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TOKYO人権 第108号(2025年12月10日発行)
JINKEN note/コラム
地震や台風など災害の多い日本では、障害のある人や高齢者、日本語での情報伝達に支障のある住民などが情報や支援から取り残されやすい現実があります。災害時に誰もが安全に生きる権利を守るには、日常から包摂的な防災を考えることが必要です。
その新しい発想として注目されているのが「フェーズフリー」。提唱者の佐藤(さとう)唯(ただ)行(ゆき)さん(一般社団法人フェーズフリー協会代表理事)は、「備えることが難しい人も含め、誰もが参加できる防災をつくりたい」と語ります。フェーズフリーとは、「日常(平時)」と「非常時」の境界をなくし、普段の暮らしを豊かにするモノやサービスが、もしもの時にも命や生活を守れるようにする考え方です。

佐藤 唯行さん
佐藤さんは長年、防災の研究を続ける中で、「備えよう」と呼びかけても行動につながらず被災が繰り返される状況に葛藤を感じてきたと言います。「ほとんどの人は、仕事や勉強、家事、育児など、日々の暮らしを送るのに精一杯で、備えるための(時間的、経済的、精神的などの)ゆとりがない。これに対し防災は『備えられるごく一部の人』つまり、備えるゆとりのある人しか参加できない構造になっている」と感じたことが出発点でした。
フェーズフリーは、日常の「便利に使えて楽」「お得に買えて嬉しい」「好みのデザインで楽しい」といった暮らしの中の豊かさを生み出し、その延長に非常時の安心を組み込む発想です。例えば、履きなれた靴や使い慣れたボールペン、便利な家電が災害時にも機能すれば、それはすでに防災です。「コストをかけて備えるのではなく、無意識のうちに日々の暮らしが防災になっている状態が理想」と佐藤さんは話します。
フェーズフリーを意識してデザインされた商品の例には、次のようなものがあります。高齢者や介護者の負担を減らす手動ラップ式簡易トイレ「ラップポン」は、水を使わず清潔に保てる仕組みで、平時は介護される人の尊厳を守り、災害時には衛生を確保します。また、缶入りの液体ミルクも育児の負担を軽くしながら、災害時にも安全に授乳できる日常品として広がっています。こうした商品は、誰もが使いやすく、災害時に弱い立場に置かれる人の命を守る設計がされています。

水を使わず利用できるトイレ『ラップポン』
現在、フェーズフリーの理念は国や自治体、企業にも広がっており、同協会では、認証制度やアワード(賞)を通して新たな商品やサービスが開発・発掘されていくことに期待しています。
「フェーズフリーは、『楽しい・嬉しい・安心できる』という暮らしやすさを保ちながら、誰もが備えられる状況を実現すること。それが非常時の命や尊厳を守ることにつながる」と佐藤さんは話します。日常の延長に人権を守るデザインをというコンセプトである「フェーズフリー」は、非常時に取り残される人を生まないための取り組みと言えます。

フェーズフリー協会が認証する製品・サービスのマーク
現在、東京都人権プラザで開催中のクローズアップ展示「災害と人権」でも、災害時に見落とされがちな要配慮者への支援について紹介しています。ぜひお立ち寄りください。

東京都人権プラザ・クローズアップ展示「災害と人権」
企画 東野 明子
インタビュー・執筆 吉田 加奈子(東京都人権啓発センター 専門員)
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