東京都人権啓発センター

TOKYO人権 第72号(平成28年11月28日発行)

特集

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人権とスポーツ2020
“ママアスリート”の活躍は、男女が平等に輝く社会の象徴

国際的に活躍する女性のスポーツ選手で、出産後も育児をしながら競技を続ける“ママアスリート”は、日本にはそれほど多く見られません。その理由は、育児と競技の両立が困難であることが原因だと考えられます。これは、女性が育児と仕事を両立させようとするときに直面する、よくある問題と根幹は同じで、スポーツ界だけに特別な問題ではありません。ママアスリートの置かれた状況から、社会全体で考えるべき課題が見えてきました。

海外にはたくさんいるママアスリート

顔写真

宮嶋泰子さん

 先ごろブラジルのリオで開催されたオリンピックとパラリンピックでは、子育てをしながら出場した日本の女性選手は少なくとも7人以上おり、日本代表としては過去最高の人数であると報道されました。しかし、これは海外と比べるとまだまだ少ないといいます。

 テレビ朝日スポーツコメンテーターの宮嶋泰子(みやじまやすこ)さんは、これまで数々の国際的なスポーツ大会に密着取材してきました。1980年のモスクワ大会から、2016年のリオ大会まで、夏季・冬季合わせて計18回のオリンピックを取材し、現地にも足を運んでいます。その中で、子育てをしながら競技に参加する海外のママアスリートを数多く見てきました。

 「海外のママアスリートの活躍に、日本の選手達も刺激されていると思います。女子サッカー元日本代表の宮本(みやもと)ともみさんは、海外のママアスリートが子供を連れて参加しているのを見て、『自分もこんなふうになりたい』と思ったそうです」(宮嶋さん)。

 その言葉通り、宮本さんは妊娠・出産を経て復帰し、日本女子サッカー代表で初のママアスリートとして、2004年のアテネオリンピックに出場しました。支援体制がまだ無かった日本サッカー協会に働きかけ、2007年のワールドカップでは、自身の母親をベビーシッターとして帯同する許可と経済的支援を得て、ママアスリートへの具体的な支援の前例を作りました。

日本にママアスリートが増えない理由

 日本にママアスリートが少ないのは事実です。しかし、宮嶋さんによれば、1964年の東京オリンピックの時には既に、体操選手の池田敬子(いけだけいこ)さんや小野清子(おのきよこ)さん等、複数のママアスリートが活躍していたといいます。ところが、以来50年以上が経過しましたが、日本のママアスリートが増えているとはいえません。

 「『母親は家にいて育児に専念する』という固定観念が今も根強いですよね。女性の多くが結婚や出産を機に第一線を退かなければならない風潮が、スポーツ界にもそのまま反映されていると思います」(宮嶋さん)。

 2014年のソチオリンピックで、フリースタイルスキーハーフパイプに出場した三星マナミ(みつぼしまなみ)さんは、2010年に育児をしながら競技活動に復帰しました。そのことを周囲から批判されることも多々有り、彼女自身、子供や家族には申し訳ないと感じていたといいます。それでも現役復帰し競技を続けた理由を、次のように話してくれました。

 「もしもここで競技を諦めたら、子供が成長して夢を追いかけるようになったとき、『諦めずに頑張れ』と自信を持って背中を押せる母親になれるだろうか? 私自身が諦めなかったことが、後々、家族だけでなく、他の多くの人達のための大切な経験になるだろうと思いました」(三星さん)。

 しかし当時、相談できる仲間が身近にいなかったことは、三星さんにとって大きな悩みだったといいます。

 「日常的な事なら、近所のママ友に相談できます。しかし、女性選手ならではの疑問・不安、例えば、妊娠中のトレーニングはどうすればいいか、いつ断乳して練習を再開するか、海外遠征で何カ月も子供と離れるとき母親としてどうすればいいか、国や競技団体からどういう支援を受けられるか等、相談できる場所も人とのつながりもありませんでした」(三星さん)。

 そこで、三星さんが国立スポーツ科学センターに提案して2014年にスタートしたのが、スポーツ庁受託事業「Mama Athletes Network (MAN)」です。女性選手が競技を続けながら、安心して妊娠・出産・育児ができるよう、さまざまな情報交換ができる場をめざして活動しており、年に数回のワークショップを開催しています。また三星さんは、このプロジェクトリーダーを務め、つながりができた現役の選手たちから個人的に相談を受けることもあるそうです。

 「例えば、妊娠中のトレーニング方法の研究事例はあまりありません。私の経験は、あくまでも個人的なものですが、そういったことを共有することが、後に続く人達の役に立つと思うんです」(三星さん)。

ママアスリートのパフォーマンス向上のために

顔写真

三星マナミさん
次女の愛ちゃんもいっしょに
取材会場へ来てくれました。

 2013年、日本スポーツ振興センター(以下JSC)は、日本代表選手が強化合宿などで利用する、東京都北区にある「味の素ナショナルトレーニングセンター(以下NTC)」の中に、託児室を開設しました。三星さんはこの託児室を最初に利用した選手となりました。しかし、地方や海外に練習拠点のあるスキーなどの競技は、そもそもNTCを利用する機会は多くありません。近年は、JSCが地方合宿や海外遠征の際、ベビーシッターにかかる費用をサポートするようになりましたが、現地に託児室を用意することまではしていません。

 「子供が大事ですから子供に合わせたい。けれど、選手として練習もしなくてはならない。『たった今、子供の機嫌が良いから、少しだけランニングに行こう』というときに気軽に子供を預けられるような、小規模で構わないから柔軟に対応してくれる支援の仕組みがあったら、ママアスリートが競技を続けるのは、ずっと楽になるんですが」(三星さん)。

 一方、国内では、支援を始めている個別の競技団体もあるといいます。

 「ヨットレースを統括する日本セーリング連盟は、10数年前から競技会場に、託児室を用意しています。選手や大会関係者だけでなく、観客も利用できます。また、シンクロナイズドスイミングの大会でも、役員や審判に女性が多いため、会場に託児室を設けるようになりました」(宮嶋さん)。

 また、オリンピック・パラリンピックの選手村には、家族であっても部外者は立ち入ることはできません。しかし、会場に託児室があれば、大会中でもママアスリートは子供と過ごす時間を作ることができます。宮嶋さんは、大会に子供を連れて行くことができる方が、ママアスリートのパフォーマンスも上がるのではないかと推測していますが、その言葉を裏付けるように、三星さんも「子供を帯同しているときの方が、自分も子供も精神的に落ち着くことができて、かえって競技に集中することができました」と話しています。

 宮嶋さんは、2012年のロンドンオリンピックの体操競技会場で、子供のおむつ替えのスペースが男性トイレの隣にあったことにとても衝撃を受けました。

 「育児は母親だけでなく父親も共に担うもの、という男女平等の意識が徹底しているのを感じましたね」(宮嶋さん)。

 例えば、フィンランドでは、スキー競技場の地下にある、通常はトレーニングルームとして使われているスペースを臨時のプレイルームとして開放し、大会関係者の子供達が自由に遊べるようにしています。こうした海外の先進事例に倣い、2020年の東京オリンピック・パラリンピックにも育児と競技を両立するための方策が必要だと、宮嶋さんは提言しています。

ママアスリートが活躍できる社会とは

 欧米では、基本に個人の豊かな生活があり、その中に選手としての活動を取り込もうという考え方が主流だといいます。例えば、選手のパートナーがコーチで、互いに家事や育児を協力し合いながら、競技の成績も伸ばしていくケースも多くあるといいます。

 一方、日本にママアスリートがなかなか増えないのは、ワーク・ライフ・バランスに対する考え方も影響していると、宮嶋さんは考えています。

 「日本の選手達が置かれている環境は、生活と競技活動の両立が無く、練習漬けになりがちです。そこに『女性は家庭で家事・育児』という固定観念が加われば、多くの女性選手が、『結婚・出産後に競技を続けるのは難しい』と感じるのもうなずけます。この状況は早急に打開しなければならないと思います」(宮嶋さん)。

 ママアスリートが直面している課題は、スポーツ界に限った問題ではありません。それはまるで、女性が活躍したくともできない社会の縮図のようです。女性選手がママアスリートとして「競技を続けたい、続けられる」と思える環境の整備が、豊かな社会の実現につながるのではないでしょうか。

インタビュー/鎌田 晋明(東京都人権啓発センター 専門員)
編集/小松 亜子

Mama Athletes Network (MAN)

国立スポーツ科学センター(JISS)「女性特有の課題に対応した支援プログラム」http://www.jpnsport.go.jp/jiss/tabid/1096/Default.aspx

女性選手と関係者のためのワークショップなどを開催しています。サイト内検索で「MAN」と検索してください。

NPO法人 バレーボール・モントリオール会

http://montreal.sports.coocan.jp

宮嶋さんが理事を務める1976年モントリオール五輪女子バレーボール日本代表選手を中心に結成。女性のスポーツ環境を変えるために「女性スポーツ勉強会」等を開催しています。「モン・スポ」で検索してください。

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