東京都人権啓発センター

TOKYO人権 第73号(平成29年2月28日発行)

特集

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拉致問題について、私たちにできること

北朝鮮によって多くの人たちが不当に連れ去られ、安否すら分からない状態が続いている拉致問題。政府間の交渉はおこなわれていますが、全容解明には至っていません。被害に遭った人たちは自由な人生を奪われ、そのほとんどが家族のもとへ帰ってくることができずにいます。なかなか状況が進展しない今、私たちにはどのようなことができるのでしょうか。

北朝鮮による「拉致問題」とは?

顔写真

村尾建兒さん

 1970年代を中心に、日本人が突然、行方不明になる事件が多発しました。国内のさまざまな地域で、年齢や性別に関係無く発生し、また、海外の留学先でも多数の日本人が、不自然な状況で消息を絶ちました。

 1980年代後半になって、北朝鮮の元・工作員(スパイ)の証言などから、これらの事件の多くは北朝鮮による組織的な活動によることが判明しました。日本政府は北朝鮮に問題提起しましたが、当初、北朝鮮は拉致を否定していました。ところが2002年9月、小泉純一郎(こいずみじゅんいちろう)首相(当時)と北朝鮮指導者の金正日(きむじょんいる)氏(当時)が会談し、北朝鮮は初めて拉致を認めたのです。

 そしてその翌月、5人の拉致被害者が電撃的に日本への帰国を果たしました。その後の調査や拉致被害者らの証言により、他にも多くの日本人が北朝鮮に拉致されていることが明らかになりました。日本政府は北朝鮮に対し、継続的に真相の究明と拉致被害者の帰国を求めていますが、事態は進展しないまま今日に至っています。

 こうした中、拉致被害者の家族らが「北朝鮮による拉致被害者家族連絡会(家族会)」を結成。この家族会を支援しようと、全国各地にさまざまな団体が生まれ、それらの活動を連携するために「北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会(救う会)」が組織されました。

政府認定の「拉致被害者」と「特定失踪者」の違いとは

 2002年に帰国した5人の拉致被害者の中に、それまで拉致されたことが確認されていなかった人が含まれていたことから、救う会には「行方不明になっている自分の家族も北朝鮮に拉致されたのではないか」との相談が、にわかに殺到しました。「救う会」はこの調査をおこなう部門を2003年に分離し、これが「特定失踪者問題調査会(調査会)」になりました。

 近年、警察が失踪者として届け出を受理する数は、年間およそ8万人です。しかし事件性が認められない場合、捜査はおこなわれません。調査会の専務理事で広報を担当する村尾建兒(むらおたつる)さんは次のように話します。

 「失踪した理由が不明で事件とは判断されないため警察に捜査してもらえず、自分たちで捜すことにも限界を感じ困り果てたご家族が、藁わらをもすがる思いで相談を寄せるケースがとても多いです」(村尾さん)。

 調査会は、行方不明になっている人たちの属性や行方不明になった時の状況と、帰国した拉致被害者らの証言を照らし合わせるなど、独自の調査をおこなってきました。そして、事例の蓄積から、拉致の可能性が高いケースに一定のパターンがあることを発見しました。こうした地道な取り組みの結果、調査会では約470人の人たちを「北朝鮮による拉致の可能性を排除できない失踪者」であるとして、これを「特定失踪者」と呼ぶことにしました。

 行方不明の身内を探したいという思いは、家族にとっては切実なことであるにもかかわらず、相談を躊躇している人たちも大勢いるといいます。

 「『噂にはなりたくない』と思うご家族、『かつて拉致されそうになったことがあったけれど怖くて誰にも打明けられなかった』という方など、これまでさまざまな事情で相談できなかった人たちのお話をうかがってきました。ご本人の捜索だけでなく、皆さんから寄せられる情報の一つひとつが、拉致問題全体の解決の糸口にもなります。プライバシーの保護は徹底していますから、安心して相談してください」(村尾さん)。

 現在、日本政府が拉致被害者であると認定しているのは、2002年に帰国した5人を含む17人です。基準が「確実に北朝鮮にいることが判明している」など極めて厳格で、これまで特定失踪者の中から認定を得られたのは、このうちわずかに2人です。国の認定を得ると、政府が北朝鮮に安否確認や即時帰国を求める対象者となるため、特定失踪者の家族からは認定基準の見直しを求める声が強く、調査会は日本政府に働きかけを続けています。

北朝鮮にいる人たちにラジオでニュースや音楽を

会場の写真

「しおかぜ」と「ふるさとの風」が共同で開催した公開収録コンサートの様子

 2005年、調査会は北朝鮮に拉致されている人たちのために、ラジオ番組「しおかぜ」の放送を開始しました。国際放送などに使われる短波ラジオを使い、北朝鮮に向けて毎日3回、計2時間半の放送をしています。さらに2016年9月からは、AMラジオでの放送も始めました。番組の内容は、拉致問題に対する日本政府の取り組みや、国内外のニュース、特定失踪者の家族や友人からのメッセージなどです。このほか、童謡や演歌、70~80年代に日本で流行した曲に加え、拉致された人たちを救出する願いを込めたオリジナル曲など、音楽も流しています。2007年には、日本政府もほぼ同じ内容で短波ラジオ「ふるさとの風」の放送を開始しました。また近年、調査会と日本政府は、ラジオの公開収録イベントとして「希望の光、届け海を越えて」と題した音楽コンサートを共同で開催しています。警視庁の音楽隊による演奏や、出演者と観客が一緒に歌うイベントの様子をラジオ放送「しおかぜ」と「ふるさとの風」で生中継し、インターネットでライブ配信もおこなっています。

 北朝鮮でどのくらいの人たちが実際にこれらの放送を聞いているかは確認できません。しかし、脱北者(注)の中にこの放送を聞いていた人たちがおり、「ラジオから日本語が聞こえてきたことに感激した」「ニュースだけでなく、日本の歌を聞けてうれしかった」と口をそろえて話しているといいます。村尾さんは2002年に帰国した拉致被害者の曽我ひとみ(そがひとみ)さんはかつて、未だ帰国できずにいる横田めぐみ(よこためぐみ)さんと、日本の童謡を口ずさみ、いつか故郷に戻ることを願って励まし合ったというエピソードを話してくれました。

 「日本の歌は、北朝鮮に拉致されている人たちにとって数少ない娯楽の一つであるとともに、いつか日本に帰るという希望を失わないための、心の支えにもなっているんです。全員が帰ってこられるまで、根気強く放送を続けるつもりです」(村尾さん)。

(注)北朝鮮から脱出した人。在日朝鮮人と結婚したなど、さまざまな事情で北朝鮮に移住した人で、後に日本に帰国することができた人やその家族など。

拉致問題を、他人事ではなく“自分事”として考えてもらうために

 調査会では、学校や企業向けの講演活動にも精力的に取り組んでいます。村尾さんが特に印象に残っているのは、あるスーパーマーケットの職員を対象にした講演会です。聴衆の多くがパートタイムの主婦で、子を持つ一人の親として、特定失踪者やその家族に思いを寄せて皆涙したといいます。そして、講演会後に街頭でおこなった署名活動では、彼女らの力強い呼びかけによって、わずか1時間で1,000筆以上もの署名が集まりました。

 その一方で、拉致問題への関心がなかなか高まらないのは、ほとんどの人がこの問題を自分のこととして感じていないからだと、村尾さんは考えています。

 「例えば、地震の被災者の状況には大勢の人たちが関心を寄せ、支援活動も盛んでした。これは、人々がもともと持っている、困っている他者を思いやる心の表われだったのだと思います。拉致問題も、きっかけさえあれば、共感し実際に行動してみようと思ってもらえるのではないか。拉致は自由な人生を奪う深刻な人権問題ですが、そのことを声高に叫ぶことが関心を持ってもらうために一番良い方法とは限りません。音楽イベントを通じて訴えるなど、さまざまな方法で、全ての世代の人たちに分かりやすく伝えていけたらと思っています」(村尾さん)。

 昨今、マスメディアに取り上げられる機会が減ったことから、拉致問題が「昔の話」のように思われ、忘れられてしまうのを村尾さんたちはとても心配しています。しかし、拉致被害者が全員帰国し、真相が明らかにされない限り、この問題が解決することはありません。もしも、自分の大切な人が、突然行方不明になったら…と想像してみてください。たとえ一人ひとりの力は小さくとも、それが集まればきっと大きな力になるはずです。

インタビュー/鎌田 晋明(東京都人権啓発センター 専門員)
編集/小松 亜子

特定失踪者問題調査会

外部サイトへ移動しますhttp://www.chosa-kai.jp/

電話:03-5684-5058 ファックス:03-5684-5059

北朝鮮向けラジオ放送「しおかぜ」

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短波 (注)短波が受信できるラジオが必要です。

AMラジオ 1432kHz (注)休止中(2017年4月再開予定です)

しおかぜ公開収録 in 新潟

日時 2017年3月24日(金)17時30分開演(予定)
会場 新潟県民会館 小ホール
入場無料 事前申込不要 お問い合わせは調査会まで

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