東京都人権啓発センター

TOKYO人権 第63号(平成26年8月29日発行)

対談

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優れた詩というのは自ずと『人権』をうたっているんですね

詩のみならず、絵本や翻訳、作詞など、幅広い作品を手掛ける谷川俊太郎さん。若いころに影響を受けた人物の一人に金素雲(キム・ソウン)さんという韓国の詩人がいるそうです。現在シンガーソングライターとして日本で活躍する沢知恵さんは、その金素雲さんの孫娘。そんな不思議な縁でつながった二人に、詩と歌を軸にしながら、「人権」をテーマに対談をしていただきました。

PROFILE

谷川 たにかわ 俊太郎 しゅんたろう さん

写真:谷川 俊太郎さん

1931年、東京生まれ。1952年、『二十億光年の孤独』でデビュー。1962年『月火水木金土日のうた』で第4回日本レコード大賞作詞賞、1975年『マザー・グースのうた』で日本翻訳文化賞、1982年『日々の地図』で第34回 読売文学賞、1993年『世間知ラズ』で第1回 萩原朔太郎賞、ほか受賞・著書多数。

さわ 知恵 ともえ さん

写真:沢 知恵さん

1971年、神奈川県生まれ。1991年、東京芸術大学楽理科在学中に歌手デビュー。現在までに〈かかわらなければ〜塔 和子をうたう〉など25枚のアルバムCDを発表。第40回日本レコード大賞アジア音楽賞受賞。代表曲の『こころ』は、多くの歌手にカバーされている。通常の公演のほか、ハンセン病療養所、災害被災地、少年院などでも精力的に活動。

『朝のリレー』で「日本語って素敵!」と思いました(沢)

写真:谷川さん、沢さん

 谷川さんが、私の母方の祖父である金素雲(注1)の詩を読み、影響を受けていたことを知ったときは、とても驚いたし、うれしかったです。

谷川 僕が子供向けの詩を書き始めたころ、海外の作品を参考にするなかで、ふとアジアの作品でも何かないかと思って出会ったのが金素雲さんの作品だった。人の縁はおもしろいね。

 本当ですね。私は幼少時代を韓国とアメリカで暮らし、日本に来たのは小学校3年生の終わり。その頃は、ひらがなの読み書きはおろか、話すのもままならない状態でした。やっとひらがながスラスラ読めるようになったころに、国語の教科書で、谷川さんの『朝のリレー』に出会ったんです。国から国へ朝がリレーされていく詩に、私は「あ!私の感覚が詩になっている!」と感激したことをよく覚えています。「カムチャッカの若者がきりんの夢をみているとき メキシコの娘は朝もやの中でバスを待っている」なんて、響きも印象的で、「日本語って素敵!」と最初に思わせてくれたのが谷川さんの詩でした。

『ろうそくがともされた』では、あえて震災に触れなかった(谷川)

写真:谷川さん、沢さん対談の様子

 最近では、谷川さんの『ろうそくがともされた』(注2)という詩に大きな衝撃をうけました。

谷川 あれは、震災と原発事故のあとに詩を書いてほしいと言われて書いたものですが、僕は直接的に書くことはしたくなかった。

 私を含め、世の中がまだ動揺している時期に、それに引きずられることなく、パッと対象化してしまって、谷川さんはやっぱりすごい詩人だなと思いました。こういう寄り添い方もあるんだなと。

谷川 僕は冷たい人間なんですよ(笑)。夏目漱石(なつめそうせき)がいう非人情というのかな。不人情じゃなくて、非人情ね。非人情というのは、人情に翻弄されないことを意味し、不人情は人情がない冷酷さを意味する。でもね、実生活における非人情はマイナスに働く。僕が3度も離婚をしているのもそういうことかと(笑)。

 谷川さんは「いい人」のフリをしないからですよ。私は、いい人のフリをしないことが、本当の意味でのいい人なのだと思っています。

ハンセン病療養所の最後に寄り添いたくて引っ越しました(沢)

写真:谷川さん、沢さん対談の様子

谷川 今は、どちらにお住まいで?

 この春、千葉県から岡山県に移住しました。私の父は、赤ちゃんだった私を連れて、瀬戸内海にある大島青松園というハンセン病の療養所を訪れていました。子どもを持つことをゆるされなかったハンセン病元患者のみなさんは、私のことを娘のようにかわいがってくださいました。毎年コンサートもしています。高齢化で人数が減り、「さみしい」の声が聞かれるようになった大島青松園の最後に、私なりに寄り添いたいと思い、岡山へ引っ越しました。大島青松園で生涯を過ごした塔和子(とうかずこ)さんの詩を歌うことがあるのですが、歌う前にハンセン病のことには触れません。まずは詩と出遭ってもらって、歌い終えてから、「実は」と話をする。そこから興味を持つかどうかは個人の自由ですし、素晴らしい詩に、それ以上の説明は不要ですから。

谷川 そうですね。作品が面白いと、作者であるその「人」に興味を持つものですよね。たとえば、漱石の作品が面白ければ、「漱石はどんな人だったの?」「奥さんはどんな人だったの?」とみんな興味を持つ。漱石みたいにもう死んでしまっている人間はいいけど、僕はまだ生きていて、いろいろと聞かれるのは面倒だから、僕は話したくないことは話しません(笑)。それにね、僕は意見という形では何も言いたくないんですよ。割り切った言い方はしたくないというのかな。だって、現実はすべて矛盾しているでしょう?でも、その矛盾しているすべてを詩でなら書けるんです。だから、できるだけ曖昧になるように書いている。明解に書くと、どちらかの立場になってしまうからね。

「人権」という言葉は本当に難しい(沢/谷川)

写真:谷川さん、沢さん対談の様子

 今はだいぶ慣れましたが、昔は特に、コンサートのタイトルに「人権」という言葉が付いていることに戸惑いがありました。私自身、人権問題がこの日本に、こんなにもたくさんあるということを知りませんでしたから。人権ってなんだろう?って。

谷川 自分のお子さんに、人権の話をしたことはある?

 難しいところですよね。子どもたちも、小さいときから、ハンセン病療養所に通っていますから、後遺症で口が変形してしまったおじいさんを見ても、義眼を付ける最中のおばあさんを見ても、その人の個性だと思ってきたと思います。娘が小学校一年生のとき、「ママ、ハンセン病って何?」と聞いてきたので、私は「ここにいる人たちは、皮膚の病気のせいで、家族とも離れ離れにされて、ずっとこの島で暮らしてきたんだよ」と話したら、娘はポロポロと涙を流して『かわいそうだったね』と。生活の中で出会って、疑問に思って、知る。これでいいんだな、と思いました。

谷川 「人権」という言葉は外国語と一緒で、僕たちの暮らしとか身体に全く馴染んでいない言葉だよね。僕は、子ども向けの文を書くときに、中国由来の漢字や漢語をどうやってやまとことばにするかを常に意識しているんだけど、それが本当に難しい。人権という言葉もそう。小さな子どもでも納得できるひらがな言葉にしていくのは至難の業。でも、それは僕自身が、人権を主張することを特に必要とせずに生きてこられたからかもしれないな。本当に人権を必要とする人は、僕なんかより、ずっと深い意味をこめられる別の言葉を見つけられるのかもしれない。だから、僕は人権とか権利について考えること自体がうしろめたい。僕に権利を語る資格があるのかみたいなね。

 私は、学校の人権行事に呼ばれると、「『人権』は、水や空気と同じように、なくなって初めて大切さに気付くのかもしれません」と子どもたちに話しています。人権について話すのは、それで精いっぱい。

谷川 「権利」を英語でいうと、正しいという意味の「right」でしょ?人権問題って、お互いに正しいと思っていることを主張するから起きるんじゃないのかな。ぶつかったらお互いが妥協するしかない。でも、周囲を見渡すと、相反する二つの主張を対比させて、「さあ、どっちが正しい?」みたいなことをしているよね。個人対個人なら妥協して曖昧にできるのに、それが集団になると、正しいか間違っているかを決めようとする。

 谷川さんの詩は、その曖昧さが形になっているからいいのかもしれませんね。

谷川 でも、本当に曖昧なものじゃ意味がない。言葉による曖昧な表現を通じて、相手に何かを感じてもらうことって、すごく難しいことなんです。そういう意味で、僕は、言葉よりも音楽のほうが上だと思っているんですよ。なんでも意味づけてしまう言葉と違って、音楽には意味がない。だからこそ、なにか実際の存在に触れられるんじゃないかと思っています。

「男女は張り合うものではなく、補い合うものなんですね」(沢)

 谷川さんは金素雲の詩を本歌取り(注3)されたことがあるんですよね。実は私、谷川さんが佐野洋子さんとつくられた『女に』という詩集が大好きで、その中からインスパイアされて作った『おなじ』というラブソングがあるんです。谷川さんにもご出演いただく秋のコンサート(下記参照)で披露したいと思います。あなたと同じ日に死にたいという歌です。

谷川 『女に』は僕にしては珍しく私的な体験に根ざしている詩集なんですよね。フィクションがあまりない。

 これまで私は、主に女性の詩を歌ってきたのに、なぜ、今、谷川さんの詩を歌いたくなったのかを考えたんです。それで思ったことは、私も離婚を経て、息子を育ててみて、「ああ、男性と女性は張り合うものじゃないんだな」と思えたからではないかと。お互いに包み込みあうというのかな。

谷川 「補い合う」だね。

 そうですね。「補い合う」、それをスッと理解できる年齢になって、私は谷川さんの詩をまとめて歌ってみたくなったんです。男性ならではの優しさと強さに、すごく安らぎを感じるんです。

「10月24日のコンサートを楽しみにしています」(沢/谷川)

 人権と向かい合いながらうたえばうたうほど、私は詩をうたいたくなるから不思議です。しあわせです。優れた詩人は皆、自ずと人権を詩っているんですね。

谷川 確かにそうかもしれないね。

 この秋のコンサートでご一緒できることを楽しみにしています。どうぞ宜しくお願いします。

谷川 こちらこそ。どんな舞台になるのか楽しみです。

構成/林 勝一(東京都人権啓発センター 専門員)
編集/那須 桂
撮影/平賀 正明

(注1)金素雲(キム・ソウン):
韓国釜山生まれ(1907年~1981年)。詩人。朝鮮の童謡、民謡、詩を日本に紹介した。岩波文庫から『朝鮮民謡選』『朝鮮童謡選』などを刊行。沢知恵さんの祖父にあたり、祖母は民主化闘争のリーダーである金韓林(キム・ハンリム)。父、沢正彦は、戦後初めて韓国に留学した日本人として知られる。
(注2)
ろうそくの炎がささやく言葉』(管啓次郎・野崎歓 編、2011年、勁草書房) の巻頭に収められている詩
(注3)
有名な古歌(本歌)の一部を自作に取り入れて作歌を行う、和歌の作成法の一つ。

冊子表紙

「ろうそくの炎がささやく言葉」
管 啓次郎・野崎 歓 編
勁草書房 刊

コンサートチラシ

平成26年度人権啓発行事

沢知恵コンサート with 谷川俊太郎
「詩をうたう、にんげんをうたう」
平成26年10月24日(金)開催
コンサートについてはこちらをご覧ください。

CDジャケット

CDアルバム
「沢 知恵 谷川俊太郎をうたう」
コスモスレコーズ

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