東京都人権啓発センター

TOKYO人権 第58号(平成25年5月31日発行)

インタビュー

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いろんな人との関わりを通して、人は気づき、行動する

「エイズ」という言葉は広く知られていますが、「AIDS」という病気を、偏見を持たずに正しく理解できている人は、はたしてどれくらいいるでしょうか。もし、「エイズ」という文字を目にして、「ゲイ(男性同性愛者)の病気」、「不特定多数との性交渉が原因」、「自分とは無関係」などと思った人は、「AIDS」を正しく理解できていないために、不用意に誰かを傷つけているかもしれません。あるいは、予防方法を誤っている可能性もあります。HIV/AIDSを診療し、教育・啓発活動にもたずさわる医師の岩室紳也さんにお話をうかがいました。

PROFILE

写真:岩室紳也さん

岩室紳也(いわむろしんや)さん
医師

1955年、京都府生まれ。医師。1981年、自治医科大学卒業後、病院勤務のほか保健所公衆衛生医等を歴任。2003年に(公社)地域医療振興協会ヘルスプロモーション研究センターを設立しセンター長に就任。現在も厚木市立病院泌尿器科でHIV/AIDSの診療をおこなう。そのかたわら、テレビ・ラジオへの出演や全国各地での講演で、若者の性と心、HIV/AIDS問題全般、自殺問題の啓発などにつとめる一方、最近は「健康づくりのためのコミュニティづくり」の必要性から東北被災地での支援活動を精力的におこなっている。市民によるボランティアで運営されるHIV/AIDS関連としては国内最大のイベント「AIDS文化フォーラムin横浜」には1994年の初開催時より運営委員として関わる。「コンドームの達人」の異名を持ち、YouTube動画『コンドームの正しい着け方』は新旧のバージョン合計で467万アクセスを記録(2013年5月現在、記録更新中)。著書に『思春期の性』『エイズ いま、何を、どう伝えるか』(大修館書店)、『イマドキ男子をタフに育てる本』(日本評論社:近刊)、『いいじゃない いいんだよ』(水谷修氏他との共著、講談社)他多数。

カタカナの「エイズ」とアルファベットの「HIV/AIDS」を使い分けるのは、なぜですか?

写真:岩室紳也さん

撮影/広安 省吾

 「エイズ」という言葉が、日本のメディアに登場し始めたのは1980年代後半のことです。「エイズ」は、「ゲイ、売買春、肛門(こうもん)性交…」などネガティブなイメージをまとわされた言葉で語られ、多くの人たちが「AIDS(後天性免疫不全症候群)」という病気を正しく理解する前に、のぞき見的イメージで「エイズ」を「理解したつもり」になってしまいました。

 「AIDS」は「HIV(ヒト免疫不全ウイルス)」に感染することで発症する病気の総称です。“ただの病気”だという意味では、「糖尿病」、「がん」などと何も変わりはありません。簡単に言うと、HIVによって免疫が下がり、そのために病気の状態になることをAIDSと呼ぶので、HIV感染=AIDSではありません。HIVをおさえる薬を飲むことで、AIDSになることを食い止めることが出来ます。ですので、正しい理解のもとで病名として使われるときにはアルファベット表記で「HIV/AIDS」とするようにしています。

薬を飲むことで、今はHIVに感染しても普通に生活することが可能になりましたが…

 いや、HIVに感染したら「普通の生活」なんかできないですよ。人が心を病まないためには、自分のつらさを他人に語れないとダメなんです。でも、「自分はHIVを持っている」と普通に話せるほど世間の偏見はなくなってはいないし、社会環境も整っていません。これは当事者にとっては非常に大きなストレスです。HIVに感染しても薬で発症をおさえることができるようになったという意味での健康な状態は確保できるようになりましたが、広い意味での健康、QOL(生活の質)の確保には至っていません。

 同じHIV/AIDSでも、差別があります。明らかに国や医療の責任が問われる薬害エイズの場合は「良いエイズ」で、性行為が感染経路の場合は「悪いエイズ」とされる。良いエイズは守ってあげるけど、悪いエイズは自己責任だから守らなくていい、そんな不公平な認識は今なお存在しています。

写真:フォーラムでの風景

「AIDS文化フォーラム」展示場の様子。立場の異なる「いろんな人」が来場し、気づきと学びを深める。

 事実、HIV/AIDSの人たちを診療してくれる病院は限られています。今日の日本では「コンドームを使わずにセックス」、「墨や針が使い回されている劣悪な店でのタトゥー」などが主なHIV の感染経路です。たとえそれが“自己責任”だったとしても、医者が診療拒否をしてもいい理由にはなりません。たとえば、糖尿病の中には、飲み過ぎ、食べ過ぎ、運動不足によってひき起こされるものがあります。それが“自己責任”だったとしても、糖尿病の患者さんを診療拒否する医者はいませんよね。そう考えると、HIV/AIDSの人たちがいかに理不尽な扱いを受けているかは明白です。

 ただ、偏見を持つ側の気持ちも分かるんです。以前は私もそうでしたから。でもあるとき、「自己責任とはいうけれど、感染してしまった人たちに果たしてどこまで正しい情報が伝わっていたのだろう?」と考えたんです。教育を受ける権利が基本的人権の1つなのだとしたら、感染前の彼らの人権は十分に守られていたといえるでしょうか? そんな考えもあって、私は、自分にできる形で教育をする側の責任を果たしていこうと思いました。

教育・啓発活動を始められた当初は、随分ご苦労されたそうですね。

写真:講演会の様子

講演中の一コマ。「AIDS文化フォーラムは各自が自由に思いを述べて、それを尊重しあえる稀有な場所」と岩室さんは言う。

 セックスによる感染を予防しようと思ったら、「セックスをしないこと」と「コンドームを使うこと」しかありません。セックスの経験がある人はだれでも感染の可能性がある。完全に感染を防ぐには、性交渉する双方が事前に検査を受け、結果が陰性でなければなりません。感染する前の人たちの人権を考えれば、教育する相手が子どもであったとしても、より確かな予防方法である「ノーセックスかコンドーム」ということを、きちんと教えなくてはなりません。でも、日本は性のことを当たり前のこととして語れる社会ではないですよね。今でこそ「コンドーム」という言葉が文部科学省検定の教科書に載るようになりましたが、以前はバッシングの嵐でした(笑)。

 正しい知識があれば、HIV/AIDSの人たちを変に恐れる必要も差別する必要もありません。たとえば、私が感染しているとして、周囲の人たちに何か影響がありますか? インフルエンザだったら感染させてしまう可能性があります。でもHIVは、私と性交渉をもつなどしない限り感染しないわけです。

「感染予防には『人との関係性』が欠かせない」とはどういうことでしょうか?

写真:岩室紳也さん

相手がコンドーム柄のネクタイに気付いてくれたら話のきっかけに(写真右)(撮影/広安 省吾)

 以前、先輩医師が「現代の健康問題は、人と人との関係性が失われたことによるものが多い。だから、健康づくりを推し進めるにはまずは人の関係性の再構築を考える必要がある」と言ったんです。そのときは何のことだかさっぱりわかりませんでした。

 あるとき、久しぶりに再会した知り合いに、以前と比べて私がすっかり太ってしまったことを指摘され、カチンときて(笑)。それで、その日からダイエットして12㎏の減量に成功しました。妻にも言われていたし、私は医者だから、肥満についての正しい知識もあった。だけど聞く耳を持たなかった。それなのに、知り合いの言葉には反応し行動できたんです。そのとき初めて、あのときの先輩の言葉の意味が分かりました。人間は関係性の中で学んだり、選択したり、行動したりする生き物なんです。これは、HIV/AIDSの予防においても同じことです。いくら「コンドームを使いなさい」と言う人がいても“心”に響かなければ使わない。でも、多様な他者と関係を築いていれば、「あの人の言うことは聞かないけど、この人の言うことなら聞ける」と思える誰かにつながることができるはずです。

性感染症を「性生活習慣病」と呼ぶ理由を教えてください。

 たとえば、糖尿病を予防するには「食生活改善と運動」、肺がんなら「禁煙」と言いますよね。これではこれらの病気の原因を個人の問題としてしか捉えていないことになります。実際には、遺伝的要因や環境的要因もある。糖尿病には特定の遺伝子が関係していることが分かってきていますし、タバコはそもそも売られていなければ吸えません。つまり、生活習慣病を予防するには、個人の問題と同時に、遺伝的・環境的要因にも働きかけていくことが必要なんです。

 この考え方を性感染症にあてはめてみます。最近、男性同性間の性交渉によるHIV感染率は下がってきています。これは感染予防をするゲイの人たちが増えてきていることを意味します。私は、この理由を、社会環境に変化が生じ、彼らの自己肯定感が高められたためだと推測しています。人は、自己肯定感が高まると自分を大切にできます。それがコンドームを使うという行動につながる。自己肯定感は、他者との関わりを通じてしか高められないものです。つまりこの場合は、昔に比べ、ゲイの人たちを当たり前のように受け入れる社会環境が整いつつあることで、彼らの意識や行動が変わり、それが予防行動に結びついたということです。こうして考えると、性感染症も生活習慣病と同様、個人の問題だけだとは言えないし、環境要因などにもアプローチをする必要がある。そんなことから、性感染症を「性生活習慣病」と呼んでいるんです。

HIVの感染予防と人権、両方のことを考えるために、何が必要なのでしょうか?

 私は特に「人権」を意識して活動しているわけではないのですが、もし「人権が保障された社会とは?」と尋ねられたら、「困難に遭遇しないための環境づくりがなされている社会のこと」。それと同時に「もし困難に遭遇してしまったとしても、その人らしく生きていけるような環境が整えられた社会のこと」と答えます。そういう意味で、今の社会は、もっと変わっていく必要がありますね。ただ、社会を変えていくのは、決して簡単ではありません。

 一番必要だと思うのは、やはり一人一人が多様な人間関係を構築していくことなんです。いろんな人との関わりを通して、人は気づき、行動するから。「AIDS文化フォーラム」の運営に関わっているのも、そうした理由からです。フォーラムでは、NGO、NPO、学生、HIV/AIDSの当事者、行政、個人など、実に様々な人たちが集い、発表の場を持ち、交流します。毎年たくさんの出会いがあって楽しいんですよ(笑)。

 いろんな人がいて、いろんな考え方があって、いろんな捉え方がある。そうした人と人との関わりのなかで、人は生きていく。学ぶにも、自分を癒すにも、他者との関係性が絶対に必要なんです。

インタビュー/鎌田 晋明(東京都人権啓発センター 専門員)
編集/那須 桂

チラシ

第20回 AIDS文化フォーラムin横浜
「これまでの20年、これからの20年」

新しい発見と出会いがぎっしり詰まった3日間です!

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