東京都人権啓発センター

TOKYO人権 第69号(平成28年2月29日発行)

インタビュー

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ハードだけでなくハートのバリアフリーも進んだ国にする

22歳のときに、進行性の筋疾患「 遠位型 えんいがた ミオパチー」と診断された織田友理子さん。日本国内の患者数はわずか数百人程度という非常に珍しい病気で、治療法も未だ確立されていません。織田さんは、病気が進行し身体が不自由になっていく中、結婚・出産を経験しました。この病気の指定難病獲得に取り組んだり、車椅子ユーザーであるご自身の視点からレポートした各地のバリアフリー情報を YouTube ユーチューブ で発信するなど、精力的に活動しています。そんな織田さんに、障害者がもっと社会参加できるようにするために必要なこととは何か、お聞きしました。

PROFILE

顔写真:織田友理子さん

織田 おだ 友理子 ゆりこ さん
(NPO法人PADM(遠位型ミオパチー患者会) 代表 車椅子ウォーカー 代表)

1980年生まれ。創価大学経済学部卒。NPO法人PADM(遠位型ミオパチー患者会)代表。2002年、22歳のとき進行性の筋疾患「遠位型ミオパチー」と診断を受ける。2005年、結婚し翌年に男児を出産。これ以降、車椅子生活となる。2008年、PADM発足に運営委員として携わる(2015年より代表)。2010年、公益財団法人ダスキン愛の輪基金の障害者留学支援制度により、半年間にわたりデンマークで当事者運動について学ぶ。2014年、バリアフリー旅行情報を発信する動画サイト「車椅子ウォーカー」を個人で開設。2015年3月、PADMの「みんなでつくるバリアフリーマップ」がGoogleインパクトチャレンジのグランプリを受賞。福祉社会の構築に向けて国内外で講演活動など多忙な毎日を送る。DVD教材に『Walker 「私」の道』(株式会社ブロックス 企画・制作)、著書に『心さえ負けなければ、大丈夫』『ひとりじゃないから、大丈夫。』(いずれも鳳書院刊)がある。

「遠位型ミオパチー」とは、どういう病気ですか。

 「ミオパチー」とは、筋肉が萎縮する病気の総称です。「遠位型」は、心臓から遠い部位から症状が始まるという意味で、手足から他の部分へ症状が進みます。発症から10年くらいで車椅子生活になるといわれています。命に別状はないのですが、症状が進むと寝たきりの生活になります。20代から30代で発症することが多く、私は大学生のときに症状が出始めました。最初は友達と同じ早さで歩くことができなくなり、大学に入学するころには毎日転ぶようになりました。手の指に力が入らず、ペットボトルのふたも開けられなくなりました。2002年、大学4年生のときに、家族に促されて初めて病院へ行き、そこで遠位型ミオパチーだと診断されました。医師から「患者数は数百人くらいしかいない超希少疾しっ病ぺいで、国の指定難病にもなっていないし、治療法もまだ無い」と知らされました。それでも、そのときは「病は気から」だなんて本気で思っていて(笑)、公認会計士の試験に向けて、前向きに努力していましたね。しかし、字を書くのも、電卓をたたくのも日に日に難しくなって、受験会場に行くのもやっとの状態に。何度もチャレンジしましたが受かりませんでした。自分の未来が病気に左右されてしまうことが悔しく、とても落ち込みました。

難病と闘いながら、結婚し、出産されましたね。

 夫の洋一(よういち)と出会ったのは大学1年生のとき。まもなくして付き合い始めましたが、病気が分かったときに、私から別れを切り出しました。私の病気のせいで彼の将来を台無しにしてしまうのではないかと心配だったんです。その後も事あるごとに別れようとしましたが、いつも彼は「別れない」の一点張り。でも、2005年に主治医から「病気が進行すると出産や育児が難しくなる」と言われ、今度こそ別れなければと思いました。泣きながら話しましたが、彼は冷静に「じゃあ、結婚するなら今だね」って。私も頑固ですが、彼もかなり頑固です(笑)。その後すぐに私たちは結婚し、2006年8月に長男の栄一(えいいち)を出産しました。

 今、彼は私の日常のすべてのサポートを引き受けてくれています。活動においても重要なパートナーで、彼がいなくては今のようには働けなかったでしょう。私だったらこんなに献身的になれないなあと思う。だから、彼には感謝してもしきれないくらいです。

症状が進行していく過程で、何を感じましたか。

写真:織田友理子さん

撮影/細谷 聡

 いつかは車椅子生活になると分かっていても、自分が障害者になることは受け入れられませんでした。だから、病気だと診断された後も障害者としての自覚はありませんでした。でも、2010 年にデンマークへ留学し、当事者運動の研究を通して「健常者とは異なる不便や困難の解決・改善に取り組むには“障害者としての自覚”が必要」だと気付いたんです。それで、私は「自分は障害者なんだ」と思えるようになりました。

 事故などである日突然に車椅子利用者になる方とは異なり、私の場合は、障害が少しずつ進んでいきます。その段階ごとに、健常者のときには想像すらできなかったさまざまなことに気づくことができるんですね。だから私は、経験すべてが財産だと思うし、健常者と障害者、両方の経験を持つのは、私ならではの強みだと思っています。

 ただ、障害のある人たちが「自分は障害者だ」と強く自覚をしなくては生きられない社会というのは、それだけ不便や困難があることを意味していると思うのです。将来的には、たとえ障害があっても、それを意識せずとも普通に生活ができる社会になってほしいですね。だから、障害者と健常者を分けることは、本質的には間違いなのだと思っています。

患者会の立ち上げに加わったのはどうしてですか。

 最初は「患者会は、同じ病気の人たちが慰めあうための場所」という思い込みがありました。「私は一人で大丈夫だから、そんな場所は必要ない」と思っていたんです。でも、どんなに毎日が充実していても、日々生活していく中で疑問はたくさん湧き起こります。「自分の今の病状に最適な福祉機器は?」とか「車椅子のリフト導入のために福祉制度を利用するには、どんな手続きが必要?」とか。その答えを得るには、同じ境遇にある他の人たちの存在はとても大きいと知りました。進行性の病気だと「この先、どうなるのだろう」と漠然とした不安にも陥りがちですが、他の人たちがいろいろな経験を話してくださり、不安が和らぐこともあります。それで私は、遠位型ミオパチー患者会 PADM パダム (Patients Association for Distal Myopathies)の発足に関わることにしました。

 自分たちに必要なことを地道に進めようとの思いから、まずはインターネットを通じて知り合った同じ病気の方たちと一緒に全国で街頭署名を始めました。204万を超える署名を集めることができ、これが強力な後押しとなって2015年1月に遠位型ミオパチーは「指定難病」となり、国の医療費助成を受けることができるようになりました。一方、治療薬開発の可能性が見えてきたので、PADMではシンポジウムを開催したり、採算面で難しい希少疾病のための新薬開発に取り組んでくださる製薬会社を探すなどしてきました。また、治験の被験者としても会員が協力しています。薬ができるまでには、まだ時間と 莫大 ばくだい な開発費が必要ですが、諦めずに続けていこうと思っています。

PADM が受賞したコンテストについて聞かせてください。

写真:織田友理子さん

撮影/細谷 聡

 「 Google グーグル インパクトチャレンジ」は、インターネット検索サイト大手のGoogle社による、テクノロジーを活用した社会貢献のアイデアコンテストです。

 PADMは、世界中の車椅子ユーザーが訪れた場所の情報をスマートフォンで収集し、当事者の投稿でバリアフリー地図を作っていくという「みんなでつくるバリアフリーマップ」というアイデアを応募しました。嬉しいことに2015年の3月にグランプリをいただいて、今、少しずつ実現に近づいているところです。

 アイデアの背景には、2014年1月から私が個人的に運営している動画サイト「車椅子ウォーカー」があります。障害者でも外出や旅行を楽しみたい気持ちは健常者と変わりません。でも、車椅子だと行った先がバリアフリーになっているかどうか心配です。そこで、私が国内外のいろいろな場所を訪ね、そのときの様子を動画で発信しているんです。新幹線や飛行機、船への乗り降り、回転寿司やいちご狩り、川下りなど、車椅子では行くのが難しそうな、でも実際に行って楽しむことができた様子を動画サイトで見ることができます。「車椅子でもいろんなところに行けるし、こんなに楽しめるよ!」という情報をみんなが個々に持っています。それらを一つの地図アプリに集約して、みんなで共有できたらいいなと思ったのがきっかけです。

2016 年4 月から「障害者差別解消法」が施行されますね。

 障害のある人たちが他の人たちと同じように社会へ出ていく、ということを阻んでいるさまざまな障壁があります。それを取り除くためには、社会全体で取り組まなくてはいけないという法的な裏付けができたのだと思います。だから、法律ができたこと自体は、大きな進歩だと思います。この法律には「合理的配慮」についても述べられています。しかし私は、「法律だから」ではなく、困っている人に対して必要な手助けが自然にできる社会になってほしいと思っています。

 海外ではテレビドラマなどに車椅子ユーザーが登場するのは決して珍しくないし、それに対して特別な反応をする人もいません。街なかでもみんな普通に接してくれます。でも日本では、みんなが障害者に慣れていないせいで、意識の壁があるように感じるんです。子供のころから障害者に接していれば、自然に手助けできるようになると思います。海外でとても感じることですが、日本のバリアフリートイレはすごく充実しています。ハード(設備)のバリアフリーは世界に誇れるほど素晴らしいのだから、ハート(心)も世界水準になったらいいなと思います。

今後の抱負を聞かせてください。

 2016年春に「みんなでつくるバリアフリーマップ」の試用版ができる予定です。モニターのみなさんに協力してもらい、早く実用版を完成させたいですね。

 「車椅子ウォーカー」は、撮影も編集もボランティアさん頼みの状態なので、将来的には仕事として成り立たせたいと思っています。今は、私の体験記ばかりですが、いずれは他の車椅子ユーザーさんたちにもレポートをお願いしたいです。「オリンピック・パラリンピック開催地の車椅子ユーザーが、現地の情報を発信するシリーズなんかがあると楽しいね」と、夫と話しながら構想を膨らませています(笑)。

 生きていれば誰だって、何かしらの困難に直面したり、悩んだりすると思うんです。私の場合、車椅子ユーザーだから困難が可視化されているだけ。これからも、今の自分だからこそできること、私の役割は何かを探して、私らしく人生を送りたいと思っています。

インタビュー/鎌田 晋明(東京都人権啓発センター 専門員)
編集/那須 桂
取材会場/eggcellent 六本木店

冊子表紙

『ひとりじゃないから、大丈夫。』
織田友理子 著
鳳書院 刊

ジャケット

DVD『Walker「私」の道』
(株)ブロックス 発売
(注)このDVDの収益はPADMに寄付されます。

NPO法人PADM(遠位型ミオパチー患者会)
外部サイトへ移動しますhttp://enigata.com/
車椅子ウォーカー
外部サイトへ移動しますhttp://www.oda-y.com/

PADMロゴ
車椅子ウォーカーのマーク

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