東京都人権啓発センター

TOKYO人権 第90号(令和3年5月31日発行)

インタビュー

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「見えない壁だって、越えられる。」

─ クライミングで、互いの壁を取り払い、理解し合う

PROFILE

小林幸一郎さん顔写真

小林こばやし 幸一郎こういちろう)さん
NPO法人 モンキーマジック代表

大学卒業後、旅行会社、アウトドア衣料品販売会社などを経て、33歳で退職し、37歳でNPO 法人モンキーマジックを設立。16歳でフリークライミングと出会う。28歳のときに「網膜色素変性症」を発症。将来失明するという診断に失意の日々を送るが、その後さまざまな出会いから現在の活動を開始。2019年パラクライミング世界選手権フランス大会にて男子B1クラス4連覇達成。視覚障害者へのフリークライミング普及活動を行う「NPO 法人モンキーマジック」代表理事。2017年東京都主催ヒューマンライツフェスタ参加。

誰とも比較されない自分と向き合い、限界に挑む

写真:フリークライミングをする小林さん

 小学生のころから運動が嫌いで勉強も苦手で、将来の夢もなく高校生になるまで、毎日を漫然と過ごしていました。周りの同級生が、勉強やスポーツに打ち込んでいる姿が羨ましく、「僕にも何か夢中になれるものがほしい」と思っていたものです。

 そんな折、書店で何気なく手にした山岳雑誌で、フリークライミングの存在を知り強い憧れを抱きました。高校2年の春のことでした。そこには、「クライミングは誰かと比べるスポーツではなく、自分の限界に向き合うスポーツだ」と記されていました。「人と比べられないのなら自分にもできる」と確信し、同じ年の夏休みからクライミング教室に通い始めました。

 当時は人工のクライミングウォールはまだなく、自然の中で過ごす爽快さや、岩場を自分の力で一歩ずつ登っていく喜びを感じられるクライミングに、どんどん夢中になっていきました。クライミングに出会うことで、初めて「私にも情熱を傾けられるものが見つかった」と思うと同時に、クライミング教室での大人たちとの出会いにより、自分の世界が大きく広がったことをよく覚えています。

自分の限界に挑む
クライミングの魅力を伝えたい

徐々に世界が色あせていく中、自分の道を模索し始めた

写真:インタビューを受ける小林さん

 アウトドア用品メーカーに勤めていたとき、お客様にキャンプやカヌー、マウンテンバイクを体験してもらうアウトドアの体験教室やツアーを担当しました。毎週末、西へ東へと赴き、雄大な自然の中で過ごす仕事は、まさに私の天職でした。あのころの私は、一生この仕事をして生きていくのだと信じていました。

 28歳のときに、車の運転中に景色が見えづらくなり、メガネを作ろうと軽い気持ちでメガネ店を訪れると、眼科の検診を勧められました。眼科を受診すると「網膜色素変性症」と診断され、近い将来失明するという宣告を受けたのです。最初は何を言われているのかも分かりませんでしたが、確かにその日を境に人生は大きく変わり始めました。最初に感じたのは、色鮮やかさがあせていく感覚でした。自然の中に出かけると、新緑の緑、紅葉の黄や赤、青空や海の鮮やかさが徐々になくなり始めました。焚た き火をしながら過ごす満天の星空から、星の数がどんどん減っていきました。だんだんと見えなくなっていく恐怖に支配され、いずれは車も運転できなくなり、本が読めなくなり、そして人の顔も分からなくなっていくのだろう、この次には何ができなくなるのかと、起きてもいない悪い未来のことばかりを考える時間が続きました。

 治療の道を探し、いくつもの病院を訪れましたが、思うような結果は得られず失意の中にありました。そんなとき、友人に勧められてロービジョン(注2)クリニックを訪ねたのです。そこは、治療を目的とする病院とは異なり、治らない病気の人が、見えない世界でどう生きていくのかを支援する場所でした。そこで出会ったケースワーカーの言葉に大きく心を揺さぶられました。恐怖を口にする私にこう声をかけたのです。「大切なことは、あなたが何をしたいのか。どう生きていきたいのかですよ。もっと自分の道を歩きなさい」と。そのとき、一人の視覚障害者としてどう生きていけば良いのかという模索が始まりました。

クライミングのすばらしさを多くの視覚障害者に伝えたい

写真:クライミングイベントの様子

クライミングイベント「マンデーマジック横浜」

 友人の結婚式でアメリカへ渡ったときのことです。全盲でありながらエベレストに登頂したクライマーの存在を知り、大きなショックを受けました。全く眼が見えなくてもエベレストに挑戦できる―視覚障害は私が考えていたよりもはるかに大きな可能性を持っていたのです。その人にどうしても会いたくなり、すぐに連絡をとり会いに行きました。温かく歓迎してくれた彼とは、一緒にクライミングをしながら多くの言葉を交わしました。

 「16歳で出会ったクライミングを、病気が分かってからもずっと続けてきた私は、その魅力を誰よりも知っている。その面白さを自分以外の視覚障害がある人にも伝えたい」と私は言いました。すると彼は、「アメリカでは多くの視覚障害者がクライミングを通して自信を取り戻し、新しい可能性に気づいている。日本で誰もしていないなら、君がすればいい」と背中を押してくれました。アメリカでの彼との出会いにより、自分が進む方向に確信を持てるようになりました。その後、任意団体として活動を徐々に始め、この活動には社会的な意義や価値があり、もっと大きく前に進めていくべきだと確信した2005年8月に、NPO法人モンキーマジックを立ち上げました。

 こうして私は人生で2度クライミングに出会いました。1度目はクライミングを知った16歳のとき。2度目は、クライミングの楽しさを伝えていく決心をした37歳のときです。どちらも、私の人生を大きく変えたターニングポイントです。

障害があることは、あきらめる理由にはならない

写真:笑顔で壁の前に立つ小林さん

みちびクライミング

 創設当初のモンキーマジックは、視覚障害者がクライミングをするための組織でした。そんな視覚障害のあるクライマーが一緒に登る仲間と出会う機会を増やしたいと、障害があってもなくても参加できる交流型クライミングイベントを2012年にスタートさせました。

 この交流型クライミングイベントは、自分たちが思っていたよりもはるかに大きな価値がありました。クライミングを共に楽しむ仲間ができたことはもちろん、障害がない人たちからは、普段出会う機会の少ない障害がある人たちとクライミングを通じて交流することで、価値観が揺さぶられ、社会の見方が変わったという声をもらっています。クライミングという、障害のあるなしに関わらず、誰もが一緒に楽しめるスポーツを通して、障害者を含んだ多様性を認め合える社会への理解を深めてもらえる場でもあると考えています。

 その他にも、iPS細胞をつかった網膜再生研究を行う医師から声をかけていただき、神戸では「みちびクライミング」というクライミング施設を運営しています。これは、クライミング中に次に掴つかむべき場所を光と音で知らせることで、クライマーをゴールまで導く仕組みです。弱視などでも点滅する光を見つけやすい視覚障害者は多く、自ら次に手を伸ばす場所を考えながら探して登ることができます。

写真:登頂時の様子を写した写真

キリマンジャロ登頂(2005年)

写真:表彰式の写真

パラクライミング世界選手権スペイン大会 男子B1クラスで優勝(2014年)

 さらには、クライミングを通じて人と関わることで、社会性を向上させ、自発的に行動できる障害者を増やす活動を行っています。例えば、全国の特別支援学校へも積極的に訪れています。「あきらめることは簡単だけど、やればできるよ」と、自分でやり方を考え工夫すればできることがある、という経験をしてもらいたいのです。現在では、訪問した視覚支援学校などに常設のクライミングウォールが設置されています。

 法人を維持しこれらの活動を発展させる資金を確保するためにも、クライミングジムの経営に加え、音声の文字起こし事業を立ち上げて障害者が携われる仕事をつくったり、Tシャツなどのサポートグッズを支援企業と制作したりすることを通じて、資金を集める事業にも力を入れています。私たちのようなNPO法人は、社会を豊かにすることを目的としていますが、一般企業同様に法人経営を安定させることを求められています。今後もNPO法人としての社会的責任を果たすためにも、資金・法人で働く人・社会からの理解とバランスを取りながら進んでいきたいと考えています。

心の中にある不安を
誰もが乗り越えていける

誰もが自ら挑戦する社会へ

 世の中には、視覚障害者に対して、「真っ暗闇の中で常に不自由と向き合いながら生きている」という固定観念を持っている人が多いようです。しかし、視覚障害者にも、障害がない人と同じように、友人と食事をしたり、冗談を交わしたり、といった日常があります。もちろん不安なことも存在しますが、それは取り立てて障害があるからではありません。誰もが楽しみもあれば不安もある同じ人間だからです。

 障害者は、常に「助けてあげなければならない人」ではありません。交流型クライミングのイベントで固定観念が打ち破られた人の中には、自分には登れない難易度の高い壁を障害のある人が登っていくのを目の当たりにして驚いたという人もいます。そういう経験が「助ける・助けられる」の関係ではなく、同じクライミング仲間として理解が深まっていく契機となっていきます。

 一方、障害者の中には、社会が自分を助けてくれないと考えている人もいます。そうではなく、社会と関わる機会を持つにはどうすればいいかを考え、障害者を知らない人とのつながりを持つ場所が必要だと考えています。そこで、クライミングを両者の接点として活かしていこうと私たちは活動しています。現状では、障害がある人もない人も双方が出会い一緒に過ごす場所が、十分にあるとは言えません。どちらの立場であっても、機会を与えられるのを待つのではなく、自ら行動を起こしてほしいのです。

 モンキーマジックは、「見えない壁だって、越えられる。」という理念の基に活動しています。見えない壁とは、誰もが心の中に持っている、「自分にはできないのではないか」という心の声です。「やったことがないから」、「私には障害があるから」と躊躇ちゅうちょする気持ちを乗り越えて、チャレンジしてみたら自分にもできた、という達成感をクライミングでは経験できます。さらには、障害のあるなしに関わらず多くの人が普段の生活の中で出会うあらゆる「見えない壁」を越えていくような生き方に変わっていってくれたらうれしいです。

(注1)Rock Climbing 三鷹ジム:武蔵野市中町1丁目1-8 Hn28ビルB1F TEL 0422-56-2926 JR 三鷹駅から徒歩1分 ウィークリー課題を設けるなど、ボルダリングを気軽に楽しむ工夫がされているジム。視覚障害者向けレッスンイベントも実施中。

(注2)ロービジョン(Low Vision)とは、何らかの原因により視覚に障害を受け「見えにくい」「まぶしい」「見える範囲が狭くて歩きにくい」など日常生活での不自由さをきたしている状態を指します(国立障害者リハビリテーションセンターHPより)。

インタビュー 八木花香(東京都人権啓発センター 専門員)
編集/杉浦由佳
撮影/百代

冊子表紙

「見えない壁を越えるために」背中を押してくれる小林さんの著書

右/『見えないチカラ ~視覚障害のフリークライマーが見つけた明日への希望~』(アスペクト)
左/『見えない壁だって、越えられる。』(飛鳥新社)

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