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TOKYO人権 第59号(平成25年8月30日発行)
特集
加害者家族支援への道のり 負の連鎖を断ち切るために
犯罪は多くの不幸を生み出します。被害者とその家族の苦しみはもちろんですが、加害者の家族もまた想像を絶する困難を強いられていることはあまり知られていません。加害者家族のための支援制度は無く、中には、バッシングと自責の念に耐え切れず、自ら命を断つ人も珍しくありません。加害者家族のおかれている状況と支援活動について取材しました。
犯罪被害者とその家族は、事件に巻き込まれたことによる不幸だけでなく、その後に降りかかる副次的な被害にも翻弄されます。度を超えたマスコミの取材、地域住民の好奇の目、見ず知らずの他人からの理不尽なバッシング。職を変え、引っ越しをせざるを得なくなり、家族は離散。うまく逃れられても、事件の関係者であることを他人に知られぬようひっそりと暮らさざるをえなくなることもあります。また、一度でもインターネット上に個人情報を暴露されてしまうと、情報流出をくい止めることは不可能となり、心ない人々からの攻撃におびえ続けることになります。日常生活を破壊され、苦しみに耐えきれず、自ら生命を絶ってしまうこともあります。
そうした状況を救済するために2004年に犯罪被害者等基本法が成立しました。この法律によって、犯罪被害者らの権利や利益を保護するために「相談及び情報の提供」、「犯罪被害者等の二次被害防止・安全確保」、「居住・雇用の安定」などの施策が講じられることが定められました。まだまだ十分ではないにしても、被害者やその家族を支援する道筋は、ある程度はつけられたといえるでしょう。
一方の加害者家族が置かれる状況はどうでしょうか。それまであまり知られることのなかった彼らの状況が、2010年4月にNHKのテレビ番組「犯罪“加害者”家族たちの告白」(クローズアップ現代)で報道され、社会に大きな衝撃をあたえました。取材攻勢からはじまって、バッシング、学校でのいじめ、日常生活の破壊、一家離散、自ら命を断つ人が珍しくないことまで、被害者側と加害者家族は立場は反対であるのに、その困難な状況は驚くほど類似しているのです。(注)
しかしながら、加害者本人以上に厳しい苦難を強いられるその家族をサポートする制度は、日本にはありません。また、その重要性もほとんど理解されてはいません。加害者家族のサポートが必要であることを声高に訴えようものなら、逆に世間から攻撃を受けることにもなりかねない状況です。
(注)加害者の家族をとりまく状況は、同番組ディレクターである鈴木伸元氏の著書『加害者家族』(幻冬舎)に詳しく書かれている。
経済的危機
心理的危機
社会的危機
出典:阿部恭子・池美沙子、草場裕之監修(2013)「犯罪加害者家族の現状と支援に向けて」『季刊刑事弁護』第73号 現代人文社
そうした日本の状況とは異なり、欧米では加害者家族を支援する意義も社会に広く受け入れられており、そのための組織が多数活動しているといいます。その代表例がイギリスのPartners of Prisoners and Families Support Group(以下POPS)というNGOです。POPSは警察などの行政機関と連携して、事件発生直後から総合的な支援をおこなっています。加害者の家族を支援することにより、加害者が出所した後の受け皿を保つことで再犯防止にもつながります。また、不安定な環境に置かれることで加害者家族である子どもが将来犯罪者となるリスクが高まるとされ、それを防ぐために子どもへの支援には特に力を入れています。
NPO法人ワールドオープンハート代表
阿部恭子さん
一方、日本には、加害者家族を直接に支援する組織はたった一つしかありません。それが、NPO法人ワールドオープンハート(World Open Heart、以下WOH)です。代表をつとめる阿部恭子(あべきょうこ)さんが、東北大学大学院法学研究科在学中の2008年に有志の学生ともに設立しました。
「加害者の家族にも一定の責任がある場合はあります。けれど、彼らは犯罪者ではない。生活が立ちゆかなくなるほど追いつめ、自殺させてしまうのはひど過ぎます。ましてや、子どもには親の犯した罪の責任はないのですから」(阿部さん)。
しかし、こうした見解は、被害者支援をないがしろにすることであるかのように曲解されてしまうこともあります。
「私はもともと、犯罪被害者支援の研究をしていました。被害者への支援はとても重要なことです。それを大前提としてその上で、苦しんでいる加害者家族をも助けたいのです」と阿部さんは語ります。
WOHでは、前述のPOPSの活動を参考に、過熱取材への対応、転居や法律の相談、行政や警察等への同行、裁判の代理傍聴、加害者家族のメンタルケアなどの直接的支援のほか、一般への普及啓発、調査・研究活動などもおこなっています。
加害者家族からの個別相談は特に重視しており、24時間態勢のホットラインを設けています。また、当事者が集まってそれぞれが心情を吐露していく「オープンハートタイム」を、WOHの拠点である仙台のほか東京や大阪でも開催しています。同じ境遇にある人たちの前で、普段は誰にも語ることができない思いを口にすることにより、孤独感や緊張を和らげることが目的です。
「オープンハートタイムに参加したからといって問題が解決するわけではありません。そこで少し元気を取り戻して、今の状況を乗り越えて新しい生活に向き合うようになってもらえれば」(阿部さん)。
WOHは家族への直接的支援以外にも、加害者本人や関係者へのさまざまな働きかけをおこなっています。
現在、受刑者の被害者理解を促す教育プログラムに携わっておりその一環で、罪を犯したことが自分の家族にどれほどの影響を与えたかの理解を助ける教育活動をおこなっています。
「刑務所と連携が取れるようになったのは前進でした。加害者と加害者家族の関係を修復することができれば、確実に再犯防止につながります。」(阿部さん)。
しかし、たった一つの団体だけで日本中の支援をするのは無理があります。関係するさまざまな人たち、警察、弁護士、保護司、損害保険会社などとの協力は欠かせません。WOHはそれらの人たちとの連携の可能性を模索しています。
現在、特に取り組みが遅れているのは子どものケアです。大人と異なり、言葉で心情を吐露するのが不得手であるため、その支援は難しいといいます。
「教員やPTA の方に注意してほしいのですが、ケアは必要なのだけれど、家族が問題を起こしたのだから、子どもにもきっと影響が出るだろう。と特別視するのはよくありません。安易な同情も、敏感な子どものプライドを傷つけます。大人が先取り不安をし、問題を作り出さないことが重要です」(阿部さん)。
子どものケアが重要なのは“犯罪者の子ども”として長い人生を送ることが課せられ、さらに親の自殺などが加われば、生育に悪い影響を及ぼし、負が連鎖するおそれがあるためです。一つの事件から、新たな被害者・加害者を生まないような支援が必要なのです。
また、子どもたちの反応は、大人がどういう態度をとるかに左右されるという側面もあります。まず大人たちにこの問題を理解してもらいたいという思いから、WOHでは大人への働きかけを重視しており、講演会のほか、ワークショップなどもおこなっています。
2012年の刑法犯認知件数は1,382,121件(警察庁『平成24年の犯罪情勢』)でした。毎年、膨大な件数の犯罪が引き起こされていることは、だれもが、いつ当事者になったとしてもおかしくない状況を示していると言えます。実際、被害者とその家族、そして加害者家族は、ある日突然にその境遇になったのです。
「だれもが加害者側になりうるのだということ、加害者家族の問題を自分のこととして意識してくれたら、日本の社会はもっと良くなると思います」(阿部さん)。
社会全体の問題として、犯罪加害者家族の支援を考える時期に来ているのではないでしょうか。
インタビュー/鎌田 晋明(東京都人権啓発センター 専門員)
編集/脇田 真也
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