東京都人権啓発センター

TOKYO人権 第89号(令和3年3月31日発行)

インタビュー

ここから本文です

子どもの貧困や格差をなくすために

─ 学習支援で「生きづらさ」に立ち向かう

PROFILE

李炯植さん顔写真

炯植ひょんしぎ )さん
NPO法人 Learning for All代表理事

特定非営利活動法人Learning for All代表理事。1990年、兵庫県生まれ。東京大学教育学部卒業。東京大学大学院教育学研究科修了。2014年に特定非営利活動法人Learning for Allを設立、同法人代表理事に就任。これまでにのべ8,000人以上の困難を抱えた子どもへの無償の学習支援や居場所支援を行っている。全国子どもの貧困・教育支援団体協議会理事。2018年「Forbes JAPAN 30 under30」に選出。

大学に入って突きつけられた、生まれ育った地域との格差

写真:李さんのバストアップ

 私は兵庫県の出身で、実家は貧困世帯の多い地域にありました。市営住宅が30棟立ち並び、高速道路の高架下でホームレスが寝泊まりしているような場所です。小学校のクラスの半分がひとり親世帯で、生活保護をもらっている家庭も珍しくありませんでした。当時は当たり前に受け入れていましたが、そんな生活困窮や貧困が身近にある環境で18歳まで過ごしました。

 大きなターニングポイントは、小学6年のときに担任の先生から「君は東大に行ける能力があるから、地元の中学ではなく進学率の高い学校に行きなさい」と提案されたことです。先生は家庭教師をつけて勉強できるよう両親の説得までしてくれました。両親は共働きでいつも深夜に帰ってくるほど多忙でしたが、幸いにも「やりたいようにやらせてあげたい」と応援してくれました。

 さらに高校2年のとき先生に再会すると、真剣に勉強していないことを叱咤しったされ、難関校への合格実績の高い塾に通えるよう取りはからってくれたのです。そこから猛勉強して奨学金をもらい東京大学へ進学することができました。

大学に入って感じた
周囲とのギャップから、
〝生まれつき〟存在する
貧困と教育格差に気づいた。

 大学に入学すると、友人が育ってきた家庭環境の話に触れる度、自分の親しんできた環境とは違う裕福な世界があることを知ります。恵まれた教育環境や家庭環境が用意されてきた友人たちの境遇と、自分が見てきた原風景との間に歴然とした格差を感じ、社会のゆがみを感じ始めました。

 そのころ、成人式のため帰省し、小学校の同級生のさまざまな人生を目の当たりにしました。3人の子どもを抱えるシングルマザーや、親に学費を出してもらえず進学を諦めた友人。私は恩師に背中を押してもらったことで違う環境へ歩み出る機会を得ましたが、地元の友人たちの多くはそうではありませんでした。「努力しているやつも、いいやつもたくさんいるのに―」。子ども時代には小さかった差が、大人になると随分と大きな差になったと感じられ、悔しさが募りました。

 それを東大の同級生に話すと、返ってきたのは「自己責任だ」「勉強不足だろう」「もともと出来が悪いのでは?」といった言葉。この反応に、衝撃を受けました。生まれたところや家庭環境、受けられる教育は、自分の努力だけではどうにもならず、厳然として格差があるのが現実です。そして、子どもの人生は、与えられた環境によって大きく左右されるのです。

 それから私は「なぜこの社会に格差や貧困があるのか」という根本理由を知るべく、大学の構内や食堂に入り浸って、とにかく本を読みました。そのうちに、「自分にとって解決したい問題は、子どもの貧困問題であり、格差の再生産構造なんだ」と気づき、社会構造について勉強したいと思うようになりました。

格差は個人の努力不足のせいではない

写真:インタビューを受ける李さん

 社会構造について学びを深めるうちに、教育格差への問題意識が芽生え、再生サポートに興味を持つようになりました。大学3年の冬に、理論だけでなく実践も経験してはと、気心の知れた友人に背中を押され、教育関連のNPO法人「Teach For Japan」の活動に参加しました。東京の下町で生活保護受給世帯の子どもの支援を担当し、自転車を借りて地域を回りました。川があり落書きがある街の雰囲気や、東京らしからぬ人情味ある人たちがいて、生まれ育った地域に似ている気がしました。

 ボランティアを始めたばかりのころ、中学3年の男子を受け持ちました。高校受験前なのに分数の計算すらできず、学力が低い状態であることに驚きました。生活保護受給のひとり親家庭で育った彼は、学校で何も分からないまま授業を受けていました。それまでその子がどれだけ多くの失敗体験を積み重ねてきているか想像できるでしょうか。きっとこんな風に難しさを抱える子どもが全国に数えきれないほどいるのだろうと強い危機感を覚えたことを思い出します。

 活動の中で実感したのは、経済格差は教育格差につながるということ。十分な教育が受けられないから学力が低くなり、それに伴って学歴も低くなります。すると、将来望んでも就ける職業は限られ、差ができます。そうやって貧困が連鎖していくのです。

 それだけではありません。貧困がもたらす格差は、単に学力だけの問題ではないのです。給食以外に食事が取れず、夏休み明けにげっそり痩せている子、虫歯治療ができずに半年間放置される子。いろいろなケースがありますが、そもそも勉強する以前に子どもが安心安全な環境で適切に育っていくための基盤が失われているケースさえあります。活動に関わるうちに、より包括的な支援へ目が向くようになりました。

基本的な生活や教育の不十分さは、子どもへの人権侵害

写真:Learning for Allの活動の様子

学習支援(上段)、居場所づくり(下段)の様子

 2014年、Teach For Japanの学習支援事業だけを引き継ぎ、「Learning for All」として独立することになりました。そのころ、私は関東・関西拠点の責任者をしていたので、大学を休学して新規団体の設立に関わりました。それから現在に至るまで、虐待や低学力、不登校、外国籍など、生きづらさを抱える子どもたちを支援する活動を行っています。2018年からは6~18歳を対象に、学習支援だけでなく給食や風呂の提供までニーズに応じた支援を行っています。

 私たちは子どもの貧困問題は子どもの人権に関わる問題だと捉えています。貧困ゆえに食事がまともに取れないのは、子どもの権利条約(注1)に抵触するでしょう。他にも、例えば授業内容が分からないのに授業が終わるまでじっと席に座っていなければならないのは、学習権を侵害しています。こうした子どもの人権が損なわれている現状が、各家庭の自己責任として放置されているのは社会的な問題です。私たちの役目は、このような子どもたちの権利を保障していくことだと考えています。

 貧困状態にある子どもに、国からの支援がないわけではありません。しかし、予算は決して十分とはいえません。経済的な理由で困難を抱えて、就学援助を受けている子どもは全国に約150万人います(注2)。けれども厚生労働省の民間支援を活用できている子どもは3万人程度です。そのカバー率は、教育支援を必要とする子どもたちのわずか3%にすぎません。加えて、子どもたちのニーズは複雑ですから、予算もメニューも足りない状態です。子どもの権利が侵害されている現状を民間の寄付で埋めているような構造を、今後は変えていく必要があるでしょう。

勉強したいと思っても、それが叶わない子どもが現実にいる

写真:Learning for Allの集合写真

Learning for Allの職員たち

 Learning for Allを運営するに当たっては、複数の企業や団体から支援をいただき活動を続けてきました。支援者を募る際に、子どもたちの現状についてお話しするのですが、「貧困が実在することが想像できない」「つまずきは親のサポートや本人の努力不足が原因」と捉えられることが非常に多いです。親の問題や「甘やかしてはいけない」といった自己責任論として扱われ、子どもの人権に関わる問題であると見なされていないのです。ですから、ロジックや数字の提示だけでなく、実際に現場へお招きし、うそのない実情を見てもらうようにしています。

 「こんなに幼い子がご飯を食べられていない」「お風呂にも入れない」「勉強したいと思っているのに塾に行けない」「学校から帰ったら母親の介護をしなければいけないんですよ」と、実際に、つらい思いをしている子どもが目の前にいることを分かってもらうためです。ひとりひとりの子どもとの出会いが、その人の実体験となり、共感してくださることが多いです。私にとって地元で過ごした経験が原動力となっているように、原体験を持たない人も子どもたちが抱える困難に共感し、解決に当たることで誰もが「社会問題の当事者」になることができると考えています。

すべての子どもに備わっている力を、
花ひらかせる環境を与える。
それが、私たちの役割。

 今後は、日本全国の支援者が学び合えるプラットフォームづくりをしたいと考えています。支援者は地域ごとで孤立していて、それぞれが非常に頑張っているにも関わらず、ノウハウの共有や課題の相談などの連携ができていない現状があるからです。

 もう一つ、私たち支援者にとって大切なのは、子どもたちや仲間から学び続け進化すること、変わり続けることだと考えています。子どもたちのニーズや子どもたちがどうありたいのか、常に子どもの目線に立ちながら、我々がやるべきことを定義し、子どもの持つ当たり前の人権を守っていきたいと考えています。

 どんな子どもにも、備わった力があります。私たち大人は、それを開花させられる社会をつくっていかなくてはなりません。環境のせいで生きづらさを抱える子どもたちに、身近な人ではないかもしれないけれど、「助けてくれる大人は必ずいる」と信じてほしいのです。

(注1)1989年に国連で採択され、日本政府が94年に批准した条約。生きる権利、育つ権利、守られる権利、参加する権利の四つを柱に構成されている。

(注2)平成28年度就学援助対象人数(文部科学省調べ)による。

インタビュー/吉田加奈子(東京都人権啓発センター 専門員)
編集/杉浦由佳
撮影/百代

冊子表紙

「子どもたちのニーズに応え続ける組織づくりのため」の李さんおすすめ書籍

『フィールドブック学習する組織「5つの能力」:企業変革をチームで進める最強ツール』(日本経済新聞出版)

このページの先頭に戻る