東京都人権啓発センター

TOKYO人権 第79号(平成30年10月31日発行)

インタビュー

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「正しさ」より「誠実さ」で向き合う

他人の幸せを尊重できる自分に

 「父娘2人暮らしの家にやって来た外国人男性は、弟の夫だった─」。
 そんな設定で始まる漫画『弟の夫』は、第19回文化庁メディア芸術祭マンガ部門で優秀賞を受賞し、今年3月には、NHK BSプレミアムでドラマ化もされました。作者は、ゲイをテーマとした漫画やイラストを数多く発表する、田亀源五郎さん。作品は海外で翻訳出版され、個展も開催されるなど、高く評価されています。ご自身もゲイである田亀さんに、LGBT(性的マイノリティ)について、当事者の一人としてのお考えをお聞きしました。

PROFILE

写真:田亀 源五郎さん顔写真

田亀たがめ 源五郎げんごろう
漫画家/「弟の夫」原作者

1964年生まれ。多摩美術大学卒業後、アート・ディレクターをしつつ、1986年からゲイ雑誌にマンガ、イラスト、小説を発表。ゲイ・エロティック・アーティストとして、パリやベルリン、ニューヨークなど、海外での個展も多数行っており、高く評価される。日本の過去のゲイ・エロティック・アートの研究や再評価活動も行う。2015年、『弟の夫』(双葉社)で第19回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞。

『弟の夫』を描くことになったきっかけを教えてください。

写真:インタービューを受ける田亀さん

 2000年代の初めごろから、世界では欧米を中心に、同性婚の合法化が急速に進みました。こうした動きが日本で報道されるようになったのは、2013年にフランス、2015年にアメリカで同性婚が合法化されたころからです。それ以前の情報はほとんど日本で紹介されていなかったので、私は、同性婚に関わる海外のニュースを追いかけては、内容を要約してSNSに投稿していました。その際、同性愛者よりも異性愛者の方が、投稿により興味を持っている印象を受けたんです。これなら、一般誌で同性婚を扱ったゲイ漫画を描いても、受け入れられるのではないかと考えたのが、『弟の夫』を発表するきっかけの一つでした。

 また、私自身が、海外の同性婚の報道を追いかける過程で「マリッジ・イクオリティ(結婚の平等)」という言葉に出合い、今までの物事の見方が180度変わる、「コペルニクス的転回」があったことも大きかったですね。私はこれまで、ゲイとして生き、20数年共に暮らすパートナーもいましたが、同性婚を特殊なものとしてとらえていました。まず、普通の婚姻があり、それとは違う形の婚姻として、同性婚があるのだと考えていたんです。しかし、マリッジ・イクオリティという言葉を知り、この問題は結婚観や主義の話ではなく、人権に関わることだと気がつきました。つまり、社会に同性婚という新しい枠組みをつくるのではなく、皆に平等な「結婚する権利」を、同性愛者に認めるかどうかという話なのです。LGBTの権利というのはその人たちのための特殊なものではなく、こうした人権をいかに分かち合えるか、ということだと思います。

 私の投稿に反応してくれた人たちは、このようなことに少しずつ気づいてくださったのではないでしょうか。

より多くの人が、LGBTを身近な人権の問題としてとらえるためには?

 まずは、ご自分の身近にLGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー)の人がいるかどうか、ちょっと考えてみてほしいと思います。

 私は数年前、LGBTに関するある統計(注)で、こんなデータを見ました。先進国で「実際にLGBTの人を知っていますか」と調査したところ、ヨーロッパなどは40〜60%の人が「知っている」と答えたのに対し、日本はわずか5%にとどまったのです。それほど日本における性的少数者は可視化されておらず、カミングアウトをせずに暮らしている当事者が多いということですね。結果として、身近にそうした人がいないと思っている人がほとんどだと思います。でもそうではなくて、言い出すことができずにいるだけで、実はすぐ隣に当事者がいるかもしれません。

 私自身は、自分がゲイかもしれないという思いは小学校低学年のころからぼんやりとありました。それがはっきりとしてきたのが高校生くらいですね。当然それなりに悩み、混乱した時期もありましたが、高校を卒業するときに、好きだった同級生に気持ちを告白したんです。それが初めてのカミングアウトでしたね。

 私がなぜ、高校までゲイであることを隠してきたかというと、カミングアウトをすることで、それまで築いてきた人との絆(きずな)が、壊れたり揺らいだりするのを恐れたからです。でも、高校卒業後は、大学でも社会に出てからも、ゲイであることを隠さないようにしました。先にカミングアウトをしておけば、それを嫌だと思う人は最初から寄ってこなくなり、ゲイであることを気にしない人だけが周りに集まるのではないかと思ったからです。それに、皆に私がゲイだと知っておいてもらえれば、好きな男性ができても、いろいろと説明をすることなく、シンプルに好きだと伝えることができますしね。そして、想像通り、初めからカミングアウトをすることでいいことずくめになり、私は社会とシームレス(継ぎ目のないこと)につながることができるようになりました。

 ただ、家族にカミングアウトをするのは、心理的なハードルが高かったですね。社会人になり、母がお見合いの話を持ってきたときに、はっきりと伝え、私としてはハードルをクリアしたと思っていたのですが、どうやら冗談だと思われていたらしくて(笑)。それから15年後くらいに、私のペンネームからパソコンでいろいろな検索をしたようで、そこでようやく事実を知ったといった感じでした。両親なりにさまざまな葛藤はあったと思いますが、ひとまず納得はしてもらえましたね。

 一方、カミングアウトをした当事者が身近にいない方の場合、LGBTに関する情報をほとんど持っていないことが多いと思います。しかし、知らないことについてあれこれ考えたり発言したりするのは、偏見につながる可能性もあります。その意味では、『弟の夫』を読んでいただくことは、自分の中にある偏見を見つけ、それを払しょくする一つの手段になるかもしれません。ですからぜひ、「何も知らない」人にこそ読んでもらいたいと思っています。

 私は『弟の夫』を「ゲイと社会のつながり」の話にしたいと思って描きました。ゲイコミュニティの中だけ、もしくは個人の感情や恋愛といった限られた世界で完結するのではなく、可視化されたゲイという存在と、社会とがどう出会い、葛藤し、理解し合っていくのか…。漫画を読んでいただきながら、身近にゲイの人が現れたときのことを、疑似体験してもらえたらうれしいですね。

LGBTに関する最近の日本の状況をどう思いますか。

 私は30年ほどLGBT関連の動きを見てきましたが、最近の日本は、世論が音を立てて動いているなと感じています。ただ、実際の権利問題にダイナミックな変化があったかというと、その点には少し疑問を覚えます。

 例えば、LGBTのカップルを公的に認める「パートナーシップ制度」も地方自治体の条例レベルで、法的な拘束力や効力を持つまでには至っていません。そのための法律をつくろうとする具体的な動きも、政治の現場では見えてこないのが現状です。

 教育現場でも、文部科学省が2016年に児童生徒に対する対応についての教職員向けのガイドブックを発行しましたが、学習指導要領では、LGBT関連の話題は除外されたままです。

 こうしたことから、まだ日本では、LGBTに関する理解が十分に広がっているとはいえないのが正直なところですね。ただ、世論が大きく動いていることについては歓迎していますし、これがもっと大きな流れになればいいなとも思っています。私自身は、当然結婚はしないだろうとの前提で生きてきました。もし結婚という選択肢があったならばそのことを考えたかもしれないですね。最近では、婚姻という法制化された枠組みができて、男女のカップルと同じような権利を持ち、家庭を築くことができるならば結婚を望むゲイカップルは増えていると思います。

 しかしながら、LGBTのすべての人が開き直ってオープンに生きられるわけではありません。結婚するかしないかを自由に選べて、その選択について誰からも干渉されない世の中になるのが、一番いいのではないでしょうか。

東京2020大会は、LGBT関連の動きにどう影響していると思いますか。

写真:田亀さんインタビュー風景

 やはり、日本で人権に関する動きが盛んになっているのは、「性的指向による差別の禁止」が追加された『オリンピック憲章』を意識した上での、国内外へのアピールであるという気がします。ですから、ひょっとしたら2020年をピークに、こうした動きの一切が止まってしまう可能性もあるのではないかとも思っています。そこでオリンピックを理由にしてやみくもに何かを評価したり推進したりするだけではなく、この後に何を続けられるのか、ということを真剣に考える必要があるのではないでしょうか。

 いまの、2020年に向けて活発になっているこの流れは、何かを成し遂げたり、残したりする意味で大きなチャンスであるともいえます。次の世代に残せる遺産を作れるような、せめてその種ぐらいは残したいものですよね。

アライ(LGBTの人々を理解し支援する人)になるとはどのようなことでしょうか。

 もちろん、アライになるのはいいことだと思います。でも、LGBTであってもなくても、ほとんどの場合、家族や身近な友人には幸せになってほしいと思いますよね。アライであるかどうかよりも、そういう気持ちを持てることの方が大切だと思うのです。

 そして、そのように人の幸せを願う気持ちは、どんどん外側に拡げていくことができるものだとも思います。大事な家族から始まって、仲のいい友人、そして会ったことはないけれど話には聞いている人、さらには会ったことも聞いたこともない人…といったように、自分の幸せと一緒に、他人の幸せも尊重できるようになれたらすてきだと思いませんか。『弟の夫』には、そんなメッセージを込めたつもりです。

 LGBTというと、どうしても権利問題や社会問題としての側面がクローズアップされがちで、そうした場面では「正しさ」みたいなものに引っ張られることが多い気がします。でも、私はそれよりも、自分の中の「誠実さ」を大事にするのがよいのではないかと思うのです。正しく理解できるか、できないか、アライになるか、ならないかは、重要ではありません。「その人に誠実であるかどうか」「自分の態度が誠実であるかどうか」こそが、大切なことだと思います。

 そうした気持ちを一番に優先していれば、差別や偏見で人を傷つけることを避けられるのではないでしょうか。そして、そんな気持ちを持った人が増えていけば、LGBTの人たちだけでなく、多くの人が生きやすい世の中へと変わっていくのではないかと思っています。

注: ロイター通信「Support for gay marriage high in developed nations:poll」(英語版・2013年6月18日)

インタビュー/田村 鮎美(東京都人権啓発センター 専門員)
編集/小松 亜子、桐田 さえ 撮影/ 細谷 聡(表紙・インタビュー風景)

冊子表紙:第1巻

『弟の夫』(双葉社)

第19回文化庁メディア芸術祭 マンガ部門優秀賞受賞

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