東京都人権啓発センター

TOKYO人権 第60号(平成25年11月22日発行)

コラム

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「ことばの地図」ができるまで

「TOKYO人権」60号でご紹介した認定NPO法人「ことばの道案内」。取材にあわせて東京都人権プラザの道案内を制作していただきました。「ことばの地図」はどのように作られているのでしょうか。

ことばの地図とは

写真:古矢理事長

 古矢利夫さんは、40代で病気により失明を経験しました。近所の自動販売機にすら一人で行けず悲嘆にくれた古矢さんは、外出が社会生活にとってどれほど重要かを痛感したといいます。「道をたずねられたとき、『次の信号を右に曲がって少し行くと…』って案内しますよね。言葉で詳しく道案内してくれれば、視覚障害者でも一人で外出できると考えました。その道案内文をWebに掲載すれば、パソコンや携帯電話の読み上げ機能で“聞く”ことを実現できると思ったのです」。

 古矢理事長は、2004年にNPOを設立して、地図ではなく言葉による説明で目的地まで案内する「ことばの地図」をつくり始めました。NPO法人ことばの道案内が提供する外部サイトへ移動します「ウォーキングナビ」というホームページには、東京都庁、都立図書館など首都圏の公共施設を中心にすでに1,500ルートの“ことばの地図”が掲載されています。10期目の2013年8月には、認定NPO法人として東京都より認証されました。

視覚障害者が参加する地図づくり

道案内の参考画面

 東京都人権プラザから浅草駅までの案内は次のように始まります。

目的地は出入口を背にして、およそ左9時の方向にあります。
点字ブロックは、部分的に敷設してあり、道案内も点字ブロックに沿って説明します。

 視覚障害者は方角を北や南で示されてもすぐには分かりません。そこでアナログ時計の文字盤の中心に立っていると想定して、正面なら「正面12時」、真右なら「右3時」と、数字の位置で方向を伝えます。これを「クロックポジション」と呼びます。

 視覚障害者が歩くために必要な情報を案内文に盛り込むには当事者の意見を尊重しなければなりません。「そこで視覚障害者1名と晴眼者2名が1組となって、最低3回はルートを歩いて案内文を練り上げます。こうした活動は視覚障害者と健常者との相互理解にもつながるのです」と副理事長の押見敏昭さんは話します。

歩いてみなければわからないこと

写真:白杖での歩道調査風景

 隅田公園の入り口付近に差し掛かったときです。歩道の幅が、広がっている場所がありました。点字ブロックがない場合、歩道の端のブロックなどを白杖で確認しながら歩くことの多い視覚障害者にとって、これは大きな変化です。「ここどうなっているの?」と古矢さん。情報をメモしたり、ロードカウンターで距離を計測したりする晴眼者のスタッフが、古矢さんに状況を説明します。

 ボランティアの並木奈津子さん。弱視の彼女はわずかに地図は見えますが、目的地に着けないことがあるといいます。「池袋駅のような駅は、人も多くて、入り組んでいます。普通の地図では駅の構内まではわかりません。『西口から』といわれても、その西口にたどり着けないのです。大きな駅の場合には、外部サイトへ移動しますことばでわかる駅情報のような改札口からの案内が必要です」。

写真:ロードカウンターでの計測風景

 段差や点字ブロックの有無、歩行者の込み具合、放置自転車の状況といった、視覚障害者が歩くために参考となる情報を、現地を確認しながら丁寧に原稿に盛り込んでいきます。

点字ブロックに無関心な社会

 ボランティアで晴眼者の佐藤誠二さんは、点字ブロックへの関心の低さを思い知らされるケースに出くわすといいます。「工事でマンホールを開けた後、点字ブロックに配慮せず戻してしまい、ふたの部分だけ点字ブロックの向きが変わっているものを見かけます。視覚障害者はそこで悩んで進めなくなってしまうのです」。また、繁華街では点字ブロックの上に自転車などが置かれているのを見かけます。「けがをして危険というだけじゃなくて、ぶつかって壊しちゃうんじゃないかって心配なんです」と全盲の長澤伸子さんはいいます。

 ある郊外の駅前には、点字ブロックが数十枚も意味なく敷き詰められていたことも。点字ブロックは視覚障害者には有用ですが、車いすやベビーカーを利用する人には、タイヤをとられて不便な場合もあります。「不適切な敷設は、視覚障害者がさらに肩身の狭い思いをすることになる」と古矢さんは危惧します。

表現を統一して正確に

写真:定例会の様子

 原稿は、月に3回行われる定例会で、表現が妥当かどうかボランティア同士で議論を重ねます。そして確定したらホームページにアップするための入力作業に移ります。

入力に使われる専用ソフト「ことナビ君」は、独自に策定した「表現規程」に沿って入力できるように工夫されており、さらに音声読み上げ機能を搭載することで、視覚障害者が入力作業に参加することができます。

写真:音声読み上げ作業の様子

 入力作業も担当する前出の並木さんは、表現の統一は視覚障害者の安全性を確保するためだといいます。「たとえばエスカレーターの場合、視覚障害者は手すりに触るまで“上り”か“下り”か分かりません。そこで、下の階から上がってくるエスカレーターを『上ってくる』、今いる階から上がるエスカレーターを『上り』と表現しています」。こうした表現の統一は視覚障害者の意見を尊重しつつ慎重に行われています。

ICタグでより安全に

写真:点字ブロックとICタグ

 認定NPO法人ことばの道案内は、総務省の助成事業として、点字ブロックへIC(超小型電子回路)タグを埋め込み、そこに来ると移動式ICタグを接続した携帯電話から音声案内が流れるシステムを東京都建設局と協働して開発しました。ことばの地図とこのシステムを利用すれば、より安全にルートを歩けるようになることが期待されます。さらに「2020年の東京五輪でも、きっと『ことばの地図』は必要になります。外国語にも対応しないといけないですね」と古矢さんは抱負を語ります。

 「一歩街に出てみると、視覚障害者は歩かなくていい、いなくていいっていわれているように感じるんですよ」と古矢さん。誰もが好きなときに、好きなところへ自由に行けることは、当たり前の「権利」として保障されなければなりません。当事者自身が参加し健常者と共に制作する「ことばの地図」は、障害者を排除しない社会の仕組みづくりに向けた大切なヒントを与えてくれるでしょう。

(注)制作していただいた東京都人権プラザまでの「ことばの道案内」は以下をご覧ください。
外部サイトへ移動します「ことばの道案内」

インタビュー/林 勝一(東京都人権啓発センター 専門員)
編集/小松亜子

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