東京都人権啓発センター

TOKYO人権 第87号(令和2年9月10日発行)

特別企画

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“新型コロナ”と人権
― 無自覚な差別に人権意識で立ち向かう

 新型コロナウイルス感染症の終息が見通せない中、感染者や医療従事者に対する誹謗中傷やいじめが発生しています。国や自治体等が人権に配慮した行動を呼びかけるなど、人権擁護を求める声が多方面で上がっています。今回は特別企画として、新型コロナウイルス感染症と人権をテーマに、感染症と差別行動の関係を分析しながら、あらためて人権意識の大切さを考えたいと思います。

何が差別に向かわせるのか

 この夏に開催されるはずであった東京2020大会を前に、突然世界を襲った新型コロナウイルス。社会全体が混乱し、外出自粛が孤立を招き、経済的にも精神的にも多くの方が困難を抱えた生活を余儀なくされました。感染者やその家族が嫌がらせを受けたり、医療従事者などが心ない言葉を浴びせられ、差別的な扱いを受けたりしたことが報じられています。社会病理のように人の心にはびこる差別心が、差別行動に向かわせているのではないか―。疑心暗鬼な空気が立ち込める中で、知らず知らずのうちに差別する側に引き込まれることがあってはならないと警鐘を鳴らす専門家の声をヒントに、本特集では、何が人を差別に向かわせるのかという根源的な問いかけをしたいと思います。

「自粛警察」という「正義」

 3月、日本赤十字社は新型コロナウイルスの特徴を3つの感染症という顔を持つとして次のように説明し、話題になりました。「この“感染症”の怖さは、病気が不安を呼び、不安が差別を生み、差別が更なる病気の拡散につながることです」。これは、病気そのものだけでなく、新型コロナウイルス感染症が長引くにつれ、人の心が生む「差別」が問題の核心となってくることを端的に表しています。なぜ感染拡大が深刻化する中で、差別が問題となっているのでしょうか。差別の心理学を教える上智大学の出口真紀子教授(文化心理学)は、今回の新型コロナウイルス関連の差別を、「差別感情を表に出してはいけないという社会的な規範や理性が失われた結果。自分や家族、地域を守ろうとする正義感が偏見と差別を生んでいる」と分析します。

 緊急事態宣言の下、外出自粛や休業要請に応じない人を非難・攻撃する「自粛警察」なる行為は、こういった感情を発露したものと考えられています。「自粛警察」に見られる、市民が市民を取締る行為を、「他人を責めることで自分は大丈夫と思いたい気持ちの裏返し。感染の恐怖への無意識の対処法として、他人の粗探しをし、無意識の中で攻撃的な行動として現れる」と出口氏は言います。

病いと差別

 こういった動きは、社会と人の中に変わらずある差別心が引き起こしているのではないかと声を上げる人は少なくありません。なぜなら、歴史を振り返れば感染症と差別は密接に結びつき、繰り返されてきたからです。ハンセン病患者の強制隔離の教訓から新型コロナウイルス関連の差別を考える必要性を唱えるのは、ハンセン病市民学会共同代表の内田博文九州大学名誉教授です。内田氏は、「自粛警察」のような差別的な動きが、かつて市民が「善意」や「正義」を掲げて患者を地域社会から排除した、ハンセン病に対する住民の暴走(無らい県運動)と非常に似ていると言います。「今回の『自粛』には法的な強制力がなく、国民・市民がそれぞれの価値観に基づいて自主的に自己規制するという形でなされました。今回の、病気をうつす可能性のある人に対するバッシングは、良いことをしているという強い意識が背景にあります。我々は自粛してあげているのだという意識が非常に強く、本人が意識していない形での差別や人権侵害が発生しました。ハンセン病のときも、住民が『善意』と信じて参加し、暴走が起こったが、今回も住民の暴走という点で構図が似ている」と分析しています。また、人は理性やルールなど文明や文化の力で差別意識をコントロールしているとした上で、「社会の混乱下で、そういった文明的なものが働かない状態になると、あからさまに差別したり人権侵害したりしてしまう」と指摘しています。

「人権」を加えた三大柱で

 本来闘うべき相手はウイルスであるのに対し、不安感から感染者等に対して無自覚に攻撃的になり、差別への加担が起こっているのかもしれません。また、新型コロナウイルス関連の差別の背景には、日本における人権意識の低さが関係していると、先出のお二人は指摘します。「民主主義や人権意識が日本に入ってくる前の、村八分にされることへの恐怖のような同調圧力で自粛に従わせているに過ぎず、社会として決して誇れるものではありません。日本社会の人権意識の低さを象徴しています」(出口氏)。

 内田氏は、日本の持っている脆弱性が今回の感染症の出現で露呈したと言います。「今回の新型コロナウイルス感染症対策は、医療と経済が二大柱となりましたが、本来ならば人権を加えて三大柱とし、差別や人権侵害の防止に取り組むべきでした。人権を守る対策なしには、新型コロナウイルスと立ち向かう社会は築けません」と警鐘を鳴らします。さらに「人権教育啓発の見直しという課題を突き付けてきています。国の専門家会議だけに任せるのではなく、自治体レベルでもどう改善できるか、それぞれの場面で検討することが必要」と話します。

どう対処していけばいい?できることとは

 これまでも、社会を覆う不安が生んだ差別や偏見は、罹患した患者数よりもずっと多くの人を傷つけ、苦しめました。新型コロナウイルス感染症の終息の見通しが立たない最中、この教訓を今すぐ生かすにはどうすればよいのでしょうか。出口氏は、次のように提案します。「感染者や現場で奮闘した方などを、『大変だったね』と事後的にでも気遣うことが大切です。また、リーダーの立場にある人が率先して差別や人権侵害は許さない、と発信し続けることが大事です。医療に関わる仕事やごみ収集など、エッセンシャルワーカーとして感染の危険にさらされている人たちに対し、例えばデスクワーク中心の企業の正社員である人がリモートワークができるという『特権』を自覚できれば、偏見や差別的言動が減っていくのではないでしょうか」。

 内田氏は、「人権侵害や差別された方は声を上げにくいのが特徴。そういった方々の声を拾い、メッセージを代弁していくことが必要です。また、具体的にこれが被害です、これが差別ですと周知徹底させていく必要があります。被害者が声を上げれる状況をみんなで作っていくことが、差別防止、人権侵害の防止、かつ当事者の勇気づけに繋がっていく」と話します。

 8月現在、新型コロナウイルス感染症の感染拡大はなお続いています。東京2020大会の先送りとともに、再び不寛容な社会へと逆戻りしてしまう恐れがある状況だからこそ、私たちは、再びインクルーシブ(包括的)な社会を目指していく必要があります。

 人権を尊ぶ意識が広く浸透し、様々な政策の中心に据えられた社会であれば、誰がいつ感染するかもしれない状況であっても、誰も差別されることなく、安心できるに違いありません。そのためにまずは、無自覚であっても誰かを傷つけている可能性があることを一人一人が常に意識することが必要です。差別に加担していないか、振り返る習慣をつけましょう。気づきをスタートラインとし、人権を尊ぶ意識を周りに行き渡らせることが、誰もができる「困難な今を乗り越えるための原動力」となると考えます。

インタビュー・執筆 吉田 加奈子(東京都人権啓発センター 専門員)
引用:日本赤十字社「新型コロナウイルスの3つの顔を知ろう! ~負のスパイラルを断ち切るために」

理事長メッセージ

偏見・差別の解消に向けて

公益財団法人東京都人権啓発センター
理事長 三枝 健二

 緊急事態宣言が解除された以降も、東京都を含め全国で、新型コロナウイルスの感染者の増加が見受けられ、流行の第2波が到来との指摘も見受けられます。このような中、多くの人が困難の克服に向けて知恵を絞り、努力している一方で、病魔に立ち向かう医療従事者や輸送・物流等を支えるエッセンシャルワーカー、またその家族に対する中傷・差別が、残念ながら顕在化しています。

 報道等により、表面的な差別行為は、一時収まるかもしれませんが、差別をする人々の心の奥底に根差す偏見の解消は容易ではありません。この特集が、こうした偏見意識に対する読者の皆さんの気付きと、真正面から偏見・中傷・差別に立ち向かう契機になれば幸いです。

東京都人権啓発センターからのお知らせ

東京都人権啓発センターでは、本企画と連動し、相談機関や手引き、声明等をまとめた「SOSリスト」をホームページ上に掲載しています。

詳しくは、東京都人権啓発センターの人権情報誌のページをご覧ください。

https://www.tokyo-jinken.or.jp/publication/consult_covid19.html

実践しよう!「立ち止まって、考える」

冷静に行動するためにセルフチェックをしてみませんか?

□ 過剰な買いだめで弱い立場の人のライフラインへのアクセスを奪っていませんか(外出が難しい方などが購入できない可能性があります)

□ 特定の国や地域と感染症を結びつけた発言をしていませんか

□ 感情的・衝動的に発された断片的な情報を鵜呑みにしていませんか

□ 入手した情報の発信元が信頼に足るか確認していますか

□ 伝えようとしているその言葉は、大切な人の目を見て言える内容ですか

□ 自分自身に自問して「理性的な行動をしている」と言える状態ですか

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