東京都人権啓発センター

TOKYO人権 第72号(平成28年11月28日発行)

インタビュー

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写真を通して探す「声」
聞こえなくても伝わる「何か」もまた声

 写真家として活躍する齋藤陽道さんは、生まれつきほぼ耳が聞こえません。補聴器をつけても会話が困難なため、なかなか人との関わりを持てず、小・中学校時代は孤独を抱えます。しかし、高校はろう学校に通い、手話を身に付け、人と通じ合うことの素晴らしさを知りました。その後、写真家として活動する中で、言葉以外から伝わる「声」を探し始めた齋藤さんの心の動きや、作品に込めた思いをうかがいました。

PROFILE

顔写真:さいとうはるみちさん

齋藤陽道さいとうはるみち さん
写真家

1983年、東京都生まれ。都立石神井ろう学校卒業。2007年、障害者プロレス団体「ドッグレッグス」に所属。2009年、キヤノン主催のフォトコンテスト「写真新世紀」で『タイヤ』が佳作賞(飯沢耕太郎選)。2010年、同コンテストで『同類』が優秀賞(佐内正史選)。2013年、ワタリウム美術館にて大規模個展「宝箱」を開催。2015年、3331ArtsChiyodaで「なにものか」を開催。写真集は『感動』『宝箱』『写訳 春と修羅』をはじめ、岩崎航『点滴ポール 生き抜くという旗印』などの単行本や雑誌の写真に加え、Mr.Childrenや森山直太郎などミュージシャンの撮影もおこなう。

外部サイトへ移動しますオフィシャルサイト http://www.saitoharumichi.com/

子ども時代をどのように過ごしていましたか。

写真:さいとうはるみちさん、インタビュー風景

撮影/細谷 聡

 僕の耳が、ほとんど聞こえないとわかったのは、3歳のころです。感音性難聴といって、補聴器をつけてもノイズがひどく、声や音はわずかにしか聞き取れません。毎日、発声や発語と呼ばれる専門的な訓練を受けましたが、声を出して話すことは困難でした。

 でも、小・中学校は、耳が聞こえない子どもを対象にしたろう学校ではなく、一般の学校に通いました。両親としては、社会で生きていくにはその方が僕のためになると考えていたようで、僕自身も、声を出して話すことが普通だと思っていました。当時はまだ、僕も親も、手話があまり身近なものではなかったのです。

 クラスメイトと会話がしたくて、何度も言葉を発し、そして、聞き取ろうとしました。しかし、なかなか理解し合うことができまん。次第に会話をためらうようになり、やがては、声をかけることも、かけられることも恐くなりました。誰とも話すことができずに過ごす日々が続いて、いつしか生きることさえ辛いと感じるようになっていたのです。

 そんな中、中学生のときに、手話が、聞こえない人たちの言語になっていることを初めて意識しました。人と関わりを持てない毎日に心の限界を感じていた僕は、親に「高校はろう学校に入りたい」と伝えました。この選択が、僕の人生を大きく変えるきっかけになりました。ろう学校に入学してからは、毎朝、登校して「おはよう」と手話であいさつをすれば、多くの友達から同じようにあいさつが返ってくる。なんでもないあいさつが普通に言えて、そして、すうっと伝わってくる。それが本当にうれしかったですね。

写真との出会いを教えてください。

 20歳のころ、50ccバイクで東京から大阪、沖縄から東京を走る旅をし、そのときに使い捨てカメラで風景などを気ままに撮影しました。その旅が終わったあとも、余ったフィルムで学校生活の何気ないシーンを撮っているうちに、何となく「面白いな」と感じたのです。今にして思えば、それが写真家としての最初の一歩になっているのかもしれません。

 次第に「もっと自分のイメージに近づけて撮りたい」と思うようになって、貯金でちょっといいカメラを買いました。そのときはまだ「写真家になるぞ」と、強い覚悟をしていたわけではありません。ただ、写真が僕を「音から解放してくれるのではないか」との、予感というか、期待のようなものは感じていました。

 それまで僕は、補聴器を通しても分からない声や音を、それでも聞こうとしていたせいで、寝ても覚めてもずっと音に縛られているようでした。その縛りから自由になりたいと思いながらも、どうすればよいのかわからずにいたのです。単純に「補聴器の利用をやめてしまえばよいのでは」とも思いましたが、それもなんだか安易な気がして、なかなか踏ん切りをつけられずにいました。

 しかし、写真を撮る際、言葉に頼らずに相手を見つめることで、別の情報を得ようとしている自分に気づいたとき「声は、音声だけじゃない。その存在自体が放っているメッセージでもある。どうやら声にはいろんな形があるみたいだぞ」と思うようになったのです。以来、僕はその「新しい声」を見る人になりたいと思いました。あらゆる人や物をより深く見ることで、耳で聞く以上の豊かなものや、自分だけに見える何かがあるのではないか、そんな直感を抱きました。補聴器をつけるのを一切やめる決心をしたのはこのときです。

 写真との出会いは、僕に多くのものをもたらしてくれました。それは、僕自身がいまだに整理しきれないほどたくさんあって、一度では伝えきれないほどです。

本格的に写真家として活動する中で、撮影時に心がけていることは?

さいとうさんの作品:海を背景に叫ぶ車いすの人の写真と孔雀の写真

 先ほど触れた「新しい声」を探ることをベースにしつつ、毎回、試行錯誤しています。中でも人物写真を撮るときは、その人が語る「言葉」に頼らないことを心がけています。言葉にして今の気持ちなどを教えてもらうのではなく、その人のまなざしや、雰囲気、握手をして感じる手の温もりなど、そういったものすべてを「言葉」や「声」として撮りたいと思っています。

 例えば、歌手の方を撮影させていただくときのことです。僕は音楽を聞くことができませんが、だからといって、曲や詩の説明を求めることに意味は感じません。「歌いたい」「作りたい」との気持ちや、何かを強く願う気持ちは、「強く生きたい」と願うことでもあり、それは僕の「撮りたい」気持ちときっと通底している。そんなかすかな思いを頼りに撮影をしています。

 また、進行性筋ジストロフィーを発症しながら、詩人として生きる岩崎 航(いわさきわたる)さんを撮影したときのことです。岩崎さんは生活全般に介助が必要で、主に声で会話をしているのですが、僕にはその声がわかりません。パソコン入力や代筆にも時間がかかってしまいます。そうした中で、もし僕が言葉を頼りにしていたら、その間に消えてしまうものがあると思ったのです。言葉を知ることよりも大切な何かを意識しながら、岩崎さんを撮っていました。このとき、僕は改めて、このような言葉にしにくく、すぐにでも消えてしまいそうな儚い何かを求めているんだなと思いました。

最初の写真集『感動』は障害者などのマイノリティを中心にした作品でしたね。

 2011年に出版した『感動』は、障害者を中心に撮影した作品ですが、写真家として障害者にこだわるつもりはありませんでした。障害者プロレス「ドッグレッグス」の世界観に惚れ込んで通っていたら、なぜか僕もリングにあがることになって。そうしてドッグレッグスのレスラーたちと出会いました。リングで戦う彼らは、一人ひとりとても個性が強くて、複雑な魅力があり、本当に格好いいんです。こんな素敵な人たちにもっと会ってみたいと思ったのが原点です。撮影をするときに意識したのは、障害をことさらクローズアップしないことです。それが成功しているかどうかは別として、あくまでもすぐ近くにいる人間として撮りたいと考えました。

 また、作品の受賞や、写真集の出版と並行するように、たびたび個展を開催させていただいています。その中で見出した手法が、筆談での対談やトークイベントです。イベントなどで手話通訳をお願いすると、ほとんどの人が手話通訳者を注視してしまいます。中には、僕ではなく手話通訳者と話をしてしまう人もいるほどです。それは、人と人とのコミュニケーションにおいて自然なことではないし、微妙なニュアンスがさらに伝わりにくくなります。もちろん手話通訳者は、とても重要な存在ですが、思いをダイレクトに言葉にしたい場面においては歯がゆく感じることもあります。そこで、筆談を用いた対談やトークイベントをするようになりました。僕だけでなく、対談相手にも言葉を手書きしていただいて、それをスクリーンに映してお客さんに見ていただくスタイルです。

 筆談は、自分の気持ちをより簡潔に、正確に伝えるため、言葉に対する感覚が研ぎ澄まされます。また、筆跡には、その人の存在が織り込まれていると感じるのです。パソコンの文字が主流の今の時代、目の前で文字が生まれることは、静かだけれど刺激的なことだと思うのです。書いた本人さえも気づかないメッセージが、文字から読み取れるような気がしています。

今の社会は他者とのコミュニケーションに困難を抱えていると感じます。

 2015年に開催した個展「なにものか」のテーマは、「自分と違う“なにものか”と出会う瞬間」です。僕は他人を受け入れるとはどういうことかをずっと考えているのですが、そんな中で、知的障害やダウン症とされる人たちとの出会いに瞠目させられることが多々あったのです。初対面なのに、知己のごとく迎え入れられる経験を数多くして、僕は彼らの出会いの姿勢を尊敬しました。そんな彼らが、名前もないいわば異形のものとどう出会うのだろうかとの好奇心が、このテーマを設定したきっかけになっています。

 撮影を通して気づいたのは、人が何かと出会うとき、必ずしも言葉は必要ないということです。やはり、今の時代は言葉によるイメージが固定化されたまま人と出会うことに慣れすぎているのではないかと思います。僕自身、先入観がまったくない空っぽの状態で出会うことは難しい。それでも、出会いの瞬間において、言葉に縛られている自分を自覚し、それをどこまで手放せるかを重視しています。それはネガティブな言葉だけではなく、希望に満ちたポジティブな言葉についても同じです。素晴らしいとか、愛おしいといった言葉さえも持たず、ただ今を生きている生命同士として出会っていることを自覚すること。そうすると、今この瞬間、あなたと私がここにいて、時を共にしているとの素朴な奇跡が胸に迫ってきます。

 これは、僕がこれから撮っていきたいものにも通じています。僕は、どんな立場の人も、世界に立っているとの点においては共通で、この世界に存在することは、誰にとっても、ただそれだけで尊くて美しいと信じたいのです。今はまだ断定することはできません。しかし、まず僕自身が信じたい。そして世界を信じるに足ると思えた写真が、こぼれるように周りに広がっていったら、それはこの上なくうれしいことです。

画像:さいとうさんの手書き文書

 最後にお伝えしたいことを、手書きしますね。

人間は 言葉をもって生まれて
くるわけではなくて、
ただその存在がいるだけで、
十分に伝わってくる何かがありますよね。
それもまた声だと思うんです。
ぼくはそういった声をもっとききたいと思うし、
写真を通して探っていきたいと思ってます。

インタビュー/林 勝一(東京都人権啓発センター 専門員)
編集/小松 亜子
手話通訳/伊藤妙子

冊子表紙

写真集『感動』赤々舎 刊

冊子表紙

写真集『宝箱』ぴあ 刊

冊子表紙

『岩崎航詩集 点滴ポール 生き抜くという旗印』
写真:齋藤陽道 ナナロク社 刊

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