東京都人権啓発センター

TOKYO人権 第76号(平成29年11月20日発行)

特集

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部落差別をなくすのは私たち一人ひとり

「部落差別解消推進法」の成立から1年

 部落差別(注)は、日本国憲法によって保障された人間の自由と平等を脅かす問題です。中世に形づくられ、歴史的、社会的に形成された人々の意識や近世の身分制度のもとで受けていた差別が明治4年の解放令以降も様々なかたちで残されてきた日本固有の人権問題といえます。国は2016年12月に「部落差別解消推進法」を成立させました。なぜ、今この法律が必要とされたのでしょうか。現状を踏まえながら、法律の背景と期待される未来についてお二人の有識者にお話を伺いました。

部落差別の現状とは

 2016年12月16日、「部落差別の解消の推進に関する法律(以下、部落差別解消推進法)」が公布され、即日施行されました。世代や地域によっては、部落差別がいまでも存在することに実感がない、あるいは「部落」や「同和」という言葉さえ知らない人がいます。しかし、現実には被差別部落出身であることを理由とした差別は根深く残っています。

 同和問題の解決を国の責務として初めて位置づけた同和対策審議会答申(1965年)以降、国は期限を設けた特別措置法を定めることで問題解決にむけて様々な事業をおこなってきました。1993年、国はそうした特別対策の効果を把握するために調査をおこないました。その結果、道路、住宅など住環境面での格差は概ね改善したが、差別意識、人権侵害はなお残されているとして、最後の特別措置法が期限切れを迎える2002年以降も、引き続き取組みが必要であるとしていました。

 さらに、近年、急速に普及したインターネットによる人権侵害は部落問題も無縁ではありません。身元調査につながりかねない情報がネット上に氾濫することで、情報の真偽に関わらず鵜呑みにした人が容易に差別行為を引き起こす恐れがあります。

インターネットと結婚差別

顔写真:齋藤直子さん

大阪市立大学
人権問題研究センター 特任准教授
齋藤直子さん

顔写真:奥田均さん

近畿大学
人権問題研究所 教授、部落解放・人権研究所 代表理事
奥田均さん

 大阪市立大学特任准教授で家族社会学が専門の齋藤直子(さいとうなおこ)さんによると「部落差別解消推進法の審議段階では多くの“結婚差別”の事例が述べられた」といいます。結婚差別とは、本人同士が合意しているにもかかわらず、親や周囲が部落出身であることを理由に、結婚に反対することです。

 結婚差別は古くからある問題ですが、「とくに70年代から80年代以降に深刻化してきました。かつてはお見合いによって始めから排除されていたものが、この頃から職場などでの恋愛結婚が一般的になってきたことが背景にあります」。しかし、深刻な問題であるにも関わらず、行政の相談窓口に結婚差別の相談が寄せられにくいのは、「家族内の揉め事としてとらえる傾向があるためでしょう。また、相談自体がカミングアウトになるため、よほど信頼する相手でなければ打ち明けることができません。また、結婚の話になる前に相手のことをインターネットで調べるケースが増えていると推測されます。真意を伏せたまま別れを切り出された場合は、本人が差別されたことに気づかないため、問題が表面化してこないのです」。

 近畿地方の事例を中心にヒアリング調査をおこなった齋藤さんは、他の地域に事例がないわけではないと言います。「例えば、東京は地方出身者の集合体です。本人同士は東京で出会い、部落を意識していなくても、出身地である地方には強い差別意識が残っていることがあります。したがって東京にも当然結婚差別に直面している人はいます」(齋藤さん)。

インターネットと土地調査

 一方、近畿大学教授で、部落問題を中心に研究する奥田均(おくだひとし)さんは、東京にも見られる部落差別の具体例として、不動産取引における「土地調査」を挙げます。

 土地調査とは、マンションの開発予定地や、既存の物件の所在地が部落かどうかを調べるものです。不動産会社の担当者が役所の窓口に確かめに来るケースや、客が入居や転居を検討する際、不動産会社に確認することもあります。

 この点について、奥田さんは次のように語ります。「関西では昔から複数の府県でおこなわれていることが知られていますが、実は、東京でも土地調査がおこなわれています。これは都内で完結する話ではなく、東京から地方に転勤する人が調査をすることもあれば、その逆もあります。さらに、近年はインターネットで簡単に差別的な情報にアクセスできます。つまり、部落差別に都道府県の境界線はないのです」(奥田さん)。

「部落差別解消推進法」の意義

 こうした状況を踏まえ国が成立させたのが部落差別解消推進法です。奥田さんはこの法律の最大のポイントは「『現在もなお部落差別が存在する』と明記されたこと」だといいます。つまりこれまでは「部落差別が『あるのか、ないのか』、あるいは『差別に対する考え方の違い』といった議論から始めなければなりませんでした。さらに特措法の期限切れ以降、“法律がなくなったのは、問題が解決したから”と考える風潮が見受けられましたが、国が公式に部落差別の存在を認めたことで、法律を制定しなければならないほどの差別が存在するとの、社会共通の認識が確立されたといえるのです」(奥田さん)。

 また、第1条に「部落差別のない社会を実現することを目的とする」と明記された点について、奥田さんは次のように語ります。「意外かもしれませんが、社会に向けて部落問題の解決をうたった法律はこれが初めてです。過去の複数の特別措置法は、同和対策事業を担当する行政向けでした。しかし、新しい法律で実現しようとしているのは部落差別のない社会。つまり、法律の対象者は国民となったのです」。

 齋藤さんはこの法律の意義を次のように言います。「かつて、差別は証拠が残らないようにこっそりするものでした。しかし、ヒアリング調査を通じて、近年の結婚差別は、相手に釣書を求めるなど、露骨に、公然とおこなわれるようになっていると感じます。差別をしてはいけないことすら分かっていない人が増えているのではないでしょうか。法律の成立は、国が部落差別を許さないという強い態度を示すことになりますので、こうした人たちに一定の効果があることを期待しています」。

部落差別のない社会をつくるために

 法律は、国や地方自治体に対し、それぞれ地域の実情に応じて、差別を解消するために必要な教育や啓発、相談体制の整備などを求めています。こうした内容を受け、奥田さんは、国や地方自治体が新しい法律を活用する際は「同和対策事業の“復活”ではないととらえることが大切」だと語ります。「例えば、障害者差別解消法が謳うたうように、障害者差別の解消は、障害者対策ではなく社会に向けておこなうもので、女性差別の解消も、女性ではなく社会に向けておこなうものです。つまり部落問題も、部落に向けた同和対策事業から、社会に向けた部落差別解消推進法へと“ステップアップ”したということです。地方自治体が第一にすべきことは、この法律を対象者である一般の市民に周知することなのです」(奥田さん)。

 部落問題とは無関係だと感じている人たちに対して、齋藤さんは、次のように語ります。「部落差別は、例えば結婚差別というかたちをとって、ある日突然、あなたの目の前にやってくるのです。そのときにしっかりと受け止めることができるよう、準備をしておいてほしいと思っています。もちろん、部落問題の専門家になる必要はありません。行政や人権関係団体などに相談できることを知っておくだけでもよいのです」。

 また、奥田さんは部落差別の解消において「東京都は注目区の一つ」と言います。その理由として、東京オリンピック・パラリンピックの開催があります。「東京2020組織委員会は、各競技会場や選手村などで使用する設備や備品などの調達において、国際的な人権の基準を順守・尊重しなければならないと定めています。したがって、これらの調達にかかわる企業の間では、人権問題への関心が非常に高まっているのです。2020年まで残りわずかです。東京都がこの機運のなかで、部落問題の解決に取り組んでいくことが望まれます」(奥田さん)。

 部落問題は、昔の話でも、限られた地域や一部の人たちの問題でもありません。差別をなくすのは、私たち一人ひとりの課題だということをこの法律は示しているのです。

インタビュー/林 勝一(東京都人権啓発センター専門員)
編集/小松 亜子

はじめの一歩!

東京都「人権に関する世論調査」(平成26年4月)

同和問題も含む様々な人権課題についての都民の意識調査。

子供の結婚相手が同和地区出身者であった場合の対応

 子供の意志を尊重する。親が口出しすべきことではない 46.5% 親としては反対するが、子供の意志が強ければしかたない 19.4% 家族の者や親戚の反対があれば、結婚を認めない 2.9% 絶対に結婚を認めない 4.3% わからない 27.0%

 

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