東京都人権啓発センター

TOKYO人権 第86号(令和2年7月31日発行)

特集

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「平和の祭典」としてのオリンピック
~「オリンピック休戦」とは何か~

 新型コロナウイルス感染拡大防止のため、一年後に延期された東京2020大会。平和でなければスポーツはできないのだと、改めて感じた方が多かったのではないでしょうか。そしてその平和とは、何よりも、戦争のない世界を指すことは言うまでもありません。今回は、オリンピックが「平和の祭典」と称される由来となった「オリンピック休戦」について、日本スポーツ学会代表理事の長田おさだ 渚左なぎささんにお聞きしました。

クイズ

古代オリンピックが戦争で中止になった回数は?
(1)0回
(2)1回
(3)2回

答えはページ下にあります。

古代オリンピックにおける「休戦」

 オリンピックの起源は、紀元前8世紀の古代ギリシャにあります。長年にわたる戦争と感染症の流行に苦しんでいた国々は、戦いをやめてオリンピアで競技会を行いました。これが古代オリンピックの始まりであるといわれ、開催中の5日間を含む前後3か月間は「エケケイリア(聖なる休戦)」と呼ばれました。その後、ギリシャでは約1200年もの間、競技会開催前には毎回、休戦が宣言されたのです。

 この古代オリンピックを現代に復興しようと、1894年に国際オリンピック委員会(IOC)を設立したのが「近代オリンピックの父」と呼ばれるフランスの教育家、ピエール・ド・クーベルタン男爵です。クーベルタンは「スポーツは心身の発達と、国境を越えた友好に役立つ」とし、オリンピックの復興を通してスポーツによる教育改革と平和な社会の推進を目指しました。この理念は「オリンピズム(オリンピック精神)」(注)と呼ばれ、オリンピック憲章の冒頭に明記されています。

繰り返される戦争による、オリンピック中止やボイコット

長田渚左さん顔写真

長田渚左さん

 しかし、近代オリンピックは2度の世界大戦により夏季・冬季合わせて5回中止になっています。そして戦後は国際情勢の影響を受け、国や地域による参加のボイコットが繰り返されました。例えば1980年のモスクワ大会では、前年のソ連によるアフガニスタン侵攻に対し、アメリカが抗議行動の一環としてボイコットしました。さらに西側諸国にも同調を求めたため、日本も追随する形でボイコットしたのです。すると、1984年のロサンゼルス大会では、報復措置として東側諸国がボイコット。「2大会連続の大規模なボイコットで、オリンピックは存亡の危機に立たされました」と語るのは、日本スポーツ学会代表理事の長田渚左さんです。「危機感を抱いたIOCがロサンゼルス大会後に臨時総会を開き、解決策を模索しましたが、結論は『スポーツは政治に勝てない』との悲劇的なものでした」。

 こうした中、近代オリンピックに画期的な歴史が刻まれたのが、1993年のことです。国連安全保障理事会は、1991年に始まったユーゴスラビア紛争を受け、同国に対し経済制裁やスポーツ交流の禁止を採択していました。そのため、同国の選手は1992年のバルセロナ大会への出場を絶望視されていたのです。しかし、IOCは選手を救済しようと、国連にオリンピック開催中の休戦や、スポーツが平和な社会づくりに貢献することをアピールしました。この働きかけが実り、ユーゴスラビアの一部の選手は個人の資格で同大会に出場することが可能になったのです。そして1993年、IOCによる度重なる交渉の末、国連総会で大会開催中の休戦を呼びかける「オリンピック休戦」決議が採択されました。当時の国連広報センターのホームページには「国連史上いかなる決議よりも多くの加盟国に支持された」と記されています。

「オリンピック休戦」を何度もアピールする意味

写真:広告誌面

アテネの無料日刊紙「メトロ」に掲載された「オリンピック休戦」の意見広告

 この「オリンピック休戦」は、大会開催前年の国連総会で、毎回採択されることになりました。ところが、実際は開催中でも紛争がやまない事例は多く、長田さんは本決議について「効力が薄い」と指摘します。特に2004年のアテネ大会の前は、世界中でテロ事件が発生し、前年にはイラク戦争も起きるなど、大会の開催が危ぶまれていました。そこで長田さんは、日本スポーツ学会を中心とした賛同者375人から寄付を募り、現地で14万部配布されるフリーペーパーにオリンピック休戦をアピールする意見広告を出しました。紙面には「古代の人はオリンピックの間、武器を置いた」との見出しとともに、賛同者の一人である当時のアテネ市長と、柔道の金メダリストである山下泰裕氏のメッセージを掲載。配布したのがアテネ大会開幕直前ということもあり、現地を訪れていた世界中の人々の目に留まり、話題となったのです。長田さんは「オリンピックは平和運動であると、合言葉のように繰り返しアピールしなければ、人は忘れてしまいます」と語ります。

 再び長田さんら日本スポーツ学会が大々的に休戦アピールを行ったのが、2018年の平昌ピョンチャン大会の前です。当時、北朝鮮によるミサイル発射が相次ぎ、欧米諸国では選手の派遣を懸念する声が上がっていました。そこで長田さんは、日本外国特派員協会で会見を行い、世界に休戦の呼びかけと署名運動への協力を求めたのです。会見には、国連の元事務次長である明石康氏、モスクワ大会の体操日本代表でありながら、日本のボイコットにより出場の夢を絶たれた笹田弥生氏が出席。笹田氏は「選手たちに自分と同じ思いをさせてはならない」と話し、明石氏は過去にオリンピック休戦が実行された例もあることに触れ、「失望しても絶望してはいけない」と呼びかけました。

オリンピック・パラリンピック休戦アピール

私たちは世界中のスポーツを愛する人たちやスポーツ団体に「オリンピック・パラリンピック休戦」の意義を広め、2018年平昌冬季大会が「スポーツを通じて世界の平和を」という理想のもと成功することを願い、また、その願いがさらに2020年東京大会の成功へと引き継がれていくことを強く期待して、以下のことを呼びかけます。

  1. 1. すべての人々がオリンピック憲章に定められた「平和でよりよい世界の構築に寄与する」ためにオリンピック・ムーブメントの目的を深く理解し、スポーツの平和活用を実践しましょう。
  2. 2. 積極的に平和を求めるため、世界中から戦争、紛争、非人道的な行為をなくすために最大の努力をしましょう。
  3. 3. 2018年平昌冬季大会、2020年東京大会が「平和の祭典」として成功するために知恵を出して協力をしましょう。

2017(平成29)年11月28日

日本スポーツ学会 オリンピック・パラリンピック休戦委員会

オリンピックを開催する意義

 長田さんは、このようなオリンピックにまつわる歴史を振り返り、次のように語ります。「スポーツは政治や経済の下に位置する、単なる身体運動と思われがちですが、スポーツにはフェアプレー精神や人権の尊重など、政治や経済の手本になる考え方が凝縮されています。これはオリンピズム(注)の根本原則にも記されている通り、人生の重要な哲学でもあるのです」。

 東京2020大会が新型コロナウイルスの影響で延期となった今だからこそ、改めて、平和の祭典としてのオリンピックの意義を考える機会にしてみてはいかがでしょうか。

(注)「オリンピズム」とは、「スポーツを通じて、フェアプレーの精神を学び、心と体をきたえよう。そして、国や文化などのちがいに関係なく、おたがいに理解し合い、友好を深めて、世界平和につなげていこう」というクーベルタンの考えのこと。(『オリンピック・パラリンピック学習読本 小学校編』、編集・発行:公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会)

インタビュー/田村 鮎美(東京都人権啓発センター 専門員)
編集/小松 亜子
(注)新型コロナウイルス感染拡大防止の観点からリモート取材(TEL)を行いました。

クイズの答え

(1)0回
一度も中止されることなく、293回まで続いたとの記録があります。

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長田さんが編集長を務める『スポーツゴジラ』は、都営地下鉄などで、無料で配布しています。バックナンバーを含め、郵送も可能。申し込み方法はホームページをチェックしてください。

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