明るく元気な山谷をつくること」。『さんやカフェ』や「思いやりコーヒー」は、そんな「まちづくり」を実現するための第一歩なのです。
百聞は一見にしかず。山谷に一定のイメージを持っていた人も、山谷について初めて知った人も、『さんやカフェ』という入口から、「多様性の街・山谷」を眺めてみませんか?眺めることに飽きたら、実際に歩いてみるのもいいでしょう。山谷からは、東京スカイツリーの姿を間近に見ることもできますよ。
インタビュー/林勝一(東京都人権啓発センター専門員)
編集/那須桂
<取材先情報>
一般社団法人 結(YUI)
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