東京都人権啓発センター

TOKYO人権 第77号(平成30年2月28日発行)

コラム

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考案者・武井実良さんのホーム転落事故を乗り越えて

音で空間をとらえる日本発祥の「ブラインドテニス」

 視覚障害者の武井実良たけいみよしさんが考案したブラインドテニスは、「空中に浮いたボールを打つ」という三次元であることを最大の特徴とする障害者スポーツです。ホーム転落事故で命を落とした武井さんの遺志を継ぎ、競技の普及に努める椎ヶ本剛志しいがもとたけしさんにお話をうかがいました。

写真:インタビュー時の笑顔

椎ヶ本剛志さん

 ブラインドテニスの考案者である武井さんは、1歳半で視力を失ったものの、小学校時代は兄弟や友人と野球を楽しむほど活発な少年でした。しかし、目が見えない武井少年にとって、宙に浮いたボールを打つことは至難の技。それでも「打ってみたい」との思いが消えることはなく、いつしか、「テニスなら、工夫次第で宙に浮いたボールも打てるのでは?」と考えるようになったといいます。こうして、1984年、盲学校高等部の生徒だった武井さんはブラインドテニスを生み出し、後にトッププレイヤーとなりました。

 競技は体育館でおこなわれ、選手はアイマスクを着用します。コートはバドミントンと同サイズの縦13.4メートルかける横6.1メートル。主要なラインの下にはタコ糸が引いてあり、選手はその突起の感触を頼りに自分の位置を把握します。ボールは3バウンド以内で打ち返し、高さ約80センチメートルのネットの「上」を越さなければなりません。そして、最大の特徴であるボールは、直径9センチメートルのスポンジボールの中心に、金属の小さな粒が入っていて、動きに合わせてカラカラと音が鳴るよう工夫されています。

 現在、日本ブラインドテニス連盟関東地域協会の会長で、自身も競技歴20年を超える椎ヶ本さんは、その魅力について次のように話します。「私や武井さんのように幼いうちに視力を失った人間にとっては、ボールが弧を描き、跳ねる動きをイメージすること自体、とても難しいことなのです。つまり、地面を転がってくるボールを打ち返す二次元のスポーツに比べ、宙に浮いているボールを打ち返す三次元のブラインドテニスは難易度が高い。でも、これこそが醍醐味であり魅力です。健常者も夢中になれる競技なので、より多くの人に知っていただきたいですね」。

写真:アイマスクを着用しボールを追う様子

東京2020パラリンピックの正式種目には採用されなかった。写真はプレーする椎ヶ本さん。
(撮影:柴田大輔)

 武井さんの長年にわたる普及活動は功を奏し、競技人口は徐々に増加。諸外国からも注目されるようになりました。しかし、ブラインドテニスに関わる誰もが「いつかパラリンピックの正式種目に」との夢を抱き始めた矢先の2011年、武井さんはJR山手線「目白駅」のホームから転落し、帰らぬ人となってしまったのです。武井さんに誘われて競技を始めた椎ヶ本さんは「一報を受けたときは、ショックと悲しみが押し寄せるのと同時に、『一人で行動することに慣れている武井さんでさえ、命を落としてしまうのが駅のホームなんだ』と再認識しました」と話します。この転落事故以降、ホームドアの一層の整備が進められていますが、整備完了までにはまだ長い時間がかかりそうです。「ホームで白杖を持っている人を見かけた人たちが、ちょっと気にかけて見ていてくださるだけで、転落事故は防げるはず。『お手伝いしましょうか?』といった声がけも、僕にとってはありがたいですね。時々、『目的地まで一緒に行きます!』と言ってくださる方もいるのですが、僕のほうがトイレに行きたかったりすることもあるので(笑)、ヘルプが必要か否かの回答を視覚障害者側に委ねていただけると助かります」と椎ヶ本さん。

 オリンピックとパラリンピックが東京で開催される2020年までに、ホームドアの設置率を100パーセントにすることは不可能でしょう。しかし、駅を利用する私たち一人ひとりがちょっとした思いやりを持てば、視覚障害のある方への安全と安心をつくりだすことができると思いませんか?

インタビュー/林 勝一(東京都人権啓発センター 専門員)
編集/那須 桂

もっと知りたい!

日本ブラインドテニス連盟関東地域協会
都内でも定期的にブラインドテニスの練習会がおこなわれていますので、興味のある方はホームページの問い合わせフォームからお気軽にお問い合わせください。
音で空間をとらえながらプレーする選手たちの様子は「ブラインドテニス」で動画検索をするとご覧いただけます!
ホームページ:外部サイトへ移動しますhttp://kanto-bta.jpn.org/

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