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拘禁刑導入の背景

印刷ページ表示 更新日:2025年4月1日更新

TOKYO人権 第105号(令和7年3月31日発行)

特集  

刑務所と出所者 イメージのアイコン―出所者の社会復帰を見据えた取り組み​

 これまでの刑法には身体の自由を制限する刑罰として、「懲役刑」と「禁錮刑」がありました。懲役刑は刑務所で作業を行うことが義務付けられる刑罰、禁錮刑は作業が課されない刑罰です。2025年6月に施行される改正刑法では、この二つが統合され、「拘禁刑」が新たに創設されます。拘禁刑の導入に向けて、新しい矯正プログラムの取り組みがすでに始まっています。今回の改正による影響や背景について、東京大学法学部教授の川出(かわいで) 敏裕(としひろ)さんに伺いました。​

受刑者の社会復帰を見据えて

​ 川出さんによると、自由刑(受刑者の移動の自由を制限する「懲役」「禁錮」「拘留」の3つの刑)を一本化する議論は以前からあったものの、今回実現したのには主に次の二つの理由があるとのことです。
 まず、懲役刑における作業は、元々「懲らしめ」の意味合いを持っていましたが、時代とともに「受刑者を社会復帰させるための手段」としての意味合いが強くなってきたことが挙げられます。刑務所では作業以外にも改善指導や教科指導※1も行われています。受刑者の中には作業よりも改善指導や教科指導の方が社会復帰に役立つ人もいます。しかし、懲役刑では、例外なく作業が義務付けられているため、適当な処遇ができないケースがありました。
 もう一つは、再犯者率が上昇していた※2ことを背景として、政府全体として再犯防止の取り組みが開始され、2016年12月に「再犯防止推進法」が施行されたことです。その一環として、刑務所での処遇を受刑者の再犯を防止するのに適したものとするための検討が進められました。
 今回の改正では、「作業は懲らしめのためではなく、指導と並んで、受刑者の改善更生と社会復帰を図るための手段である」ことが明確にされました。「拘禁刑の下では、受刑者一人ひとりの特性に応じて、作業と指導を適切に組み合わせた処遇が実施されることになります」と川出さんは話します。

受刑者の特性や能力に応じた取り組み

 川出さんによると、「これまでの出所者の中には『職場でうまくコミュニケーションが取れない』『自分から進んで課題を設定し、解決することができない』といった課題があるため、職場に定着できない人が少なくない」と言います。そのため、拘禁刑の下では、コミュニケーション能力や課題解決能力を身につけられるような新たな内容の作業が検討されています。
 また、特別な支援が必要な受刑者に向けた取り組みも始まっています。北海道の札幌刑務所では、精神障害のある受刑者を対象に、刑務官に加え、医師、看護師などの専門職と、保健医療・福祉関係などの外部専門機関が連携した処遇プログラムが、拘禁刑導入のモデル事業として始められています※3。川出さんは「高齢者や若年者、摂食障害のある女性など、特定の事情を抱える受刑者に対しても、それぞれに適した処遇プログラムが検討されている」と話します。

誰もが自分らしく暮らせる社会へ

 「出所者が社会の中で暮らしていくためには、周囲の人々が偏見を持たず、職場等でも普通に接することが大切です。罪を犯した人にはそれぞれの事情があり、再び犯罪をしたいと思っている人はほとんどいません。出所後に暮らせる住まいや働ける場があるなら、再犯はもっと少なくなります」と川出さんは指摘します。拘禁刑の導入によって、一人ひとりに適した処遇プログラムが実施されますが、社会復帰には周囲の理解と支えが欠かせません。出所者の社会復帰を支えるためには、社会全体で出所者の人たちの居場所をつくっていくことが大切といえます。

かわいでとしひろさんの写真

    川出 敏裕さん

インタビュー・執筆 藤本 尊正(東京都人権啓発センター 専門員)


※1 学校教育に準ずる内容の指導を行うこと。
※2 警察庁の統計によると、2004年から2020年まで再犯者率は上昇していましたが、それ以降は徐々に減少しています。
   (『令和6年度版再犯防止推進白書』p. 19、法務省 https://www.moj.go.jp/hisho/saihanboushi/hisho04_00117.html )
※3 法務省矯正局「札幌刑務所における精神障害受刑者処遇・社会復帰支援モデル事業について」
   令和6年3月15日付報道発表資料(https://www.moj.go.jp/kyousei1/kyousei08_00128.html)