東京都人権啓発センター

TOKYO人権 第60号(平成25年11月22日発行)

インタビュー

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どんなときでも自分を信じ、どんなことでも自分の糧に

幼い時に孤児になったサヘル・ローズさん。縁あって出会ったイラン人の養母に引き取られ、来日するも、そこで待ち受けていたものは困窮した生活と、深刻ないじめの毎日でした。一時期はホームレス生活も体験したといいます。それでも養母と支え合いながら生き抜き、学ぶことをあきらめず、チャンスをつかみとったサヘルさんに、人として大切にするべきものとは何か、そして、外国にルーツを持つ子どもたちへのメッセージなどをお聞きしました。

PROFILE

写真:サヘル・ローズさん

サヘル・ローズさん
(女優)

1985年生まれ、イラン出身。女優。4歳のとき孤児になり、児童養護施設へ入所。その後、施設を訪れた養母と出会い、引き取られた。1993年、8歳のとき養母とともに来日したが、生活は困窮し、さまざまな苦難を経験した。一時は母子ともども公園でホームレス生活をしたことも。小・中学校では過酷ないじめを経験した。しかし一方で多くの人にも支えられ、高校在学中よりFMラジオレポーターなどの活動を開始。現在はテレビ、ラジオ、舞台などで幅広く活躍している。目標はアカデミー主演女優賞を受賞することと、イランに孤児院「サヘルの家」を作ること。現在、孤児のための学校設立計画を進めている。日本語、ペルシャ語、ダリー語、タジク語が話せる。特技はペルシャ絨毯織り。著書に『戦場から女優へ』(文藝春秋)。

たいへんなことをたくさん経験してきたにもかかわらず、人とのかかわりにとても前向きですね。

写真:サヘル・ローズさん

撮影/細谷 聡

 私は8歳のときに母(養母)に連れられイランから来日しました。慣れない土地で幼い私を育てなくてはならなかった母は本当に大変だったと思います。

 だけど、母はことあるごとに「人を憎んでもプラスになることは何一つない。人を憎むと心が汚れるし、顔にもそれが出てしまうのよ。大事なのは、人は皆、異なる立場にいることを理解し一人ひとりに見えている世界は違うのを知ること」だと私に言い聞かせました。それで、私は他人を憎まなくなったのだと思います。

 戦争していた隣国に対する憎しみはないのかとよく聞かれますが、「それぞれの立場」を考えれば、憎しみの感情が湧くことはありません。一方にとっての「正義」が、もう一方にとっては「悪」になることもあるから。幼い子どもたちまでもが「復讐」を叫ぶようになるのは、とても悲しいことです。戦争やテロの無い世界を目指すには、憎しみの連鎖を断ち切らなければなりません。だから、私は母の教えを、未来を担う子どもたちに伝えていきたいと思っています。

いじめ問題が絶えませんが、苦しんでいる子どもたちに伝えたいことは?

 私も小・中学校でいじめられた経験があります。小学6年生のとき、ほんの少しのきっかけでそれは始まりました。私が外国人で貧乏だったからでしょうか。毎日のようにいじめられ、「私は何のために生きているんだろう…」と考えていました。でも、誰にもそのことを話せなかった。母には余計な心配をかけたくなかったし、学校の先生にも相談できませんでした。勉強にも身が入らなくなり、未来まで見えなくなりそうになって…。でも、私は、自分が否定されればされるほど、「負けたくない」と思いました。そう思えたのは、児童養護施設での生活があったからです。施設では、食事も服もオモチャも全てが奪い合いで、年上の子にいつも負けていたから「意地悪なおねえちゃんたち!」と思っていました。しかし、私が引き取られていくとき、その子たちに笑顔でこう言って見送ってもらったんです。「また会おうね」って。学校でいじめられたとき、それを思い出しました。そして、「いじめになんか絶対に負けるもんか。自分は将来、必ず立派な人になるんだ」と思うことができました。

 でも、いじめられているときは悲しかったし、本当に死のうと思ったほど苦しかった。当時の私と同じように、たった一人で苦しんでいる子どもたちは、今この瞬間にもたくさんいると思います。そんな子どもたちに伝えたいことは二つ。一つは、「自分を大切にしてほしい」ということ。もう一つは、「今は苦しいかもしれないけど、つらい経験は全て糧になる」ということ。いじめられても、卑屈になったり、自らを傷つけたりするようなことはせずに、自分自身を信じて生きてほしい。痛みを経験した人は、他人の痛みが本当に分かる素晴しい人間になれます。今は信じられないかもしれないけど、マイナスの経験はいつかプラスに変えていくことができるんです。

サヘルさんは、どんなに苦しいときでも、「学ぶこと」をあきらめませんでした。それはなぜですか?

 日本では教育を受けるのを当たり前のことのように感じるかもしれませんが、世界ではそれは当たり前ではないんです。私が大学生だったとき、授業中に居眠りしている人が大勢いて、日本がどれほど恵まれているかを思わずにはいられませんでした。

 例えば、女性が教育を受けることを制限され、学校に行こうとすると殺されそうになる。そんな社会が世界にはたくさんあります。なぜ教育を受けることが阻まれるのか。それは、テロリストが最も恐れる武器が「教育」だから。パキスタンの人権活動家マララ・ユスフザイさんは「一人の子ども、一人の教師、一冊の本、そして一本のペンで世界を変えることができる」(注)と言いましたが、日本にはこの全てがそろっています。

 でも、それがどれだけ幸せなことなのかを日本の若者たちは知らない。これは本当に歯がゆいことです。

イランの児童養護施設を再訪してみて、どういう心境の変化がありましたか?

写真:サヘル・ローズさんインタビュー風景

「イランには『頑張って』という言葉はなく、その代わりに『よくやっているね』と相手を認める言葉を使います」とサヘルさん
撮影/細谷 聡

 これまでに何度もイランに里帰りしましたが、自分がいた児童養護施設に足を運ぶ勇気はなかったんです。でも、2013年にテレビ番組の企画で、21年振りにそこを訪ねてみました。

 施設には、当時の女性職員がまだ勤めていらして、「あなたのことがずっと気になっていたわ。ここを出たあなたが立派に育っていることで、私たちは仕事に誇りを持てる」と、涙を流しながら言ってくれて、私も涙が止まりませんでした。

 また、母に施設から引き取られてから二人で暮らしていた家にも行ってみました。自分が大人になって、かつての住まいを訪れたことで、母の苦労が少しだけ分かった気がします。そして、私のことをすごく可愛がってくれていた小学校の担任の先生や、同級生にも再会することもできました。

 イランに置き忘れていた記憶を一つずつ拾い集められた気がしました。今回の旅で、空っぽだった記憶の一部を埋めることができて、自分を“根無し草”のように思う不安感を少し払拭できたように思います。次にイランに帰ったときは、私が生まれた村を訪ねるつもりです。戦争で全て破壊され、何も残っていないそうですが、それでも訪れてみたいと思っています。

日本には、サヘルさんのように、外国にルーツを持つ子どもが、大勢います。
そうした子どたちへのメッセージは?

写真:里帰り中のサヘルさん

2013年5月にイランへ里帰りをしたときの1枚。手織り絨毯の産地として有名な町 カシャーンにて

 せっかく他の人とは異なる出自を持ったのだから、考え方に広がりがあっていいと思うし、それは、将来必ずプラスになる。だから、もし、複数の文化にルーツを持つことで生きづらさを感じている子がいたら、「無理して周囲に合わせる必要はないんだよ」と教えてあげたいですね。自分の感じ方を大事にしてほしいし、それを「伝える気持ち」を持ち続けてほしい。孤独を感じることもあるかもしれないけれど、だからといって、自分を押し殺してはいけないと思います。

 本人だけではなく、周りの人たちもその子を認めてあげることが大切ですね。テレビやネットなどの限られた情報だけで、その子やルーツとなった国を判断するのもよくないことだと思います。その人をちゃんと見て、その人の生の声を聞いてほしいです。そうすれば、文化や人種は違っても、必ず理解し合えますから。

女優としての仕事以外に、ボランティア活動もされているそうですね。

 児童養護施設のお手伝いをしたくて、ある施設を訪ねたときのことです。子どもたちと一日遊んで、帰るとき「また来るね」と言った私に、子どもたちが「嘘だー!」と。また来ると言っても大人たちは二度と来ないのだと言います。それを聞いてとても切なかった。それで、その施設には定期的に通っているんですよ。

 それから、港区にある「アルーシャ」というネイルサロンの広報大使もしています。ここで働いている女性たちは皆、難民なんです。それで、何か力になりたいと思いました。海外に目を向けがちだけど、日本国内にも助けを求めている人たちがたくさんいるんだということをもっと知ってもらえたらなと思います。

将来の希望について話してください。

写真:サヘルさん親子

来日してまもないころの母フローラさんとサヘルさん

 いつか、イランに児童養護施設を作ろうと思っています。子どもたちの笑顔があふれる施設にしたいです。現在ある施設の多くは、大人になって自立するための教育が不足しているので、それを補う仕組みも作りたいと思っています。これについては、イランで再会した先生と一緒に学校を作る計画を進めているんですよ。

 それから、社会活動にも積極的なアンジェリーナ・ジョリーさんみたいな女優になりたいです。有名になれば世界に声が届きますから。そして、イランと日本の架け橋として、中東に対するイメージを変えていけるくらいの女優になり、アカデミー賞のような大きな賞をとりたいです! 人生を投げ打って私を育ててくれた母に、オスカー像をプレゼントしたいんです。

 母はいつも言います。「立ち止まったまま下を見ていても景色は変わらない。でも上を見て歩き続ければ景色は変わる」って。だから私はこれからも、目標に向かって歩き続けます。

インタビュー/鎌田 晋明(東京都人権啓発センター)
編集/那須 桂

(注)
マララ・ユスフザイは1997年生まれのパキスタンの女性人権活動家。2009年、11歳の時に、武装勢力パキスタン・タリバン運動(TTP)の恐怖におびえながら生きる人々の惨状をブログに投稿した。また、TTPによる女子校破壊活動を批判、女性への教育の必要性や平和を訴える活動を続けた。このことによりTTPに命を狙われ、2012年10月、中学校からの下校中に襲撃され、頭部に二発の銃弾を受ける重傷を負った。しかし、手術が成功し奇跡的に回復。2013年7月、16歳の誕生日に、国連本部で教育の重要性について演説をし、喝采をあびたことは記憶に新しい。ここで言及されている言葉はこのときのもの。この事件を受け、米女優のアンジェリーナ・ジョリーは、パキスタン、アフガニスタンの女性教育のために闘った女性を表彰する賞創設のために5万ドルを寄付した。

冊子表紙

『戦場から女優へ』
サヘル・ローズ 著 文藝春秋 刊

サヘル・ローズ オフィシャルブログ
「sahel日記」
外部サイトへ移動しますhttp://ameblo.jp/sahel-rosa/
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サヘル・ローズさんの巻

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