東京都人権啓発センター

TOKYO人権 第90号(令和3年5月31日発行)

JINKEN note/コラム

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大きな可能性を秘める自動点字相互翻訳システム「:::doc(てんどっく)」

マイノリティに立ちふさがる「壁」の解消を目指す高専生たちの物語
―自動点字翻訳システムの開発とこれから

技術で人々の情報格差をなくす

写真:画像化された『TOKYO 人権』を、開発したシステムを使って点訳する様子

画像化された『TOKYO 人権』を、開発したシステムを使って点訳する様子

 情報化社会と言われる現代においても、「活字文化」と視覚障害者の間には大きな「壁」がいまだ立ちふさがっています。その壁の解消をめざして開発されたのが、自動点字相互翻訳システム(注1)「:::doc(てんどっく)」です。このシステムは、印刷物を撮影するタブレットやスマートフォンと、表示するディスプレイをつなぐだけで、印字を点字に、点字を印字にすぐに変換でき、翻訳機のように使うことができます。視覚障害者が自分で操作できる「手軽さ」、撮影後1分以内で出力できる「スピード性」、外注不要の「コストの安さ」を兼ね備えたもので、2021年2月に実用化されています。開発者は、国立東京工業高等専門学校の学生たちです。開発チーム代表の板橋竜太(いたばしりゅうた)さんと藤巻晴葵(ふじまきはるき)さんにお話を伺いました。

 リーダーを務めた板橋さんは「これまで自動点訳機器がなかったことに驚いた」と言います。開発に当たり、視覚障害のある当事者たちに丁寧な聞き取りをして臨みました。例えば、「分かち書き(注2)」のような点字特有の表記ルールにも、当事者と試行錯誤を重ねるうちに対応できるようになりました。点字を読み取る被験者の指の動きが、回を重ねるにつれて、だんだん速くなっていくことが、「開発のモチベーションを大いに高めた」と言います。

 こうして開発された「てんどっく」は、高専生による事業創出コンテスト「DCON(デ ィーコン)2020」で最優秀賞を受賞し、その企業評価額は5億円と評価されました。その後、代表の学生たちは「技術で人々の情報格差をなくす」という理念の下、2021年2月に学内ベンチャー企業「TAKAO AI(タカオエーアイ)」を起業しました。

 高専生たちが大きな可能性を見出した点字ですが、実は点字の普及率は視覚障害者の1割程度とも言われ、あまり高くありません。既存の点字関連の機器が高額であったことに加え、音声などのコミュニケーションツールの普及が背景にあると言われます。しかし、自動翻訳が普及して点字を使う人が増えれば、これまで代読に頼っていた書類を自分で「読める」ようになります。自ら学び、情報を入手することで世界を広げることができ、社会参加の機会は大幅に増すと考えられます。

 開発した「てんどっく」を利用するメリットについて、プログラミングを担当した藤巻さんは、「相互翻訳が簡単にできることから、(当事者に限らず)行政組織や企業など、情報提供をする側からのニーズにも対応できます。より多くの場面で活用してもらえれば、収益事業として十分に見込めます。点字が活用される機会が増えることで、社会で障害者を支えられるようになれば」と語ります。

 開発に当たって学生たちを指導した山下晃弘(やましたあきひろ)准教授(情報工学)は、「自ら読みたいという視覚障害者は多く、点字のニーズがなくなることはありません。ただ、障害者には、健常者以上に『洗練された情報』を提供する必要があります」と話します。インターネットが普及し、情報過多ともいわれる現代社会で「必要な情報を整理する技術」をいかに開発できるかが今後の鍵となりそうです。

 学生たちも今後の課題として「レイアウトも含めた文書全体のメッセージを伝える」ための技術開発を挙げています。通常の印刷物は図や表を含むことが多く、点字化を妨げる原因になっています。図や表があっても要点が伝わるような翻訳を目標としています。

 板橋さんと藤巻さんは、「今回開発した技術を用いたアイデアはまだたくさんある。失敗することも含めて、学生だからこそチャレンジできる。そして、その先には技術者として取り組みたいフィールドがたくさんある」と力強く語ってくれました。

インタビュー・執筆/味岡知津子・坂井新二(東京都人権啓発センター 専門員)

(注1)クラウド上のエンジンを介して翻訳を行うシステム。音声認識にも対応しており、全盲の方でも操作が可能。

(注2)読むために単語や文節ごとに適宜空白を入れるルール。漢字とかなが混在する一般的な日本語の文章とは異なり、かな(表音文字)だけで成立している点字を読む際に必要とされる。

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