東京都人権啓発センター

TOKYO人権 第69号(平成28年2月29日発行)

特集

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障害者差別解消法を読み解く 社会に求められる合理的配慮とは

障害に基づく差別を禁止して、障害のある人とない人との平等な機会を保障するために「障害者差別解消法」(注1)は2013年6月に成立しました。この法律の成立に伴い日本は「障害者権利条約」(注2)を批准しました。ガイドラインの整備などの準備期間を経ていよいよ今年4月から施行されるこの法律の内容をご紹介します。

Nothing About Us Without Us! 私たち抜きに私たちのことを決めないで

 障害に基づく差別をなくし、障害者も社会の一員として尊厳をもった生活を実現することを目的とした障害者権利条約は、2006年12月に国連総会で採択されました。この障害者に関する初の国際条約の審議には、各国の政府だけでなく、民間の障害者団体にも参加と発言が認められました。議場で繰り返されたのは、当事者による「私たち抜きに私たちのことを決めないで」との言葉でした。審議をたびたび傍聴した、NPO法人日本障害者協議会代表で全盲の 藤井克徳 ふじいかつのり さんは、次のように振り返ります。「まるで議場の壁に染み入るように、この言葉は印象的に響きました。審議の終盤には、政府関係者も、この言葉を引用するようになったのです」。

 当事者の参加によって生みだされた条約全体を貫いているのは平等の実現という考えです。それを象徴するのが「他の者との平等を基礎として」というフレーズです。25項目の前文と50条から成る条約の中で35回使われているこのフレーズの意義を藤井さんは次のように言います。「条約は、障害者のための特別な新しい権利を うた っているわけではないのです。障害者の暮らしを健常者と同じレベルにしましょうと訴えているのです。つまり、障害者の権利が奪われている今の社会に対するイエローカードなのです」。

条約の実質的な批准を求めて

 日本政府は当初、2009年に条約を批准するための閣議決定を行う方針でしたが、多くの障害者団体は批准前に、不十分な国内法の整備を求めました。既存の法律が条約の求める水準より下回っている現状では、条約が十分に活かされないためです。例えば、障害者を差別してはならないことは障害者基本法で基本理念としては明記されていましたが、その具体的な方法を定めた法律がありませんでした。障害者団体の主張を受け入れた政府は批准を見送り、「障がい者制度改革推進本部」を設置し、制度改革に着手します。その議論には条約の成立過程と同様に、多くの当事者が参加しました。

 そして、障害者基本法をはじめ各種障害関連法が成立、改正され、2013年に障害者差別解消法が成立しました。藤井さんは法整備に当事者として中心的に関わる中で、次のように感じたそうです。「これまでの障害者政策は“あてがいぶち”のような、どこか当事者不在の感が否めませんでした。しかし、今回は一味違います。当事者による積極的な参加のもとで生み出されたため、当事者自身が法律に愛着を持ち、成熟したものに育てようとの責任感を持つことができるのです」。

障害とは何か。障害者とは誰か。 ─「障害の社会モデル」

 障害者権利条約で採用され、障害者差別解消法でも基本におかれている障害の捉え方に「障害の社会モデル」があります。

 これまで「障害」とは、目が見えない、耳が聞こえないなど、身体や精神、知的な面の機能障害によって生じる問題と捉えられてきました。従って治療やリハビリなどによって解決すべき、個人の問題だとみなされてきました。この考え方を「医学モデル」と言います。それに対して、そうした個人の機能障害によって教育を受けられなかったり、働けなかったり、社会活動に参加できないのは、個人の機能障害を考慮しない“社会のしくみ”に原因があり、そうした社会との間で生じる様々な障壁によって「障害」が重くもなれば軽くもなるという考え方を「社会モデル」といいます。つまり、社会モデルの考え方を踏まえれば、障害者とは、「障害者手帳」を持っている人に限られないことになります。

 藤井さんは次のような具体例をあげます。「全盲の私にとって視覚障害は機能障害ですが、社会生活で“障害”となるのは、情報の的確な入手や、移動の自由が制限されることです。ですから、読み上げ機能が付いたパソコンや時計を使用したり、移動時に人のサポートを受けられれば、社会生活の質は格段に改善します。政策や人の支援により社会的障壁は解消できると考えるのが社会モデルです」。

障害者差別解消法が禁止する二種類の差別

顔写真

藤井克徳さん

 藤井さんは、法律によって差別かどうかを判断する規範ができたことに意義があると語ります。「この法律が裁判や社会生活の様々な場面における判断や教育のよりどころとなるというわけです。これでようやく条約を受け入れる基盤ができたのです。“形式的”ではなく“実質的な批准”を求めた結果、条約批准は遅れましたが、決して無駄な時間ではなかったと思います」。法律の成立を受けて、日本は2014年1月、障害者権利条約を批准しました。

 この法律は、第一に、障害を理由とする不当な差別的取り扱いを禁止し、第二に社会的障壁を取り除くための合理的な配慮を提供しないことは差別であると定めています。第一の不当な差別的取り扱いとは、例えば聴覚障害者が病院へ行ったら「筆談の時間がとれない」という理由で受診を断られるケースや、車イスや盲導犬といった、機能障害を直接的な理由としないけれども障害に関連する理由によってサービスの提供を拒否するケースなどです。こうした区別、排除、制限は誰が見ても正当でやむを得ない場合を除き、不当な差別であり禁止されます。

「合理的配慮」とは何か

 それでは第二の合理的配慮とはどのようなものでしょうか。それは当事者から社会的障壁の除去を求める意思の表明があった場合に、過重な負担が生じない範囲でその個人に対して行う支援を指します。

 藤井さんは、障害者への支援を三段の重箱にたとえます。一段目はエレベーターやエスカレーターなど、すべての人にとって有益なユニバーサルデザイン。二段目は、点字や、車いす利用者向けの低い券売機など、障害者のための一般施策。そして三段目が合理的配慮です。「一口に障害といっても障害の状態や性別、年齢、成育歴などによって個々のニーズは異なります。同じ全盲でも私のような中途失明の場合と先天的な場合では、必要な支援は異なるのです。個々のニーズを考慮して個別に対応を変更・調整したりサービスの提供を行うことで平等な機会を保障するのです」(藤井さん)。知的障害がある人にルビをふった分かりやすい言葉で書かれた資料を提供する、順番を待つことが苦手な障害者に対して周囲の理解を得た上で、手続き順を入れ替える、聴覚障害者との会議には手話通訳を入れるなどが合理的配慮の例です。

 法律では国の行政機関や地方公共団体などには、この合理的配慮の提供が義務化されましたが、民間事業者に対しては努力義務とされました。藤井さんは「もともとは全て義務化する“差別禁止法”を求めていました。ですから現状では条約を完全に履行するものになっていない」と課題を指摘します。

 さらに、差別を原因とする相談や紛争の防止、解決を行う専門機関の設置を障害者団体は求めましたが、「予算の制限などを理由に見送られました。当面は既存の相談機関などが代行することになりますが、専任者の配置や稼働時間など、どこまで充実できるかは不透明です」。また、地域の実情に応じた支援を実施するための障害者差別解消支援地域協議会の設置は、「自治体に対して法律を実質化させるための仕掛けでしたが、これも努力義務となりました。しかし千葉県をはじめいくつかの自治体では独自の条例によってこうした課題を解決していく動きがあります」(藤井さん)。

条約や法律への理解を広げるために

 藤井さんは「差別と同じくらい怖いのは『無関心』」と警鐘を鳴らします。「路上で困っている障害者がいたら声をかけてみるなど、できることからで構いません。障害のある人との接点が増えれば、理解も広がっていくでしょう。そして、まだ完全とはいえない法律も充実したものへと育ち、いずれ花開くはずです」。

 法律は、国や地方公共団体に対して差別解消をすすめるための啓発を行うことを求めています。行政と民間が一体となり、多くの人に情報を届けるような政策が欠かせません。

 障害のある人が暮らしやすい社会は、誰もが暮らしやすい社会なのです。私たちは障害者権利条約と障害者差別解消法を、誰もが平等に安心して暮らすことのできる社会づくりのための新たなスタート地点にしなければならないといえるでしょう。

インタビュー/林 勝一(東京都人権啓発センター 専門員)
編集/小松 亜子

(注1)「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」

(注2)「障害者の権利に関する条約」

NPO法人日本障害者協議会
外部サイトへ移動しますhttp://www.jdnet.gr.jp/
冊子表紙

『えほん 障害者権利条約』
ふじい かつのり 作
里 圭 絵
汐文社 刊

冊子表紙

『障害者差別解消法ってなに?』
日本障害フォーラム(JDF)刊

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