東京都人権啓発センター

TOKYO人権 第74号(平成29年5月31日発行)

インタビュー

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HIVを正しく理解し、エイズについて自然に話せる社会をつくりたい

 かつて、HIV(注1)感染は死に直結すると恐れられていました。しかし、医療の進歩により、現在は早期に発見し適切な治療を受けることで、健康な人とほとんど変わらない生活を送ることができるようになっています。それにもかかわらず、社会の理解が進んでいないために、HIV陽性者(注2)はいまでも差別を受けることが少なくありません。この課題にどう向き合うべきか、HIV陽性者とその周囲の人たちの支援をおこなう「NPO法人ぷれいす東京」代表の生島嗣さんにお話をうかがいました。

PROFILE

顔写真:いくしまゆずるさん

生島 嗣 いくしまゆずる さん
NPO法人ぷれいす東京 代表

1958年、神奈川県生まれ。NPO法人ぷれいす東京 代表。社会福祉士。1994年にぷれいす東京の立ち上げに参加し、翌年、脱サラして職員に。2012年、前代表の池上千寿子氏の後を継ぎ、新代表に就任。保守的なキリスト教の家庭に育ちながら、中学時代に自らが同性愛者であることを自覚。30代前半、『別冊宝島EX ゲイのおもちゃ箱』(JICC出版局)の制作に携わったことをきっかけに、HIV陽性者の支援に取り組む。やがて牧師である父親にカミングアウトするものの、受け入れられず、一時関係を断絶。しかし数年後、父親がHIV陽性者の支援活動に理解を示すようになり、現在は良好な関係に。自身のセクシュアリティをオープンにしてからは、HIV陽性者に限らず、行政機関や医療機関から相談を受けることも多い。HIVについての人権研修講師のほかシンポジウム等での登壇も多数。2017年11月の第31回 日本エイズ学会学術集会・総会では会長を務める。

HIV陽性者の支援に関わるようになった経緯は。

写真:いくしまさんインタビュー風景

撮影/細谷 聡

 初めてHIV陽性者の支援活動に関わったのは、30代前半のことでした。当時は薬局の営業の仕事をしていましたが、プライベートで雑誌制作に参加する機会があり、さまざまなボランティア団体を取材することになったんです。その中の一つに、HIV陽性者の支援団体がありました。僕は中学生のころから自分がゲイ(男性同性愛者)であることを自覚していました。当時、「HIV感染はゲイの間に多い」といわれていたこともあり、この支援活動に強い興味を持ったのです。

 しかしその時は、この活動に関わる理由を他人には話せずにいました。僕は、保守的なキリスト教の家庭で育ち、父が牧師をしていたからです。ゲイであることが教会に知れ渡れば、父に迷惑がかかると思いました。僕は自分のセクシュアリティを受け入れられず、「どうか僕を異性愛者に変えてください」と神に祈ったこともありました。

 ちょうどその頃、生まれて初めてゲイの友達以外にカミングアウトをしたことが、大きな転機になりました。HIV陽性者の支援ボランティア仲間でキリスト教徒の女性と友達になり、自分がゲイであることをおそるおそる伝えました。すると彼女は「あ、そうなの」と、そのまま受け止めてくれたのです。本当のことを伝えることができ、ありのままの自分を普通に受け入れてもらえたことがとてもうれしかった。それだけのことが、こんなにも心の支えになるのだと、初めて知りました。

 平日はセクシュアリティを隠して仕事をし、週末だけはゲイの友達との関わりの中でだけ本当の自分に戻ることができる…そんな二重生活をだんだん息苦しく感じるようになっていました。HIV陽性者の支援活動に関わるうちに、医療の知識と、セクシュアリティの両方を生かせ、素のままで働くことができるこの場こそ、自分にふさわしいのではないかと思うようになりました。これらの経験が原動力となり、HIV陽性者が自分らしく生きられる環境をつくるため、1994年に仲間とともに「ぷれいす東京」の立ち上げに参加し、翌年から職員として働きはじめました。

HIVに関する医療の進歩で、何が変わりましたか。

 1996年ごろにHIVの増殖を抑えるHAART(多剤併用療法)が導入され、これによって、完治はしませんがエイズの発症を防ぐことが出来るようになりました。今では、HIV感染は、かつての“死の病”ではない、感染したら一生付き合っていかねばならない“ただの病気”です。けれど今でも、社会の偏見・差別が、HIV感染をただの病気にさせてくれない、そんな状況が続いています。

 医療の進歩で、現在ではHIV陽性者も定年まで働き、老後の人生を普通に考えることができる時代になりました。寿命は、健康な人と比べても数年しか差がなくなっています。適切な服薬治療を受ければ、検出できなくなるまでHIVを減らすことができ、他人へは感染しなくなります。子どもへの感染を防ぎながら、普通に妊娠・出産・育児することだってできるんですよ。

布団を下地に、「うつらないよ ちゃんと治療しているから。」のコピーがのったポスター

(株)電通がぷれいす東京に取材製作した「ソーシャル・ポスター展」の作品

 HAART導入以降、ぷれいす東京の支援活動も大きく変化しました。それまでは、余命が限られた人たちの通院などをサポートすることが活動の多くを占めていました。しかし、新しい治療法が広まってからは、長い人生を見据えた支援へと移行したのです。とはいえ、私たちの活動が楽になったわけではありません。困難さの質が「短距離走」から「マラソン」に変わったようなものでしょうか。

 どんな人にも、人生にはさまざまなライフイベントやアクシデントがあるものですが、同じ出来事でも、HIV陽性者は社会の無理解のせいで、理不尽な目に遭うことが多いのです。問題は本人だけでなく、周囲の人にも影響しますから、ぷれいす東京では、家族やパートナー、職場の人、本人が利用する社会サービスの職員など、本人に近しい人たちからの相談も受け付けています。近年は、インターネットでさまざまな医療情報を調べられるようになりましたが、他の陽性者が普段どのように生活しているのかを知ることはできません。だから、新たに感染がわかった人は、先行きが見通せず、不安になることがあります。そうした事情もあって、ぷれいす東京で受ける電話相談は1年間で約1,250件、対面相談は約700件と、かなりの数に上っています。

どのような相談が多いですか。

 HIVは依然、ゲイ男性に多い病気ですが、異性愛者(男女)で陽性の人もいます。だから、ぷれいす東京では性や年齢などに区別無く、どんな人のサポートもします。働く上での不安や将来設計、生活上の悩み、精神的な悩みなど、共通の相談が多いですね。

 また、陽性であることのカミングアウトを巡る相談も数多く寄せられます。一人で秘密を抱えているのは本当につらいものです。家族やパートナー、これから恋人になるかもしれない相手など、大切な人に知ってもらいたいと思うのは、誰にとっても自然な感情でしょう。私たちは、伝える相手がどのくらいの知識を持っているか、どうすればうまく受け止めてもらえるかを推し量りながら、相談者と一緒にカミングアウトの計画を立てます。中には、自分一人で伝えるのは難しいからと、ぷれいす東京に相手を連れてきて、私たちを交えて話をする方もいますよ。

 HIV陽性であると知れたとたん、差別を受けることは少なくありません。正しい知識が広まっていないせいで、人権侵害が起こっているのです。一方で、医療の進歩で通院などが楽になり、職務上の配慮を求める必要性が低くなったこともあるのでしょう。近年は職場でカミングアウトする人の割合はやや減少しています。HIVに感染したからといって、そのことを話す義務はありませんから、どのような選択をするかは本人の自由です。しかし、社会の認識が追いついていないために、伝える必要があるときに伝えられないという、個人がストレスを抱え込みやすい状況は改善すべきだと思っています。

HIV陽性者を、積極的に雇用する企業もあるそうですね。

 1998年に、HIV陽性者は身体障害者認定を受けられるようになりました。こうした背景もあり、最近はHIV陽性者を障害者枠で雇用する企業が増えてきました。私たちは、そうした企業の研修依頼も受けています。「HIV陽性の社員が大量出血したらどうすればいいんだ」といった、一般的な職場ではほとんどありえない場面や、「社員同士の恋愛で一方の社員が感染した場合、もう一方を陽性だと知って雇った会社は責任を問われるのではないか」など、おちついて常識的に考えればわかりそうな質問がよくあります。HIVと聞いたとたんに判断がおかしくなってしまうんですね。間違った認識がHIV陽性者への差別や、雇用の妨げにならないよう、丁寧に説明するようにしています。

 印象的だったのは、あるアパレル企業での研修です。非常にオープンな雰囲気でHIV陽性者の雇用に取り組んでいる職場でした。僕のレクチャーの後、人事担当者が社員に向けてこう言ったのです。「わが社はHIV陽性者を雇用する企業ですから、皆さんがHIV検査を受けた結果が陽性でも陰性でも、雇用関係は変わりませんよ」と。すると後日、実際に何人かが検査を受けたそうです。人事担当者からは「HIVへの人権的理解だけでなく、社員の健康づくりにも役立ちました」と喜ばれました。

 HIV感染の判明は、保健所で自主的に検査を受けた場合が4割、それ以外は医療機関を別の理由で受診したときです。医療が進歩したとはいえ、感染に気づかずにいれば命に関わります。ところが1990年代に比べ、メディアがHIVを取り上げる機会は激減しました。このため、10〜20代の人たちは「学校で少し習った」くらいの印象しか持っておらず、30代以上では、ネガティブで間違った情報が更新されずにいるか、もう終わった病気だと勘違いしていることが多いようです。行政には、正しい理解をもっと広め、早期のHIV検査の必要性を訴える責任があると思います。

HIVへの理解を広めるために考えていることは。

 2017年11月に開催される「第31回 日本エイズ学会学術集会・総会」の会長を引き受けることになりました。無事に務まるか不安ですが、たくさんの方の後押しがあり、大役を引き受けることにしました。喫緊の課題は資金集めです。スポンサーになってくださる企業の方を募集しています。

 学会のテーマは「未来へつなぐケアと予防」にしました。欧米で始まった新しい予防法や、啓発がうまく進まない近隣アジア諸国の現状など、海外には日本とは異なる状況があります。未来への展望と、諸外国との協力を見据えた内容にしたいと思っています。

 一般への理解が広まるように、同時期に「TOKYO AIDS WEEKS」というイベントも開催します。この中で、以前も好評だった合唱ミニコンサート「Gay Men's Chorus」もおこないます。前回は新宿区にある国立国際医療研究センターで開催しました。コンサートを楽しんでいた他の病気の入院患者さんに何のイベントなのか聞かれ、HIVの啓発イベントであることや、合唱メンバーがセクシュアルマイノリティであることなどを説明したところ、「私は、いろんな人たちが世の中にいる方がいいと思う。そういう人たちがもっと表に出てこられる世の中だったらいいのに」と感想を話してくれたと、ボランティアさんがうれしそうに報告してくれました。HIV陽性者の人たちだけでなく、さまざまな人たちをエンパワメントすることができたことに、心が温まりましたね。

 人は自尊感情が低いと健康を保つための基本的な行動をとるのが困難になるということが多くの研究から明らかになっています。ですから、さまざまな生きづらさを抱える人たちの健康を保つためには医療だけでなく、地域福祉や人とのつながりの構築など広範囲の支援が必要です。ぷれいす東京には、HIV陽性者から生きづらさについての相談も多くよせられます。HIVの問題もまた、隣接するさまざまな社会課題と無縁ではありません。みんなが健康で幸せに暮らせる、よりよい社会にしたい。その実現の一端を担えるよう、これからも活動を続けていこうと思っています。

インタビュー/鎌田 晋明(東京都人権啓発センター 専門員)
編集/小松 亜子
取材会場/ぷれいす東京

注1 HIV
ヒト免疫不全ウイルスの略称。このウイルスによって免疫細胞が破壊された結果、後天的に免疫が働かなくなり、別の病気にかかった状態をエイズ(AIDS 後天性免疫不全症候群)と呼ぶ。HIVは俗に「エイズウイルス」と呼ばれるが、病気の仕組みから考えるとこの俗称は誤りである。
注2 HIV陽性者
HIVに感染している人の総称。エイズを発症した人と、感染してはいても発症していない人の両方を含む。

特定非営利活動法人 ぷれいす東京

ポジティブライン(厚生労働省委託事業)
フリーダイヤル0120-02-8341
HIV陽性者と周囲の人、確認検査待ちの人の電話相談です。

冊子『Living with HIV 身近な人からHIV陽性と伝えられたあなたへ』

冊子表紙

発行/NPO法人ぷれいす東京

HIV陽性者と身近な人たちの手記集を無料で配布しています。
HIV/エイズを理解するためにお役立てください。

Living with HIV 外部サイトへ移動しますhttp://lwh.ptokyo.org/

TOKYO AIDS WEEKS 2017
外部サイトへ移動しますhttp://aidsweeks.tokyo
第31回 日本エイズ学会学術集会・総会
「未来へつなぐケアと予防」
外部サイトへ移動しますhttp://aids31.ptokyo.org/
いずれも2017年11月24日(金)から11月26日(日)まで

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