東京都人権啓発センター

TOKYO人権 第89号(令和3年3月31日発行)

特集

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ブラック・ライブズ・マターと日本
すべての人にとっての人種問題とは

米国から始まった反人種差別運動「ブラック・ライブズ・マター(BLM=黒人の命も大切だ)」は、日本では「対岸の火事」と見られることがしばしばありました。しかし、人種問題は、日本に住む人にとっても人権意識の醸成に関わる非常に重要な問題です。肌の色で優劣を判断する「人種主義(注1)」と人権を考える際に通底する視点について、人種・エスニシティ論を専門に研究する京都大学人文科学研究所教授の竹沢泰子さんにお話を聞きました。

存在しないはずの人種 VS リアルな人種差別

 「人種とは、今日では生物学的には存在しないことが証明されており、実態を伴わない『神話』であると言えます。しかし、実際には制度として社会的な意味での人種が存在しており、『社会システムとしての人種主義』が残り、再生産されているのです」と竹沢さんは話します。

 人種は、18世紀以降に当時の科学的知見に基づいて広がった考え方で、世界中の人々を分類する目的があり、そもそも優劣の意識を伴うものでした。「人種とは、差別を正当化するために探し見出された『差異の印』であり、日本も例外ではありません。日本で『人種』という言葉は、明治初期に教科書に記載され始めましたが、いまだに教科書や百科事典には、『皮膚の色や頭髪など身体的特徴によって区別される』といった古い定義が見られ、一般的に用いられている概念が時代遅れ」と竹沢さんは苦言を呈します。それでも、BLMの発端となったアメリカでは、法的な差別が消えても社会的な意味での人種主義が貧富の差などという形で昔の制度のまま残っています。日本でもテレビ番組での黒人の描写が「差別的だ」と議論になったことがあります。竹沢さんは、「日本においても、女性であるとか障害があるとか、社会的属性による差別を無意識に行なっていることがあり、内面ではなく外見やその人の持っている属性で判断しがちなところは、人種主義と通じる見解なのです」。

日本に存在する人種差別とは

 「『日本には人種差別は関係ない』と思っている人の多さに驚かされてきた」という竹沢さん。中学、高校で人種に関連して教えられている内容も、奴隷制やアパルトヘイトなど海外の出来事が主で、日本の例が入っていないことから、「そもそも人種について議論する環境が整えられていません。実際に日本は、国連の人種差別撤廃委員会から国内の『人種差別』への対応ができていないと何度も勧告を受けています(注2)。教育、行政、企業、報道などあらゆる組織で、人種差別について知り、議論する機会を持っていく必要があるのです」と指摘します。

 日本に存在する人種差別の特徴として、一つは、ヘイトスピーチのような、自分と異なる集団を排除する価値観があることが挙げられます。「人種差別は人差別や外国人差別だけを指すのではありません。在日コリアンや同和問題、アイヌ民族に関連する問題など日本固有の古くからある問題にも人種意識が関係しています」と竹沢さんは話します。

人種差別はすべての人に関わる問題

竹沢泰子さん顔写真

竹沢泰子さん

 もう一つの特徴は、固定観念による無意識の差別が存在することが挙げられます。「あからさまな差別的言動だけが人種差別ではありません。例えば、『黒人はスポーツが得意』と言ったとき、裏を返せば勉強は不得意という意味を含むこともあれば、全員がスポーツを得意としているわけでもありません。一見肯定的な固定観念でも、ネガティブな固定観念と一体となっています。ヘイトスピーチする一部の人だけが悪者だとするのではなく、BLMや人種問題を考えることは、社会的属性で決めつけたり誰もが無意識に行っていることを振り返る機会になると思う」と話します。

 さらに、「誰でも『自分は周囲から浮いている』など、周縁化されたり少数派になったりした経験があると思います。その経験を振り返りながら、『多数派と少数派ってこんなに物の見える景色が違うのだな』と想像力を高めて意識することで、人種差別は、人種の問題を越えてすべての人に関わる問題になります。人種について考えることは、身近に存在する差別構造に目を向けることにつながるからです」。

 一見何気なく思えても人権を損なうような出来事は身近に数多く存在しています。「社会システムが生む差別構造に目を向け、一つでも解決していくことに目を向けて欲しい」と竹沢さんは呼びかけています。

インタビュー・執筆/吉田加奈子(東京都人権啓発センター専門員)

(注1)白人を最も優越した人種とし、黄色人種と黒色人種を劣等とみなす人種観。奴隷制や植民地支配を正当化するイデオロギーとなり、20世紀にはナチスが行なったユダヤ人に対するジェノサイド(集団殺害)を生み出した。英語でracism(レイシズム)と呼ばれる(『文化人類学キーワード』(有意閣)より抜粋)。

(注2)内容は、在日コリアンに対するヘイトスピーチ法規制、アイヌ民族への差別、同和問題、難民認定申請者の入管での長期収容、外国人技能実習制度の不備など多岐にわたっている。

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