東京都人権啓発センター

TOKYO人権 第79号(平成30年10月31日発行)

特集

ここから本文です

人権とスポーツ2020

スポーツの力でLGBTに理解のある社会へ 東京2020大会を差別解消の好機に

 民間の調査結果によれば、LGBT(注:1)は日本人の約7.6%、13人に1人の割合で存在する(注:2)といわれますが、まだ社会で十分に理解されているとはいえません。こうした現状はスポーツの現場でも同じですが、東京2020大会のコンセプトの一つに「多様性と調和」が掲げられるなど、同大会は差別解消の大きな契機になると期待されています。LGBT支援の大きな力となる、スポーツの可能性について、NPO法人虹色ダイバーシティ代表の村木真紀さんにお聞きしました。

多様性が尊重されるオリンピック・パラリンピック

 平昌(ピョンチャン)オリンピック・パラリンピックの熱戦には多くの人が注目しましたが、日本選手団と競い合った海外勢の中に、自らLGBTであることを公表して出場していた選手がいたことはあまり知られていません。

 例えば、平昌大会のスピードスケート1,500mで、高木美帆選手を抑えて金メダルを獲得したオランダのイレイン・ブスト選手です。彼女はレズビアンで、同国の女子スケート選手がパートナーであることを公表しています。また、フィギュアスケート団体でアメリカの銅メダル獲得に貢献したアダム・リッポン選手は、同国でゲイを公表して初めて冬季大会に出場した選手として注目されました。

 このように、オリンピック・パラリンピックで選手があえて自身の性的指向を公表し、広く理解を求める行動が顕著になったのは、2012年のロンドン大会からです。多様性をテーマとした同大会では、開会式や閉会式にエルトン・ジョンなど当事者のアーティストが多数参加し、選手村の宿泊施設には性別を問わないトイレが整備されるなど、LGBTを積極的に支援する姿勢が見られました。こうした中で、23人の海外選手が大会期間中にLGBTであることを公表しています。

 ところが2014年のソチ大会では、開催国であるロシアが前年に制定した同性愛宣伝禁止法が問題視され、欧米の一部の国の首脳らが開会式をボイコットしました。この事態を受け、国際オリンピック委員会(IOC)は2014年末、オリンピック憲章が掲げる「オリンピズムの根本原則」を改訂。第6項に「性的指向」による差別の禁止を加え、人権尊重の意志を強く示しました。こうした経緯もあり、2016年のリオ大会では再び多様性がテーマとなり、夏季大会としては過去最多となる56人の選手がLGBTであることを公表したのです。同大会は、かつてないほどLGBTに温かく開かれた大会として国際的な評価を得ました。

LGBTに関するスポーツ界の取り組み

村木真紀さん顔写真

NPO法人虹色ダイバーシティ代表
村木真紀さん

 オリンピック・パラリンピック以外にも、世界のスポーツ界ではLGBTに対するさまざまな支援を行っています。「国際サッカー連盟(FIFA)は、差別問題に敏感な競技団体の一つです」と語るのは、職場における多様性の推進に取り組み、東京2020大会のスポンサーに研修も行う、NPO法人虹色ダイバーシティ代表の村木真紀さんです。FIFA憲章にはIOCに先駆けて「性的指向による差別の禁止」が明記され、ワールドカップでは、ベスト8に残った国の選手が試合前に差別撤廃宣言を行っています。「なでしこジャパンが優勝した2011年のFIFA女子ワールドカップでは、澤穂希さんが宣誓文を読み上げたのです。とても感動しました」(村木さん)。また、イングランドのサッカーリーグ「プレミアリーグ」でも、LGBTの象徴であるレインボーカラーを靴紐(ひも)に使用する「レインボーレースキャンペーン」を行い、当事者への理解を呼びかけています。

 さらに、スポーツ関連企業もオリジナルの商品販売を通したLGBTの支援に積極的です。例えば、アディダスはロゴの3本線を2本線(イコール)にし、平等と平和を表現したり、レインボーカラーを用いたシューズを販売したりしています。「人気の商品で、店頭ではすぐに売り切れてしまうそうです。ホームページでLGBTの支援をはっきりと謳(うた)っている点も素晴らしいですね」と村木さんは称えます。

東京2020大会に向けた日本の動き

 公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会は、大会基本コンセプトの一つに「多様性と調和」を掲げましたが、さらに大会に関わる物品やサービスの製造・流通についてのルールを定めた調達コードに、こうした国内外のLGBT支援の広がりもあり、LGBTへの配慮や差別の禁止を盛り込みました。

 この「調達コード」は、大会スポンサーだけでなく組織委員会が契約を締結する物品・サービスの提供事業者などの企業や団体が遵守すべきもので、そのための研修や教育を、職場や企業間で行うべきとも明記されています。ただし、これについて村木さんは「罰則がないので強制力が弱い」と指摘します。「これは、LGBTに対する法整備が進んでいない日本の状況を反映しています。イギリスは、2012年のロンドン大会の翌年に同性婚が合法化されました。日本もオリンピック・パラリンピックをきっかけにしてLGBTに対する差別を解消する機運を高められるとよいですね」。

 LGBTの支援にスポーツの力が有効な理由として、村木さんは選手の影響力の強さを挙げます。「例えば、有名な日本人メジャーリーガーや、ワールドカップの日本代表など、一流選手の言葉には子どもから大人まで多くの人が耳を傾けますよね。LGBTへの嫌悪感をなくすために、スポーツ界がロールモデルを示してほしいと思うのです」。普段、LGBTの問題に興味を持っていない人にも、強いメッセージを届けることができる点で、東京2020大会は大きなチャンスといえるのです。

選手が自分らしく活躍できる社会へ

写真:参加者の前でスピーチする澤選手

日本が優勝した2011年のFIFA 女子ワールドカップ準決勝の試合前に「差別撤廃」のスピーチをする澤穂希選手。(Photo by FIFA via Getty Images)

 日本には左利きの人とほぼ同じ割合でLGBTが存在するといわれますが、国内の現役選手がカミングアウトをした例はまだありません。村木さんはこの状況について、「家でも学校でもカミングアウトをするのが難しい今の日本では当然」と見ています。特に現役選手ともなると、カミングアウトによって家族や友人、チームメイトといった身近な人だけでなく、スポンサーやファンなどからも拒絶され、さらにメディアからプライベートに土足で踏み込まれる可能性もあります。

 この点においては、海外も例外ではありません。村木さんが象徴的な例として挙げるのは、元女子プロテニス選手のマルチナ・ナブラチロワさんです。「彼女は、グランドスラムでは18勝を成し遂げた名選手です。しかし、現役中の1981年にレズビアンであることを暴露され、1985年に自伝でカミングアウトをすると、多くのスポンサーを失いました。そんな中、スバルのアメリカ法人がCMで彼女を起用し、大きな話題を集めました」(村木さん)。

 また、近年のオリンピック選手で印象に残っている選手として、村木さんはオーストラリアの元競泳選手、イアン・ソープさんを挙げます。「彼は、2度のオリンピックで計5個の金メダルを獲得した国民的な選手ですが、ゲイであることを隠し続け、そのストレスでうつ病やアルコール依存症に苦しみました。しかし引退後、病気の治療などを経てカミングアウトしてからは、同国の同性婚合法化に尽力し、同法案は2017年に成立しました」(村木さん)。

 これらの例から、当事者にとってはカミングアウトをしてもしなくても、それぞれに苦しみが伴うものなのだと分かります。そこで村木さんは次のように提案します。「誰かがカミングアウトするのを待つのではなく、まず社会が理解を示し、声を上げていくのがいいのではないでしょうか。例えばアディダスは『LGBTであることを公表しても契約の変更や解除をしない』と宣言しています。競技団体や学校などにおいても、選手や生徒がカミングアウトをしてきた段階で対応を考えるのではなく、まずは指導者や教師など周囲が変わることが先決です。確かに、ヒーローのような当事者が出てくれば社会は大きく変わるかもしれませんが、1人の勇気に期待しすぎるのは酷だと思うのです」。

 カミングアウトをするかしないかに関わらず、全ての人が自分らしく安心してスポーツに取り組めるよう、まずは私たち一人ひとりが、LGBTへの理解を深めていきたいものです。

インタビュー/林 勝一(東京都人権啓発センター専門員) 編集/小松亜子

(注:1) レズビアン[lesbian](女性同性愛者)、ゲイ[gay](男性同性愛者)、バイセクシュアル[bisexual](両性愛者)、トランスジェンダー[transgender](身体の性と性自認が一致しない人。性同一性障害を含む)の頭文字。性的マイノリティにはLGBT 以外にも多様なアイデンティティの人がいる。
(注:2) 電通ダイバーシティ・ラボ「LGBT 調査2015」による。

特集プラス

トランスジェンダーの選手にも理解を!

スポーツはほとんどが男女に分かれているため、トランスジェンダーの参加はハードルが高いのが現状です。そんな中、IOCは2016年のリオ大会からトランスジェンダーの参加要件を一部改善。まだ課題は多いものの、今後に期待を持てる一歩となりました。

このページの先頭に戻る