東京都人権啓発センター

TOKYO人権 第68号(平成27年11月20日発行)

インタビュー

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マタハラは人権問題かつ経済問題 多様な働き方を認めればダイバーシティが進んだ国になる

妊娠・出産に理解のない職場での嫌がらせ、いわゆるマタニティ・ハラスメント(以下、マタハラ)に悩んだことを機に、仲間とともにNPOを立ち上げ、被害者支援に尽力してきた小酒部さやかさん。その功績が認められ、2015年3月に、米国国務省が表彰する『世界の勇気ある女性賞』を日本人として初めて受賞しました。そんな小酒部さんに、マタハラの実態やマタハラを未然に防ぐためのヒント、そして、これからの社会や企業に必要なことなどについてお話しいただきました。

PROFILE

顔写真:小酒部さやかさん

小酒部 おさかべ さやかさん
(NPO法人マタニティハラスメント対策ネットワーク 通称:マタハラNet 代表理事)

多摩美術大学美術学部グラフィックデザイン学科を卒業後、アートディレクターとして商品開発、平面広告、パッケージデザイン、CF制作に従事。その後、契約社員として転職した会社で、マタニティ・ハラスメントの被害に遭う。この時の経験をもとに、2014年7月、NPO法人マタニティハラスメント対策ネットワークを仲間とともに設立し、現在、代表理事を務める。2015年、「どうしたら日本の職場が女性と家族に配慮するかについて、国民的な議論を巻き起こした」ことが評価され、米国国務省が、女性の地位向上などへ貢献した世界各地の新たな女性指導者たちをたたえるために創設した「世界の勇気ある女性賞」を、日本人として初めて受賞した。

小酒部さんはどのようなマタハラ被害に遭われたのですか?

 私にとって「仕事」は、お金を稼ぐ手段であると同時に、自己実現の手段であり、自己肯定感を高めてくれる大切なものです。仕事も子育ても人生の一部分ですから、どちらか一方なんて選べません。だから、妊娠して子供を産んでも、仕事を続けていきたいと思っていました。

 初めての妊娠が分かったとき、私一人がその仕事を任されていたせいで「迷惑はかけられない」という気持ちから、体調が悪くても職場では何も言わず、無理して出社していたんです。その後、産科医に安静にするよう言われ仕事を休みましたが、結局は流産してしまいました。

 しばらくして2度目の妊娠が分かりました。新しく宿った命を今度こそ大切にしたかったから、すぐに上司に報告しました。私が休むことになったとしても支障が無いよう、仕事の情報を共有してほしいと頼んだのですが、上司は全く取り合ってくれませんでした。痛みがあったので病院へ行くと、流産の危険があるとの診断。自宅安静を余儀なくされ、再び会社を休むことになったんです。上司が私の仕事を引き継ぐことになったので、自宅で安静にしつつ、できる限り上司からの問い合わせにも対応していたのですが、何日かして上司が自宅へやって来て、4時間にもわたる退職強要を受けました。一見、私やお腹の子供を気遣ってくれているかのように見せかけていましたが、そうでなったことは、後になってよくわかりました。休んでいると辞めさせられてしまうかもしれないと心配になり、無理して出勤することにしたのですが、その1週間後に2度目の流産をしました。悲しくて悲しくて、私は病院のベッドでずっと泣いていました。

写真:小酒部 さやかさん

撮影/細谷 聡

 その後、私は担当していた仕事を一方的に降ろされた上に、4人の上司から、さまざまな暴言を浴びて、退職を迫られたのです。2回も流産した上に、やりがいを感じていた仕事まで奪われることになって、私は悔しくて泣くしかありませんでした。けれども、夫が「仕事を辞めるのは別にかまわない。でも、この状況に一石投じよう」と背中を押してくれたんです。

 労働局に相談したり、経緯報告書を作成したり、会社との話し合いを録音したりして、交渉に備えましたが、会社側はけっして非を認めませんでした。それで、藁をも縋がる思いで「日本労働弁護団」のホットラインに電話をかけたんです。2人の弁護士が私についてくださることになり、地方裁判所に労働審判の申立をしましたが、会社からの答弁書は嘘だらけで納得できるものではありませんでした。しかし最終的には、私の要求がほぼ盛り込まれた調停案で解決することができました。

マタハラNet を立ち上げようと思ったのはなぜですか?

 今も多くの女性たちが、妊娠・出産を契機に、不当に仕事を辞めさせられ、泣き寝入りしています。

 育児・介護休業法では、契約社員であっても育児・介護休業規定上に時短勤務は認められているし、男女雇用機会均等法では、妊娠を理由とした退職勧告は禁止されていますが、私のケースでも、会社は法律を無視していました。会社と闘っているとき、「ほかの被害者たちはどうしているんだろう?」と思い、ネットで検索してみましたが、何もマタハラの情報を見つけることはできませんでした。とても孤独で辛かったです…。それが、後にNPOを立ち上げようと思った理由です。

 弁護士を通じて、他のマタハラ被害者たちと初めて出会うことができ、NPOを立ち上げて他の被害者を支援するようになってからは、同じ悩みを共有している多くの人たちと話をすることで私は元気づけられ、癒されていきました。だから、仲間とつながって一番救われたのは、他の誰でもない私自身だったと思います。

マタハラ解決の社会的なメリットとは?

写真:小酒部 さやかさん

撮影/細谷 聡

 マタハラは「働き方の違いに対するハラスメント」ですから、人権問題であるだけでなく、労働問題でもあり、企業の経営に直結する経済問題でもあるんです。

 これから先、人材の確保がいっそう難しくなっていくと言われていますが、多様な働き方を認めていかないと、企業も社会も経営が立ち行かなくなるでしょう。なぜなら、マタハラが横行する状況では、当然、パタニティ・ハラスメント(男性の育児休暇取得を阻むハラスメント)だけでなく、ケア・ハラスメント(介護休暇取得を阻むハラスメント)も起きるからです。団塊の世代が75歳以上の後期高齢者になる2025年に、日本は「大介護時代」を迎えます。彼らの子供である40〜50代の働き盛りの人たちが、両親の介護を担う時代に突入するのです。そのときに、多様な働き方が認められていなければ、大勢の人たちが介護離職に追い込まれることになります。今でも、年間に約10万人もの人たちが介護離職しています。介護離職は、「収入が無く、医療費がかかる」という“負のスパイラル”に直結しやすい状況ですから、こうしたことが蔓延するのは、社会にとっても非常に深刻な問題です。

 社員の多様な働き方を認めてマタハラを解決すれば、パタハラも解決し、企業は貴重な人材の流出を防ぐことができ、それがケアハラの解決につながれば、将来直面しうる社会問題を未然に防ぐこともできるのです。

「4つのマタハラ類型」の特徴を示した図。昭和の価値観押し付け型、いじめ型、パワハラ型、追い出し型の4つに分類される。

(注)セクハラ、パワハラと違い、「組織型」が多いのがマタハラの特徴
Copyright©2014 マタハラ Net - マタニティハラスメント対策ネットワーク - All Rights Reserved

『世界の勇気ある女性賞』を受賞したときのことを聞かせてください。

 私たちの活動が評価され、海外からも応援されていることをとてもうれしく思いました。けれど同時に、再びバッシングに遭うのではないかと不安にもなりました。マタハラNetを立ち上げたとき、応援や共感のメールをたくさんいただきましたが、「仕事も子どもも両方欲しがるなんて欲張りだ」とか「契約社員のくせに声をあげるなんて常識外れだ」といったバッシングも多かったんです。それに、日本のこの恥ずかしいほどお粗末な現状を、世界にさらすことになるのも、気がかりでした。

 でも、考えなおしたんです。2014年に世界経済フォーラム(WEF)が発表した社会進出における男女格差を示す指標「ジェンダーギャップ指数」で、日本は142か国中104位。これはやっぱりひどすぎる! だから、先進国の人は受賞しないというこの賞を、私があえて受賞することで、多くの人たちがこの問題に注目してくれて、日本がより良い国に変わる契機とすることができるなら、という期待を持って授賞式に臨むことにしました。

今後、どのような活動をしていきたいと考えていますか?

写真:小酒部 さやかさん

撮影/細谷 聡

 価値観の多様性と、それを認めることの大切さを、幼いうちから子どもたちにも教えていくことが必要だと思います。今の時代は、家庭環境もさまざまですから、働き方も多様であるのが当然ですし、そのどれが優れているわけでも劣っているわけでもないということを、皆が理解していくことが大切なのではないでしょうか。

 マタハラはハラスメントの全要素を含んでいるので、私は、マタハラの解決が、全てのハラスメントを解決することにつながると思っています。ハラスメントの加害者は、コミュニケーションの仕方を間違えていることに気づいていない人たちなので、マタハラ以外の場面でもハラスメントをしてしまう傾向にあります。加害者たちがマタハラの問題点を理解し、「こういう考えは相手を尊重していないことになるな」と少しずつ学んでいけば、セクハラやパワハラなど、他のハラスメントも減っていくだろうと思います。

 企業の皆さんには、多様な働き方の必要性を理解し、受け入れていただけるよう、企業向けの講演や研修などをしながら、働き方改革を推進していきたいです。

 また、社会貢献活動というものを、もっと広めていきたいですね。私は営利企業の社員からNPO法人の代表になりましたが、以前にも増して今の仕事にとてもやりがいを感じています。オフィスで働いてお給料をもらうのだけが仕事なのではなく、NPOなどの活動も社会にとって不可欠な仕事の一つなのだという考えが広まっていくといいなと思っています。

 そして、日本を、多様な人が多様な形で働くことを認める国、ダイバーシティの進んだ国にしていきたいと思っています。「ダイバーシティの進んだ国」なんて言うと、難しく聞こえるかもしれませんが、要は「思いやりにあふれた、皆が暮らしやすい国」ということ。それを実現するお手伝いをすることが、今の私の夢です。

インタビュー/鎌田 晋明(東京都人権啓発センター専門員)
編集/那須 桂

『マタハラ問題』(仮)
筑摩書房 刊/2016年1月出版予定
NPO法人 マタハラNet
ホームページ:外部サイトへ移動しますhttp://www.mataharanet.org/
メールアドレス:お問合せは上記マタハラNetのお問合せから

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