東京都人権啓発センター

TOKYO人権 第70号(平成28年5月31日発行)

インタビュー

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学校に行く以外の道もあるんだよ 子ども一人ひとりに合った多様な教育機会を

“登校拒否”が社会問題となった1980年代から30年以上にわたってこの問題に取り組んできた奥地圭子さんは、不登校の子どもたちが安心して育ち、学ぶことができるよう、さまざまな支援活動をおこなっています。その奥地さん自身もお子さんが不登校となった経験があります。「学校に行くのは当然」だという固定観念からなかなか抜け出せず、そのことが子どもを苦しめていたことに気付けなかったのだといいます。既存の学校制度を否定するのではなく、学校以外でも子どもたちがそれぞれの個性に合った教育を受けられるよう、社会を変えていきたい。そう考えている奥地さんに、お話を伺いました。

PROFILE

顔写真:奥地圭子さん

奥地 おくち 圭子 けいこ さん
NPO法人東京シューレ 理事長
東京シューレ葛飾中学校 校長

1941年東京生まれ、広島育ち。NPO法人東京シューレ 理事長、東京シューレ葛飾中学校 校長。1963年より22年間、公立小学校の学校教員を勤めた。わが子の不登校経験から、子どもに寄り添った教育とは何かを模索。1985年に不登校の子どもたちの学びの場として、フリースクール「東京シューレ」を開設した。親の学び合いやフリースクール同士の全国的なつながりを図る等、さまざまな不登校支援活動もおこなう。現在は子どもに合わせた多様な教育機会を保障する新法の成立に向けて精力的に活動している。この他、「NPO法人不登校を考える全国ネットワーク」代表理事、「NPO法人全国不登校新聞社」代表理事、「NPO法人フリースクール全国ネットワーク」代表理事、文部科学省「フリースクール等に関する検討会議」委員、東京都「不登校・中途退学対策検討委員会」委員等を務める。著書に、『僕は僕でよかったんだ』、『子どもをいちばん大切にする学校』(いずれも、東京シューレ出版)ほか多数。

どうして不登校の問題に関わるようになったのですか?

 1978年頃のことです。私の息子が不登校になりました。当時は「登校拒否」と言っていましたね。息子は、転校先の小学校でいじめや教員不信などが重なり、朝になると頭痛や腹痛が起きるといった身体症状が出て登校が困難になっていました。でも、「行きたくない」とは言いませんでした。それは親の私が「子どもは学校に行かなくてはならない」という固定観念を持っており、息子もそれを肌で感じていたからでしょう。

 やがて、息子は拒食症になってしまい、どんどん痩せ細っていきました。その頃が親として一番つらかったです。当時、私は学校教員をしていて、世間体を気にして、息子には学校に行ってほしかった。教師なのに実の子どももまともに育てられないなんて、失格だと悩みました。最初は病気だと思っていたので、いくつもの病院に行ったのですが、医者ごとに診断が違うのです。不登校の子を持つ親御さんがよく「どこに出口があるのかわからない『真っ暗なトンネルの中』のようだ」と言うのだけど、まさにそんな状態でした。

 息子が拒食症になって3カ月が過ぎた頃、国立精神・神経センター国府台病院(当時)の児童精神科医長・渡辺 位(わたなべたかし)先生に出会いました。渡辺先生は当時では珍しく、子どもの立場からものごとを観る方でした。不登校の原因が親や子ども自身にあるのではなく、子どもが危機的な状況から自分を守るための必然的な行動だと考えておられました。そんな渡辺先生と診察室で話した息子は「お母さん、僕は僕でよかったんだね」と晴れ晴れとした声で言い、拒食症も嘘のように治ってしまいました。

 それではっとしました。私も夫も、なんとか息子を早く元気にして、学校に行けるようにしようと思っていました。でもそれは、息子に「こんな自分ではダメだ」と思わせていたのです。そこから考え方が変わりました。「学校は子どものためのもの。子どもが苦しいと思うのなら行く意味は無い」って。私自身も教師の立場で、納得しがたい学校の現状を、もっと子どもたちにとって良いものに変えていきたいと、いつも思い悩んでいました。そのことと不登校問題の根が一緒だと気づいたんです。

その後、教師を辞め、フリースクールを開設したんですね。

 不登校の子どもたちにも、安心できる居場所、学び育つ場が必要です。それで、学校以外にそういう場を作ろうと、たくさんの方々の協力を得て、1985年にフリースクール「東京シューレ」を開設しました。既存の学校の原理・原則とは違って、子どもと共に新しく創る必要がありました。学校に行かない子たちが求めたのは「自由・自治・個人の尊重」であり、それは、その後よく交流することになる世界のフリースクールの理念とも共通するものでした。子どもを中心にし、子どもの自己決定権を尊重することを理念にしましたから、フリースクールに通うかどうかは、子ども本人の希望が第一条件になります。その上で、学習計画や活動内容など、なんでも子どもたちと大人のスタッフたちとで話し合って決めています。2012年には、フリースクールで学びながら高卒資格が取れるコースも整備しました。私たちのところから、在宅支援部門も含めこれまでに約3,000人の子どもたちが巣立っていきました。大学に進学した子、芸術家になった子、自分で企業を立ち上げた子等、その進路はさまざまです。

 そして2007年4月に、不登校の子どもたちを対象に「東京シューレ葛飾中学校」を開校しました。一般的な中学校よりも授業時間数がちょっと少な目で、余裕をもって学べるようにしています。基本的な理念はフリースクールと同じです。「なぜ、わざわざ学校をつくったの?」とよく聞かれます。それは、フリースクールの良いところを活かして公教育を変えたいと思ったからです。そもそも学校も教育制度も「子どもの学ぶ権利」に応えるためにあるのですから、もっと子ども中心になるよう変えていくべきだと思うのです。

写真:奥地さん、インタビュー風景

撮影/細谷 聡

 日本国憲法第26条に謳われている「教育を受ける権利」を実行するための法律が、今は「学校教育法」しかありません。フリースクールはそれに当てはまらないので、正規の教育機関として認められていないのです。フリースクールの子どもたちは、実際はもとの学校に通っていないのに、そこを卒業したことになり、フリースクールを卒業したとは認めてもらえません。一般の学校に対してなされる公的な助成は、フリースクールには与えられていません。博物館など、学校だと認められる学割も使えません。その点、東京シューレ葛飾中学校は学校教育法第1条の要件を満たす学校ですから、それらの問題がクリアされています。

 でもこれらのことが、フリースクールが劣っているということを意味するわけではありません。一番の問題は、学校を中心とした教育制度と現実の子どもとの間にミスマッチが起きていること。それに社会全体がきちんと向き合おうとしていないことです。学校とは合わなくても、別の方法なら自分の力を発揮できる子どもはたくさんいます。子どもは一人ひとり違った存在です。その子どもの個性や状況に合う、本人が望む方法を選ぶことができるようにする必要があるのです。

 「登校拒否」とか「不登校」という言い方は、そもそも、登校することを前提としている点でおかしいと思います。学校やフリースクール等に通うのではない、家で学ぶ「ホームエデュケーション」という選択肢もあるのです。ただ、今の日本の制度では、一律子どもは学校に通うことにしているだけです。それに合っていないのはダメだと思いがちですけど、でも、人間が作った制度なんだから「別のやり方だってあるんじゃない?」と少し考えてみてほしい。私はそれを「靴と足の関係に似ている」と思っています。靴が合わなくて足が痛くなるときには、足に合う靴を探しますよね。靴に合わないからといって、足の方がダメだとは思いませんよね。それと同じで、大事なのは子どもの方なのだから、枠や制度が合わなかったらそっちの方を子どもたちの現状に合わせて変えればいい。「他の人たちと同じようにしないからダメだ」と、子どもの方を否定するのは間違いです。

子どもが不登校になったら、どうすればよいでしょうか?

写真:校内で説明する奥地さん

子どもたちが作った精巧な校舎の模型を前に。
「子どもたちを尊重し、その自主性に任せていると、大人がびっくりするような素敵な姿を見せてくれるんです」。
撮影/細谷 聡

 親御さんは「学校に行かないと一人前になれない」と心配するけれど、「何が何でも学校に行かせなくては」と思うのはちょっとやめてみてください。「うちの子には学校は合わないのかな」とか、「学校でつらい目に遭っていたら行く気になれないだろうな」と、お子さんの気持ちを受けとめてほしいのです。親に理解されないのは子どもにとって本当につらいことです。

 子どもの気持ちを親が受けとめずに、どうにかしようなんて無理です。子どもも安心できないとなかなか本心を言わない。上辺だけ理解したふりをしていても、心の中で「いつになったら学校に行くんだろう」などと思っていると、子どもにはすぐにわかります。それでは、子どもは学校を休んでいても「学校に行けない自分はダメだ」と自己否定感や不安でいっぱいになり、休息できません。親が良き理解者として子どもの気持ちを尊重し受け入れれば、子どもは自然に以前のように生き生きとして、健やかに育つものなんです。私の息子も、その後大検をとり、大学院卒業後科学者になり、今では子を持つ親になりましたよ。

 大人は、ついつい学校を軸にして教育を考えがちです。当たり前のように子どもは学校に行くものだと思っています。私もそうでした。だから、子どもの不登校を受け入れるというのは、それまでの価値観を変えることになるのでなかなか難しい。私もずいぶん悩みましたので、その気持ちはよくわかります。今は不登校の子をもつ親の会などで多様な価値観を親自身が学ぶことができるようになりました。以前とは違って、いろいろな情報を簡単に手に入れられます。

 「子どもに甘すぎる」という意見もよくきかれますが、子ども中心の教育にすることで、子どもたちは安心して自分の力を発揮して伸びていくし、人とのコミュニケーションもうまくできるようになる。そういう経験をすることで、社会につながることができるようになります。それから、「フリースクールは自由だから子どもがわがままになる」と勘違いしている人がいますが、逆なんです。子どもたちを縛り付け過ぎるから、荒れるんです。「自由」は「自らに由る」って書くでしょ。フリースクールでは、なにごとも子どもの意志を尊重するので、ストレスがあまりたまらないから、荒れる必要なんて無いんです。

最後に子どもたちへのメッセージをお願いします。

 子どもたちには「学校に行くのが苦しくなったら、休んでいいんだよ」と言いたいですね。だけど、ただ休んでいるだけだと、安心できないかもしれません。「また学校に戻らないといけない」とか、「自分だけ勉強が遅れていてどうしよう」とか、いろいろな不安が出てくると思います。だからもう一つ、「学校以外にもいろんな道があるんだよ」ということを知ってほしい。「学校へは絶対に行かなくてはいけない」って考えているとつらくなり、「もう死にたい」って思うかもしれない。でも、そういうふうに考えないでいい。学校は、休んでもいいんですよ。

インタビュー/鎌田 晋明(東京都人権啓発センター 専門員)
編集/脇田 真也
取材会場/東京シューレ葛飾中学校

冊子表紙

『フリースクールが「教育」を変える』
奥地圭子 著
東京シューレ出版 刊

フリースクール「東京シューレ」
外部サイトへ移動しますhttp://www.shure.or.jp/
東京シューレ葛飾中学校
外部サイトへ移動しますhttp://shuregakuen.ed.jp/

第9回JDEC(日本フリースクール大会)

「多様な教育機会確保法」についてのパネルディスカッションや、テーマ別分科会など、多様なプログラムでいっぱいの2日間です。

登校拒否・不登校を考える夏の全国合宿2016in宮城

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