東京都人権啓発センター

TOKYO人権 第61号(平成26年2月28日発行)

特集

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法的に存在しない人たち“無国籍者” どの国にも属さない人たちを支援するために

世界人権宣言第15条には「すべて人は、国籍をもつ権利を有する。」と謳われています。しかし、さまざまな理由により、国籍を取得できない人たち=「無国籍者(むこくせきしゃ)」が世界中にいます。日本では、こうした人たちに対する理解が大きく遅れ、十分な支援がなされていません。無国籍者を支援するNPO代表の方にお話をうかがいました。

「無国籍」って知っていますか?

イラスト:無国籍者の方が有国籍者に比べハードルが高い)

「無国籍」だと様々な困難に遭遇します
NPO法人 無国籍ネットワーク発行 『「無国籍」を知ってください』リーフレットより

 日本人の多くは、誕生すると、ほぼ自動的に日本国籍を取得します。そのことに疑問を感じる場面は滅多にありません。しかし、世界には、国籍を持たず、どの国からも国民として認められていない人たちが、推計で1,200万人もいるとされています(UNHCR:国連難民高等弁務官事務所 2011年統計)。

 元・無国籍者で、現在はNPO法人 無国籍ネットワークの代表および早稲田大学国際教養学部准教授として、無国籍者を支援し、この問題の研究をしている陳 天璽(ちんてんじ)さんは、日本での無国籍問題の認知度についての印象を次のように話します。「ほんの数年前までは、インターネットで『無国籍』という語を検索すると、『無国籍料理』とか『無国籍居酒屋』などが検索の上位にあがっていました。日本では『国籍が無い人なんて本当にいるの?』というのが、多くの人の反応でしょう」。

グローバル時代における国籍という仕組みの問題

 各国の国籍法には、日本のように、親の血統で国籍を決める『血統主義』と、アメリカ合衆国のように、生まれた場所で国籍を決める『出生地主義』の二種類があります。

 例えば、難民の女性と日本人の男性の間に子どもができたとします。二人が結婚しようにも、女性側の公的な書類が整わず、未婚のまま日本で子どもを生んだ場合、血統主義を採る日本においては、子どもは母親の国籍となります。しかし、そもそも亡命者や難民は出身国の公的サービスを利用できませんから、母親は子どもを出身国に登録することもできません。その結果、この子どもはどちらの国籍も取得できず、無国籍者となってしまいます。しかし、出生地主義を採る国で生まれたならば、この子どもは親の国籍に関係なく、生まれた場所の国籍を取得することができるのです。

 こうした矛盾から起こる事例を数多く見てきた陳さんは、“国籍”という考え方そのものを見直す時代が来ていると考えています。

 「出生地主義のアメリカで生まれた日本人の子どもは二重国籍だったりします。あるいは、オリンピックでメダルを獲得しやすくなるという理由で、国籍を変える人もいます。多くの国で暮らして育った人は、国籍国だけが愛着のある国だとは限らないでしょう。これだけ国境を越えた人の往来が盛んな時代に、国で人の所属を切り分ける国籍という仕組みは、合わなくなってきているように感じます」(陳さん)。

「無国籍」になってしまう様々な事情

顔写真

NPO法人 無国籍ネットワーク 代表
早稲田大学国際教養学部准教授
陳 天璽さん

 各国の国籍法間の矛盾だけでなく、無国籍になってしまう事情は複雑多岐で、説明は簡単ではありません。

 例えば陳さんの場合はこうでした。陳さんは、中華民国(台湾)から移り住んできた両親の子として、日本で生まれました。1972年、日本は中国共産党率いる中華人民共和国と国交正常化を宣言すると同時に、国民党率いる中華民国との国交を断絶しました。日本と国交のある国の国民になるためには、国籍を中華人民共和国に変え、中華民国のそれを放棄しなくてはなりません。そのため、日本で生活していた中華民国籍の人たちは、政治的対立とアイデンティティの問題に翻弄され、国籍をどうすべきかで大きく揺れ動いたのです。陳さん一家の場合は日本国籍を取得することも可能でしたが、悩みに悩んだ末、「無国籍」を選択することにしました。

 他にも、無国籍になってしまうケースは、多々挙げられます。例えば、日本に帰化するために出身国の国籍を放棄したにも関わらず、何らかの理由で日本への帰化が認められず、かと言って出身国籍にも戻せない場合。あるいは、国家崩壊後に成立した新国家が、旧国家に属していた少数民族を国民として認めない場合など、様々です。

 2010年度の統計では、日本政府が把握している外国人在留者のうち、無国籍者は約1,200人でした。しかし、これは氷山の一角に過ぎないのではないかとも言われています。なぜなら、日本政府が発行する外国人登録証明書や在留カードなどに国籍が明記されていても、本国では国民として登録されていない場合があるためです。実際にあった「アンデレちゃん事件」が、このケースです。1991年、フィリピン人だと思われる女性が日本の病院で子ども(後にアンデレと命名)を生んだ後、失踪しました。父親についての情報もなく、届出当時、子どもの国籍はフィリピンとされました。しかし、後年、アンデレちゃんがパスポートを取得しようとした際、問題に直面することになりました。なぜならフィリピン共和国側にはアンデレちゃんが登録されておらず、同国が国民と認めなかったからです。

 「実数の把握はできないものの、『どこの国籍も与えられていない無国籍児は日本に2万人くらいいてもおかしくはない』と危惧する研究者もいます」(陳さん)。

無国籍問題を解決するために

 事情が様々なため、無国籍者像を単純化することはできません。しかし共通しているのは、国籍が無いために直面する社会的障壁の多さです。例えば、パスポートに代表される公的な書類全般を手に入れることが大変困難です。そのため、結婚、海外旅行、銀行口座開設、クレジットカード取得など日常の様々なことが容易にはできません。また、どの国の「国民」としても認められていないため選挙権がなく、就職する上での制約や差別などもあります。法的な身分が安定しないことの精神的苦痛も大きく、苦難はどこまでも続きます。

 現在は日本国籍を取得している陳さんも、かつては無国籍だったために、幾度となく理不尽な思いを経験したといいます。

 「難民や亡命者として、やむなく偽造パスポート等で入国してくるケースは見られます。また、難民や亡命者であるのに、申請が認定されないケースはよくあることです。しかし、「『無国籍者=不法滞在者』ではありません。無国籍であっても在留資格を持ち、法を犯したこともなく、『ただ国籍が無いだけ』の人も多くいます。無国籍問題に関心を持つ人が増え、理解が広がれば、少なくとも民間企業での就職はしやすくなると思います」(陳さん)。

 無国籍者は地位が不安定であるがゆえに困窮している場合が多く、支援は差し迫った課題です。しかし、2014年2月現在、日本には無国籍者への十分な公的支援はありません。それをおこなうためには、正確な実態把握が必要ですが、まだそれがなされていない状況です。

 「きちんとした公的な調査に基づいて無国籍者を正確に把握し、本人の状態を明確にする認定制度を作る。そのうえで、本人の意思を尊重し、日本に帰化する選択肢も含めた最善策をとっていくことが理想です。しかし、それらを実現するためには、行政の協力が必要不可欠です。また、国連では『無国籍者の地位に関する条約』と『無国籍の削減に関する条約』が採択されていますが、かつて国内法との整合性がとれなかったため、日本はいずれも批准してきませんでした。この条約を批准することが、無国籍者がおかれている状況の改善に寄与することは間違いありません」(陳さん)。

無国籍者がもっと活躍できる社会に

 現代社会で生活していくうえでは、国籍は無いと困るものですが、無国籍であることの利点もあります。陳さんは、グローバル化した世界においては、無国籍者ならではの特性が本人を大きく飛躍させ、さらには社会にも大きく貢献できる可能性があるといいます。

 「無国籍者は、本当の意味でのグローバルな感覚を持っているように感じます。一国の政治的立場や特定の民族性に縛られることなく、客観的に物事を考えられるのは無国籍者ならではの強みですね」(陳さん)。

 国境や民族にとらわれることなく、全世界の人々を自分の同胞ととらえ、行動する人のことを、「コスモポリタン(世界市民)」といいます。国際協調がますます重要となっている今だからこそ、そんなコスモポリタン的な感性を持つ無国籍の人たちが活躍できる社会を、私たちは目指すべきなのではないでしょうか。

インタビュー/鎌田 晋明(東京都人権啓発センター 専門員)
編集/那須 桂

『見えなかった世界〜写真の奥にみる無国籍者の人々(仮)』

無国籍の人々の姿を記録し、数々の賞を受賞した写真家グレッグ・コンスタンティン氏のトークイベントです。

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