東京都人権啓発センター

TOKYO人権 第90号(令和3年5月31日発行)

特集

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履歴書が変わる!
―履歴書を変えることでできることとは

市販の履歴書から性別欄を削除することを求めてきた運動が、労働問題に取り組むNPO法人POSSE が集めた1万筆を超える署名により結実しました。日本で主に使われている「JIS規格」の履歴書の様式例を作成する日本規格協会が、2020年7月、履歴書の様式例の全てを公式サイトから削除し、12月には大手文具メーカーのコクヨが、性別欄の記載がない履歴書の販売を開始しました。今回は、履歴書をめぐる取り組みの背景と、これからの課題を解説します。

性別欄を含む「見本」の全てがなくなる

 この署名活動は、2019年2月、POSSE がトランスジェンダー(注1)当事者とともに始めました。当事者から労働相談を受ける中で、履歴書の性別欄への記入が大変苦痛であること、採用時に申告した性別と戸籍上の性別が異なると告白したことで、内定を取り消されたという声を聞いていたからです。

 経済産業省と厚生労働省に署名を持参したところ、すぐに対応が検討され、その流れで、多くの履歴書メーカーがモデルとしてきたJIS規格履歴書の様式例の全てが、ホームページ上から削除されました。つまり、履歴書の様式「見本」がなくなることとなったのです。

削除された「功績」、問われる「公正さ」

 性別欄の削除に伴い「見本」がなくなったことで、公正採用選考の観点からは、雇用主が履歴書への記入を求める情報に関しての規範がなくなるのではという新たな懸念が浮かびます。日本における公正採用選考の下地は、1970年ごろ被差別部落出身者を排除する就職差別の実態が発覚したことを受けて築かれました。統一された履歴書の様式例は、本籍・出生地や信仰する宗教、親の仕事、家族構成など、社会的差別の原因となりうる項目を履歴書から撤廃する運動の中で整備されたもので、いわば同和問題(部落差別)に関わる就職差別をなくす取り組みの「功績」でもありました。

 さらに近年では、新卒者採用は企業が独自に作成したエントリーシートで書類選考されることが多く、書類で尋ねられる項目や面接で何を問われるかは、以前にも増して外から見えにくくなっています。ただ、現在では、職業安定法や男女雇用機会均等法により、採用選考において、本籍・出生地や思想信条など、適正と能力に関係がない事項を把握することは禁じられています。

 性別欄を含む様式例の削除は、性的少数者の声を反映させた第一歩となりました。しかし、求職者が性別欄のない履歴書を使っていることで「何か理由があるのではないか」と雇用主の憶測を呼ぶ可能性もあり、個人の属性を問わない「公正な履歴書」のカタチについてあらためて議論する必要があるといえます。

諸外国で使用される「属性を問わない」履歴書

 国立国会図書館の調査によると、アメリカ、カナダ、ヨーロッパの複数国や韓国、オーストラリアでは、氏名、性別、年齢 人種など、個人的な属性を問う項目を除いた「匿名履歴書」を使用することで、採用における差別を防ぐ動きが見られ、韓国では出身地や家族関係、身体的条件などの情報を記載せず、面接でもこれらを質問しない方法での採用が法律で義務化されているといいます。

 POSSEで性的少数者からの労働相談を受けてきた佐藤学(さとうまなぶ)さんは、「本来、その人自身の仕事上のスキルや技能によって採用の判断をすべきですが、日本では性別や容姿、年齢、配偶者の有無といった個人的な属性によって差別されるというのが現実です。日本全体として個人の属性を問わない社会的規範ができている状態になっていません」と話します。また、代表の今野晴貴(こんのはるき)さんは「大事なのは、権利が侵害されたときに問題化すること。制度が変わり、社会へ問題として問いやすくなり、採用でも職場でも差別がなくなっていく。あらゆる差別の解消に通じる大きな変化に繋つながっていくのでは」と今回の性別欄をめぐる動きを評価します

「当たり前」を見直すために

佐藤さん(左)と今野さん(右)写真

佐藤さん(左)と今野さん(右)

 今回の履歴書からの性別欄の削除は、個人的な属性によって被るあらゆる差別への問題意識が広がっていく機会となりえます。ほかにも、外見による差別的対応を防ぐため履歴書から写真欄をなくす署名活動が進んでいるほか、社会に出る前の段階でも、公立高校の入学願書の性別欄をなくす動きが全国で広がっています。

 当たり前とされている規格を変えることで守られる人たちがいます。「こういうものだから」という前例主義にとらわれず、採用や選考に本当に必要な情報か、誰かを傷つけていないかを見直す意識と行動が必要とされているのではないでしょうか。

インタビュー・執筆/吉田加奈子(東京都人権啓発センター専門員)

(注1)生まれたときの体の性別と異なる性別で生きる人たちの呼び方。性的少数者の中の一つのカテゴリーとされる。近年では、レズビアン(女性同性愛者)、ゲイ(男性同性愛者)、バイセクシュアル(両性愛者)、トランスジェンダー、クエスチョニング(自分自身のセクシュアリティを決められない、分からない人)の頭文字を組み合わせた「LGBTQ」が、性的少数者を表す言葉の一つとして使用されている。

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