東京都人権啓発センター

TOKYO人権 第78号(平成30年5月31日発行)

特集

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人権とスポーツ2020

女性アスリートが健やかに活躍する社会に向けて

 近年、日本では女性アスリートの活躍に注目が集まっており、東京2020大会のメダル獲得にも期待が寄せられています。しかし、過度なトレーニングや体重制限により健康を損なう選手が多く、競技レベルを問わず支援の充実と指導者への啓発が求められています。女性の健康に生きる権利とスポーツをする権利、双方を守るための取り組みについて取材しました。

女性アスリートへの期待

 2004年のアテネオリンピック・パラリンピックで、日本代表選手の約半数を女性が占めるようになってから、国内では女性アスリートに強い関心が寄せられるようになりました。しかし、当初は女性アスリートの健康問題にそれほど理解が広がっておらず、トップクラスの選手をスポーツ医・科学の視点からサポートする国立スポーツ科学センター(JISS)においても、重点的な支援は行われていませんでした。

 そんな中、2011年にサッカー日本女子代表がワールドカップで優勝し、2012年にはレスリングの吉田沙保里選手がオリンピックと世界選手権で13大会連続優勝を果たすと、国内では急速に女性アスリートへの強化と支援を本格化する機運が高まったのです。さらに2013年、東京でのオリンピック・パラリンピックの開催が決定したことを受け、文部科学省は女性アスリートのさらなる競技力向上を目的に「女性アスリートの育成・支援プロジェクト」を創設。女性アスリートの健康問題にも着目し、調査・研究や医・科学サポートなどを充実させる事業に乗り出しました。現在、JISSをはじめ、病院や大学などで取り組みが進んでいます。

女性アスリート特有の健康問題とは

写真:笑顔の能瀬さやかさん

東京大学医学部附属病院
女性診療科・産科医師
能瀬さやかさん

 アメリカスポーツ医学会では、1990年代から女性アスリートの健康問題に警鐘を鳴らしており、特に多く見られる疾患として「利用可能エネルギー不足(以下、エネルギー不足)」「無月経」「骨粗しょう症」を挙げ、これらを「女性アスリートの三主徴」と定義しました。中でも無月経(初経発来がない、または3カ月以上月経が止まる状態)と骨粗しょう症の引き金になるのがエネルギー不足です。これは、運動量に見合った食事が摂取できていない状態を指し、性別を問わず心身にさまざまな悪影響を及ぼします。女性の場合は月経の周期に異常が現れることが多く、エネルギー不足が改善されない状態が続くと月経が止まってしまうのです。

 しかし、女性は「月経がない方が楽」と考えがちなことに加え、選手は自身の健康より目の前の結果を優先する傾向にあることから、無月経を放置するケースが少なくありません。無月経になると骨量が減って骨粗しょう症になり、疲労骨折のリスクが高くなるだけでなく、将来、不妊につながる恐れもあるなど、あらゆる面で女性の健康を損なうのです。

 2014年にJISSと日本産科婦人科学会が、大学の女性アスリートを対象に行った調査は、健康問題が明確化する画期となりました。それによると、無月経の選手は、新体操やフィギュアスケートなど「審美系競技」で16.7%、陸上の中長距離など「持久系競技」で11.6%も存在していることが分かりました。これは、スポーツをしない女子大学生の無月経の割合1.8%を大きく上回っています。また、疲労骨折をする時期は高校在学時が最も多く、中には繰り返し発症する選手がいることも明らかになりました。

 この調査を中心となって進め、東京大学医学部附属病院の女性診療科・産科において「女性アスリート外来」の開設に尽力した同院の医師、能瀬(のせ)さやかさんは次のように語ります。「女性が生涯で最大骨量を獲得するのは20歳頃です。10代で無月経に伴う低エストロゲン状態や低体重があると、最大骨量を獲得できず、それ以降平均値まで戻すのは極めて困難です」。

 また、JISSのスポーツドクターである土肥美智子(どひみちこ)さんは、選手の健康と勝利を両立する意義を強調します。「世間ではどちらかというと、けがや病気を克服した選手に注目が集まりがちです。しかし、本来は選手が結果を残しつつ、けがも病気もせず大会を終えることの方が素晴らしく、それこそが本当の意味で『サポートが成功した』といえると思います」(土肥さん)。

 こうした認識を広めるためにも、社会に正しい知識を伝えることが必要です。そして、中でも特に支援と教育を充実すべきなのが10代の選手たちなのです。

写真:インタビュー中の土肥美智子さん

JISSスポーツドクター
土肥美智子さん

中高生のスポーツの現場とは

 東大病院の女性アスリート外来には、2017年の開設から1年間でのべ467人が診察に訪れました。年齢は14〜45歳、競技レベルは日本代表から地方大会出場までとさまざまですが、相談内容の62%は月経周期異常(無月経や月経不順)に関するものでした。このことから、能瀬さんは「女性アスリートの健康問題に競技レベルの差はありません」と断言します。

 さらに、受診者の年齢を14〜19歳に限定すると、月経周期異常に関する相談は75%に上りました。能瀬さんはこの結果について次のように語ります。「指導者や選手に十分な理解が広がっていないことに加え、指導者が男性の場合は、選手も指導者も月経の話がしづらいようです。減量をきっかけに摂食障害となる選手もいますが、選手は試合に出たいためコーチやチームメイト、保護者に摂食障害であることを隠すのが一般的です」。

 強いストレスを抱え込み、体重を増やさないために極端な食事制限をする、あるいは食べた物を隠れて吐くような摂食障害を重症化させる選手も少なくありません。実際、同外来では月経周期異常のある女性アスリートのうち、12%が摂食障害と診断されており、公認スポーツ栄養士による食事指導と併せ、スポーツ精神科医との連携も欠かせない状況です。

女性アスリートの健康を守るために

 能瀬さんは、選手が追い込まれるのを防ぐため、第三者によるサポートの必要性を訴えます。「学校であれば、養護教諭が定期的に問診し、必要に応じて産婦人科医につなぐなどの仕組みを制度化するのが理想です」(能瀬さん)。しかし、制度の整備はまだ先になると見込まれるため、能瀬さんは理事を務める一般社団法人女性アスリート健康支援委員会の活動の一環として、養護教諭や産婦人科医への啓発活動に力を入れています。産婦人科医向けの講習会は2014年に始まり、今年中に47都道府県を回り終える予定で、養護教諭向けのシンポジウムは、今年度は東京で開催する予定となっています。

 さらに能瀬さんは、学校で男女ともに正常な月経について教育することを提言します。「多くの女性が、正常な月経を理解していないため、異常にも気づくことができません。また、男性の中には将来、女性アスリートの指導者になる人がいるかもしれません。男女問わず、早い段階での教育が必要です」(能瀬さん)。

 こうした女性アスリートに対する支援はパラスポーツの現場においても進んでいます。日本パラリンピック委員会は、2017年に能瀬さんを委員長とする「JPC女性スポーツ委員会」を設置しました。東大病院と連携し、専用の相談窓口をWEB上や試合会場で設けるなどし、データ集めや対策を行っています。

 能瀬さんによれば、無月経で疲労骨折を繰り返した選手が成績を伸ばした例はなく、トップになる実力を持ちながら10代で競技を諦めた選手も数多く存在するといいます。しかし、確かな支援さえできれば10代の選手を後押しすることができ、結果として日本の競技力向上につながる可能性もあるのです。

 能瀬さんは、スポーツ自体はもともと健康によいものであることから「スポーツが女性の健康を害すると受け取られることは本意ではありません」と力を込めます。「そもそも、女性アスリートの健康問題が認識されるようになったのは、女性が参加できるスポーツが増え、活躍の場が広がったためでもあります。これはとても素晴らしいことだと思うのです」(能瀬さん)。

 女性アスリートのスポーツをする権利と、健康に生きる権利を守るためにも、支援の充実は急務といえます。私たちもまた、この課題に対する理解を深めた上で、精いっぱいの声援を送りたいものです。

インタビュー/坂井新二(東京都人権啓発センター 専門員) 編集/小松亜子

特集プラス

気軽に相談しましょう!

年代や競技レベルを問わず、気になることがあれば産婦人科を受診しましょう。女性アスリートの三主徴に関する講習を受けた医師の氏名などは、女性アスリート健康支援委員会のHPで検索できます。

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