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TOKYO人権 第106号(2025年6月30日発行)
JINKEN note/コラム
多文化共生の高齢化と向き合う取り組み
外国人人口の増加に伴い、在住外国人の高齢化問題への対応が急務となってきています。外国にルーツを持つ高齢者(以下、外国人高齢者)の中には、日本語での意思疎通が難しかったり、制度の仕組みが理解しづらかったりすることで、適切な介護支援につながれず、困りごとがあっても本人や家族で抱え込み、状態が深刻化してしまう人も少なくありません。外国人高齢者の抱える様々な課題への支援を行う「外国人高齢者と介護の橋渡しプロジェクト※1」 (本部:名古屋市)代表の木下(きのした) 貴(たか)雄(お)さんに、詳しくお話を伺いました。
外国人高齢者の中には、母語以外に習得した言語を認知症の進行とともに忘れ、母語しか話せなくなる現象が見られることがあります。木下さんは「幼年期の記憶は鮮明である一方、後から学んだ言語を忘れ、母語のみを話す傾向を『母語がえり※2』 と呼ぶことがあります。日本語によるコミュニケーションが困難になることで、適切な対応が遅れ、問題が深刻化する恐れがあります」と指摘します。
このような課題に対応するため、同プロジェクトでは、在住外国人向け「認知症サポーター養成講座」を開き、支援ボランティアの育成に取り組んでいます。こうした勉強会を通じて、認知症に関する理解を深め、支援の輪を地域に広げています。
同プロジェクトでは、言語による意思疎通が課題となっていることに注目し、公益財団からの助成金を基に、2015年から2年間、介護通訳者の養成と派遣を行いました。「外国人高齢者が介護保険サービスにアクセスでき、介護施設の受け入れ体制を整えていくためには、こうした取り組みが不可欠ですが、さらに、継続的な支援につなげる必要があります。今後も、母語以外でのコミュニケーションが困難になる外国人高齢者の増加が予想されます。多言語・多文化ケア支援に精通する人材の育成とともに、公的支援として活用できる仕組みが必要です」と木下さんは話します。
外国人高齢者が、尊厳を保ちながら自立した生活を送るためには、「外国人も日本で高齢期を迎えることがある、そしてそのような人は自分の周りにもたくさんいると知ることが大切です。外国人を一時的な滞在者と見なすのではなく、日本人と同じ様にライフステージを過ごしていると捉える必要があります」と木下さんは強調します。「文化や宗教・価値観の違いなどを知り、相互理解を心掛け、次の世代につなげていくことが、誰もが安心して老後を暮らせる地域社会にとって重要です」と、木下さんは語りかけています。
<母語回帰を含む高齢者の介護に関する相談は、各市町村が設置する「地域包括支援センター」にお問合せください。>
インタビュー・執筆 吉田 加奈子(東京都人権啓発センター 専門員)
※1 中国語に特化した介護通訳の養成と派遣、外国人への介護制度の周知等、行政・関係機関等に対する外国人の介護・終活問題に関する啓発活動の3つの事業を行っている。
※2 バイリンガル話者における認知症の特徴と見られており、味覚などを強く求める母文化への回帰も見られる。「母語がえり」は医学・学術分野で用いられている用語ではなく、介護現場などで通称として使用されている。
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