東京都人権啓発センター

TOKYO人権 第73号(平成29年2月28日発行)

インタビュー

ここから本文です

世界の人権問題を自分事に。 一人ひとりがchange makerに。

 難民や移民の問題はどこか遠い国の出来事なのでしょうか。2020年に向けてより成熟した国際都市となるために、東京に暮らす私たちには、世界の人権問題を身近なこととして考えることが求められています。
 今回は、国連広報センター(注)の所長を務める根本かおるさんに、さまざまな背景を持つ外国人と共生するために必要な視点を、難民への理解や国連の活動などを踏まえながらお話しいただきました。

PROFILE

顔写真:さいとうはるみちさん

根本かおる ねもとかおる さん
国連広報センター所長

東京大学法学部卒。テレビ朝日を経て、米国コロンビア大学大学院で国際関係論修士号を取得。1996年から2011年末まで国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)にて、アジア、アフリカなどで難民支援活動に従事。ジュネーブ本部では政策立案、民間部門からの活動資金調達のコーディネートを担当。WFP国連世界食糧計画広報官、国連UNHCR協会事務局長も歴任。フリー・ジャーナリストを経て2013年8月から現職。著書に『日本と出会った難民たち 生き抜くチカラ、支えるチカラ』(英治出版)他。

国連で働こうと考えたきっかけは。

写真:ねもとかおるさん、インタビュー風景

撮影/細谷 聡

 私は小学3年生から4年間ドイツで過ごしました。その間、出自で区別や差別されることの理不尽さを自ら味わい、「外国人には権利の保護が必要だ」と子どもながらに感じたのです。それが、出発点でしょうね。

 大学では国際法を学び、卒業後はテレビ局に入社しました。当時、民放キー局では一社を除いて女性の新卒採用はまずアナウンサーしかありませんでした。男女雇用機会均等法が施行され、翌年には、女性にも報道職での採用の道が開かれましたが、アナウンサーとして採用された後、政治担当記者になった私は、常に違和感を持ちながら働いていました。報道分野に女性は非常に少なく、私たち女性は、マジョリティである男性の論理に合わせてはじめて認められるという状況だったのです。そういう中で、女性がジャーナリズムで長く働いていくためには専門性が必要だと思って休職し、ニューヨークにあるコロンビア大学大学院に留学しました。

 そこでは国連職員による講義などを受ける機会が多く、国連を身近に感じるようになりました。さらに、人権活動家やPKO活動に携わった経験のあるクラスメートから影響を受け、自分も国際政治に関わりたいという気持ちが高まっていったのです。その想いを実現させるため、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)のネパール現地事務所でのインターンの機会を自ら見つけ、受け入れてもらいました。

写真:

ネパールのブータン難民キャンプで少女に下着セットを手渡す根本さん。

 ネパールでの難民たちとの出会いが、現在の仕事に就こうと決意した大きなきっかけです。ブータンで暮らしていたネパール系の人々は、迫害を受けて、ネパールへ逃れてきました。このブータン難民たちは、財産も地位も国籍も剥奪されて難民キャンプで避難生活を送っていました。それでも、援助機関の協力を得ながら教員養成講座をつくって自分たちのコミュニティーから教員を輩出し、子どもたちの教育に力を入れていました。それまでは、難民は援助が必要な“弱い存在”というイメージが強かったのですが、実際に接してみると違いました。難民たちは「できる限り自分たちの力で状況を切り開きたい」と行動する、立ち上がろうとしている人々だったのです。教育を受けていた難民女性たちは特にその傾向がありましたね。

 自分が思い描いていた難民像が覆されたわけです。いろいろなものを失ってもなお、コミュニティーのために尽くそうという女性たちの姿や、民族の期待を一身に背負って英語で見事に演説する子どもたちを目の当たりにしたことで、私の気持ちが固まったのです。

根本さんは女性への援助を大切なテーマにされていますね。

写真:

南スーダンの女性たち。

 2016年3月に南スーダンを訪問して国連PKOの活動を視察しました。南スーダンは何十年もの内戦をへて、ようやく2011年に独立したのですが、2013年12月にまた紛争が再燃しました。平和構築を進めるためには、平和の価値や平和が何をもたらしてくれるかをイメージしてもらうことが重要ですが、南スーダンの人々はそもそも平和というものを知らないのです。そういう人たちに平和の大切さを訴えて、平和な国造りをしましょうといっても、残念ながらなかなか理解してもらえないというのが現状です。

 そのしわ寄せが特に及ぶのは女性です。長期間にわたる避難生活のストレスのはけ口として、女性への暴力が横行しています。また、薪拾いや食事の準備、子育てなどは全部女性の仕事とされ、薪拾い中に武装集団に襲われて性暴力を受けることも珍しくありません。男性はというと、安全な難民キャンプの中でひがな一日茶飲み話をしているのです。しかも、性暴力などを受けたことを口に出した女性は、汚れた存在だとして村八分になってしまい、コミュニティーのサポートなしに生きていくことを強いられます。そういう人のために、国連は裁縫などの職業訓練を施し、自活できるように支援しています。稼ぎはわずかですけれども、手に職をつけることが人生を変えうる術になります。

 PKO活動というと軍隊のイメージがありますが、警察も文民の職員も働いています。国連が運営しているラジオ局もあります。女性ならではの苦しみだったり、ものの見方だったり、あるいはニーズなどをざっくばらんに話してもらう番組も設け、立場の違う人も受け入れる価値観を育むことに役立てています。

2020年に向けて東京では“多様性”のある街づくりがキーワードです。

TOGETHERロゴ

TOGETHERキャンペーンのロゴ。
移民や難民によって自分たちの生活が不安を抱えることにならないかと懸念する人々に対して、対話を通じて恐怖を希望へと変えるためのキャンペーン。
URL:外部サイトへ移動しますhttp://www.unic.or.jp/activities/together/

 2016年9月におこなわれた「難民と移民に関する国連サミット」で、国連加盟国が全会一致で「TOGETHERキャンペーン」の実施を約束しました。難民・移民を排斥・排除しようという風潮が強くなっているなか、外国人を受け入れるための多様性に満ちた社会をつくるための広報キャンペーンです。

 難民や移民は「問題」として捉えられ、受け入れる社会では不安や負担といった負のイメージで語られることが多いのですが、そうではありません。難民の人たちはサバイバル力に富んだ存在なのです。最初は支援が必要ですけれども、いずれは自立していきます。そして、自分たちを受け入れてくれた社会に対しては人一倍恩義を感じ、さまざまな面で社会に貢献しようとするため、社会経済にプラスになります。さらに、いずれその人たちが母国に帰れるようになった時、日本と母国とをつなぐ大切な懸け橋になります。実際、民主化が進んで自国に帰る人も出てきたミャンマー難民の人たちがそうです。「TOGETHERキャンペーン」では、このようなポジティブなストーリーを積極的に発信していこうと考えています。東京の皆さんにもぜひ知っていただきたいですね。

 また、バックグラウンドが違う人と知り合って、その人の背景を知ることが多様性のおもしろさだと私は思います。同じ人とばかりいるよりも、自分と異なる生き方をしてきた人も受け入れ、一緒に議論し、ものを考える。そこから自分が思いもつかなかった視点を知ったり、自分が当たり前だと思っていたことがそうではなかったりという発見があるのは、すばらしいことではないでしょうか。

 異なる背景を持つ外国人たちを「お金を落としてくれるお客さん」として一時的に受け入れるのではなくて、同じ社会で一緒に生きる人として受け入れてもらいたいですね。日本に来ている外国人には難民や労働者、留学生もいて、一過性の観光客だけではありません。そんなさまざまな背景を持つ外国人たちが暮らしやすい日本社会をつくれればよいと思います。もちろん、違うからこその苦労もあります。あうんの呼吸というのも通用しないでしょうし、多言語化などの特別なニーズもあります。それでも、そのように自分と異なる人たちを受け入れることが、その社会を強くし、成熟度を高めてくれるはずです。

新たに国連事務総長に就任されたアントニオ・グテーレスさんは人権の尊重を改めて重視しています。

 ポルトガルの首相や国連難民高等弁務官を歴任したグテーレス新事務総長は、国連の設立目的である「国際の平和と安全の維持」「人権の遵守そして推進」「経済社会開発」の3つの柱をこれまで以上に結びつけ、統合的に考える必要性を強調しています。紛争が一度起こってしまうとそのツケは非常に高くなるため、紛争を予防するための外交が重要になります。その助けになるのが人権のモニタリングです。人権の遵守状況というのは、その国の社会がどの方向に行こうとしているのかの指標になります。なにか物事がおかしくなりそうなときに危険信号を送ってくれる、非常に重要なものだと彼は説明しています。

 また、2015年の「国連持続可能な開発サミット」の成果である「持続可能な開発目標(SDGs)」は2030年をゴールイヤーにし、地球を将来世代に安心して手渡していけるものとして、経済・社会・環境の三つの側面から包括的に発展させていこうというものです。現在、世界の4人に1人が、15歳から24歳の若者です。世界のリーダーたちが地球を持続可能なものとして運営しないと、若者やその次の世代が社会の中核になったときに立ち行かなくなってしまいます。

人権問題を自分の身近なこととして感じるためにはどうしたらよいでしょうか。

  私は「think globally, act locally」という考え方を大切にしています。これは、世界レベルで問題になっていることや議論されていることと、自分のアクションをつなげて考えるという試みです。実際、個々のアクションが積み重なってはじめて地球規模の課題の解決があるわけですから、些細な活動にもやりがいを感じられます。

 それから、社会で問題になっているニュース、例えば、差別的な発言や過労自殺の問題などについて「自分たちの職場はどうなのかな」と考え、“自分事”にしています。それによって自分のおこないを正したり、職場の意識を高めたりできます。人権とは、そのような考え方を進めてくれる土台、あるいは、ツールになると思います。

 世界の人権問題を身近にする方法は無数にあります。自分の興味があること、例えばファッションや音楽、食べ物を入り口にしてもいいのです。少しでも関わることで、知的好奇心がわいてくるはずです。そういう自然な関心を大切にしていくと、そんなに難しいことではないと私は思います。ぜひ、皆さん一人ひとりが「change maker」、つまり、新しい世界を切り開く人になってほしいですね。

(注)国連広報センター(UNIC)は1958年に国際連合(国連)の広報局直属の機関として東京に設置。

インタビュー/林 勝一(東京都人権啓発センター 専門員)
編集/脇田 真也

冊子表紙

『日本と出会った難民たち』
英治出版 刊

国連広報センター
外部サイトへ移動しますhttp://www.unic.or.jp

このページの先頭に戻る