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TOKYO人権 第42号(2009年6月17日発行)
特集
いろんな“人間”に出会えるのが、楽しい!
歌手、タレント、女優としてテレビや映画、舞台で活躍するソニンさん。昨年の夏から今年の春にかけての約7ヶ月間、ミュージカル『ミス・サイゴン』のヒロイン・キムという難しい役を見事に演じ切り、高い評価を受けました。歌や演技だけでなく、その元気で前向きなキャラクターでファンを魅了するソニンさんに、仕事のこと、ご自身のこと、そして、人と人とが認めあうことの大切さについて、お話を聞きました。
ソニンさん
1983年、高知県生まれ。
2000年に音楽ユニットでデビュー。02年にシングルCD「カレーライスの女」でソロデビューを果たす。女優、タレント、ミュージシャンなどとして幅広く活動を展開。現在、NHK教育テレビ『ハートをつなごう』の司会者としてレギュラー出演中。おもな出演作に、TVドラマ『高校教師』、『元カレ』(TBS)、映画『空中庭園』、『蛇にピアス』など。また、04年に『8人の女たち』で舞台デビューを飾り、07年に『スウィーニー・トッド』、08〜09年は『ミス・サイゴン』のヒロイン・キム役をつとめるなど、ミュージカルや舞台でも活躍している。
2009年10月に、新国立劇場でシェイクスピアの史劇『ヘンリー六世』のジャンヌ・ダルク役を演じる予定。また、2010年1月には映画「ゴールデンスランバー」が公開される。
最初のオーディションが平成18(2006)年11月。稽古の期間も含めて、こんなに一つの作品に長く携わったことはありませんでした。公演が終わった今年の3月まで、足かけ2年半もやっていたことになるけれど、とても楽しかった。楽しかったけど、本当に大変でした(笑)。
『ミス・サイゴン』はベトナム戦争下のお話です。わたしが演じたのは、恋をし、戦禍をくぐりぬけて子どもを育てていく、たくましいキムという名の女性の役でした。アジア圏のミュージカル女優ならだれでも、一度はやってみたいヒロインらしいですよ。でも、わたしには戦争体験はないし、キムへの感情移入が難しくて、初めはとまどいました。けれど、愛する人と生き別れて、生まれた子どもにその人の面影を重ねながら生きていく苦しさは、女性として共感できましたし、母親としてのキムを作り上げるときには、わたしも自分の母のことを思い浮かべたりしました。以前に「母親という存在も一人の“女性”なんだ」ということに、気づく機会があったんです。わたしの母だって最初から“お母さん”だったわけじゃないですよね。
悲劇って、悲しい場面だけが泣けるわけではなくて、ストーリーの中の小さな幸せが悲しさをいっそう際立たせるんです。だからお客さんたちは、序盤の幸せな場面でもう泣けるみたい(笑)。演じるときは、それに負けないパワーが必要でしたし、ロングラン公演だったので、いろんな意味でタフさが求められる舞台でしたね。
わたしの本名が日本語の語感になじまない名前だったら別の芸名になる予定だったらしいです。でも「ソニン」という三文字は響きがいいし、覚えやすいだろうと。それに個性的で良いじゃないかということで、そのままソニンという名前でデビューすることになりました。当時は、『シュリ』という韓国映画が日本でヒットしていた頃で、ちょうど韓流ブームが起こる直前でした。そんな時代の流れも追い風になったのかもしれません。幸い、たくさんの方々がわたしを後押ししてくれました。
在日コリアンの多くは“通名”(日本名)を持っていますが、わたしには生まれたときからこの名前しかありませんでした。たとえば電話するときでも、いつも本名を名乗ります。相手から「はい?」と聞き返されることも多いのですが(笑)、ずっとこの調子でやってきたので、自分としてはごく普通の感覚でした。
わたしよりも前の世代の方々が差別や偏見で苦労したことは知っていますが、わたし自身はそれほどひどい経験をしたことはなかったと思います。だから、デビューのときも、名前のことを意識することはあまりなかったですね。こうやって、後になってインタビューを受けたりする中で、ようやく自分でも大切なことだったんだと自覚するようになったくらいです。わたしを送り出してくれた人たちの勇気やチャレンジは本当に大変なことだったんだなって、今は思っています。
在日コリアンというのは、すごく微妙な立場だと思ってます。生まれてからずっと日本に住んでいるのに、国籍は日本じゃない。もちろん帰化して国籍上は日本人になる人たちもいますが、どちらにしても「在日には居場所が無い」という感覚を、いつも心のどこかに抱えています。すごく中途半端で宙ぶらりんな心境。この感覚を他の人たちに理解してもらうのは難しいかもしれません。だからわたしが本名のままデビューできたことで、家族や周囲の人たちは「在日」という一つの“枠”が世の中に認められたような気がして、どこか誇らしかったんじゃないかな。みんながうれしく思ってくれているということは、すごく感じました。
だれでも皆そうだと思いますが、自分らしく生きていくことは簡単なようでいて、意外とむずかしいことですよね。ありのままの素直な自分でいられるような世の中に少しずつでも変わっていくといいなと思います。
『ハートをつなごう』はNHK教育テレビの福祉情報番組です。わたしは平成18(2006)年の番組開始から関わってきました。この番組ではこれまでいろいろなテーマを取り上げました。「発達障害」や「依存症」の問題は、わたしもこの番組でたくさん学びました。
番組収録の様子
作家の石田衣良さん(左)、アナウンサーの桜井洋子さんと
ハートをつなごう
(NHK教育テレビ)
月曜〜木曜(随時)午後8時〜8時29分
http://www.nhk.or.jp/heart-net/hearttv/<外部リンク>
これまでに番組で取り上げた中で特に印象に残っているのは、「性同一性障害」の当事者の方が話していたことです。書類の性別欄に男女の別を記入しなければならないとき、性同一性障害の人たちはそこで一瞬、立ち止まってしまうということ。最近でこそ、戸籍変更が認められるようになったり、性別記入を必要最小限にしようという動きがあるけれど、こうした体験は、国籍の記入欄を前にしたときに在日コリアンが感じるものと通じていると思いました。「世間が決めた枠に納まるべき場所が無い」という立ち位置がとても似ているように感じるんです。性同一性障害と在日コリアンは問題自体は全く別だけれど、お互いに感じていることや悩んでいる部分、周りに伝えたいと思っていることが共通しているので、お話を聞いているうちに、思わず「うんうん、わかる!」って(笑)、力いっぱいうなずいてしまいました。
世の中にはいろいろな事情の人がいるけれど、何かのときに「そういう人がいるって、どこかで聞いたことがあるぞ」と気づくことができれば、ちょっとした人助けも自然にできるでしょう。この番組は、そういう“他人を見る目の引き出し”をどんどん増やすことができるので良いですね。
いつも内容が濃いので、収録時間がどうしても長くなってしまいます。たまに、もうろうとすることも…(笑)。でもそれだけ、いつも素敵なものを持って帰ることができるこの仕事は、いまのわたしには“マスト”(must=必須の意)ですね。これからも気合いを入れて収録にのぞみます!
歌でもお芝居でも、それから舞台でもテレビでも共通するんですけど、表現する仕事って、「自分は何者なんだろう?」っていうことを常に意識せざるを得ないと思うんです。何かを伝えるために自分のことを、より客観的に見つめるっていうか、分析するような感覚ですね。その一方で、たくさんの人たちと一緒に働くわけだから、他者との「価値観の違い」を強く感じる場面にも出くわします。そんな時に、「あの子普通じゃない」とか「変わってる」とかいうことから始まって、「あそこの人たちは…」みたいなことを言うのではなく、「価値観が違って当たり前だ」っていう前提に、みんなが立てるといいんですよね。
だから、わたしは「他人のことを否定はしない」と心に決めています。わたしの個人的な考えでは賛成できないことも、相手にとっては何か理由があるのかもしれない。いつから、どうしてそう思うようになったのかは、あまり思い出せないけど。でも、『ハートをつなごう』をはじめとした、いろいろなお仕事を通して、いっそう強くそう思うようになった気がします。
仕事で毎日たくさんの方々にお会いします。意気投合して仲良くなることもあれば、「この人とは合わないなあ」と思うこともある。でも、いつも変わらないのは“わたしが想像もしていなかったような変わった人”との出会いに驚くのがとても楽しいということです(笑)。そういう喜びを感じることが人間としてこの地球に生きることの意味なんじゃないかな。わたしのブログの『ソニンの人間大好き!』というタイトルには、そういう意味もこめられています。
これからもたくさんの“個性”と出会い、そしてもっともっと、いま以上に“人間であること”を楽しみたいと思っています。
文 山川英次郎
ソフトバンク・クリエイティブ刊
ソニン 著
「ソニンの人間大好き!」
ソニン オフィシャルブログ<外部リンク>
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