東京都人権啓発センター

TOKYO人権 第58号(平成25年5月31日発行)

特集

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増加する非正規労働者と労働契約法の改正 誰もが人間らしく働ける社会に

正社員に比べて著しく不利な労働条件で、不安定な雇用状況に置かれている非正規労働者の数は年々増加の一途をたどっています。格差の拡大と貧困の深刻化をもたらすこうした雇用環境を改善するために、2012年8月、労働契約法が改正されました。「働く貧困層」ともよばれる非正規労働者の現状について取材しました。

3人に1人が非正規労働者

 非正規労働者とは、契約社員や派遣労働者、パートやアルバイトなど、いわゆる正社員ではない雇用者を指します。最新の労働力調査によると、役員を除く全国の雇用者5,151万人のうち、36.3%にあたる1,870万人が非正規労働者です。20年前はおよそ20%、986万人でしたが、その後、雇用者中に占める割合は年々増加してきました。

 また、非正規労働者の70%以上が、1年や3カ月といった雇用期間に定めのある有期契約といわれます。雇用期間が限定されていることは、労働者にとって大きな問題です。有期契約であっても更新を繰り返しながら長年同じ職場で働いている方もいますが、契約期間満了後に再び契約してもらえない、いわゆる「雇止め」となったとき、すぐに新しい仕事が保障されているわけではありませんから、将来の見えない不安定な立場に置かれています。しかも、年収200万円以下のワーキングプアといわれる人々は、1990年の769万人から、2011年には1,069万人に増加しています。2012年8月に公布された改正労働契約法は、有期労働契約の適正なルールを定めることで、こうした非正規労働者の待遇改善を目指すものです。

 なお、東京都が都内6カ所に設置している労働相談情報センターには、2006年以降7年連続で5万件を超える相談が寄せられています。2012年度の場合、非正規労働者からの相談は31%にあたる16,140件にのぼります。2006年度からは、非正規労働者の雇用環境の改善に取り組む中小企業等に対して社会保険労務士等の専門家を派遣し、具体的な援助・提言を行っています。また、11月を「パート・派遣・契約社員等の労働月間」と定め、非正規労働者を対象にした電話相談やセミナー・相談会を実施しています。

グラフ:正規労働者数と非正規労働者数の推移
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非正規労働者を取り巻く状況とは

 長年、労働問題に取り組んできた高須裕彦(たかすひろひこ)氏(一橋大学フェアレイバー研究教育センター)は、「非正規労働者は昔から、臨時工や日雇い労働者として存在していて、景気や企業の業績に左右される“労働力の調整弁”であり続けました。1970年代の石油ショック以降には、企業が合理化を進める中で、正社員に代わる労働力として女性のパートが急増し、現在も非正規労働者の大多数を占めている」と言います。

 さらに、1990年代のバブル経済崩壊や不良債権を抱えた銀行が次々に倒産した金融危機は、雇用のあり方を大きく変えました。「企業が終身雇用を前提とした正社員を多人数抱え込む従来の日本的な経営スタイルから、正社員をできるだけ減らして非正規労働者で補うという経営スタイルへの変化です。これには1995年に、当時の日経連が出した『新時代の日本的経営』という提言が大きく影響しています」(高須さん)。

 それ以降の10年間ほどで、日本の雇用構造は劇的に変わりました。「2001年に始まる小泉政権時代の新自由主義的な経済改革は、人々の格差をさらに拡大させたと思います。例えば、派遣労働の自由化など、本来、労働者を守るべき雇用の規制も緩和されました。また、その頃から現在にいたるまで、労働者の賃金水準は抑えられつづけています」(高須さん)。

 そうした中で、男女ともに全ての年代で非正規化が進んでいます。特に、25〜34歳男性の非正規率は、1993年の3.7%から、2013年には16.1%にまで上がっています。「従来は、正社員の夫の収入を中心に、妻がパートで不足分を補うというものでした。社会保障などの仕組みは、そうした世帯モデルを前提としています。社宅等の会社の福利厚生に守られ、右肩上がりの年功序列型賃金が前提だからこそ、日本の高い教育費や住宅費を支払えるのです。しかし夫婦共に非正規になると、社会保険未加入の場合も多く、世帯のどちらかが職を失った時点で直ちに困窮する危険があるのです」(高須さん)。

改正労働契約法のポイント

写真:高須裕彦さん

一橋大学フェアレイバー 研究教育センター 高須裕彦さん

 今回の法改正には3つのポイントがあります。第一に、有期契約が通算5年を超えて反復更新された場合に、無期契約に転換できる制度です。第二に、有期契約を繰り返し更新していて、無期契約と変わらないと認められる場合、合理的な理由がなければ「雇止め」は認められないことが法制化されました。そして第三に、有期契約を理由にして、福利厚生などの労働条件に不合理な差をつけることが禁止されました。

 この画期的な法改正のうち、最も注目されるのが第一点目の「無期契約への転換制度」です。“雇用期間の定めがあること”がもたらす生活不安の解消につながることが期待される一方で、高須さんは「法改正の“副作用”を心配する意見もある」と言います。

 それは、これまで有期契約を反復更新して長年にわたって働いてきた方が、この改正をきっかけに更新回数を限定されるなどのケースです。「無期雇用に転換しなくて済むように、勤続5年を超えさせない雇用が拡大するという“副作用”は、すでに一部で現れ始めています。経営者側にしてみれば、無期雇用はしたくない。替えはいくらでもいるから、違う人をまた短期で雇えばいい、ということなのです」(高須さん)。

不安定な雇用が社会を不安定にする

 非正規雇用が拡がった背景として、多様な働き方を望む人が増えたからと言われることがあります。こうした見方について高須さんは次のように言います。「長時間労働が求められ、仕事と生活の両立がままならず、挙句の果てには過労死しかねないような現状では、正社員という働き方を選ばない人もいることは確かでしょう。しかし、非正規労働者の中には『正社員の採用がなかったから』という人が一定の割合でいるのです」。高校や大学を卒業しても正社員の採用が少ない状況や、女性の場合には、育児休業制度を整える企業が増えていますが、結婚や出産で退職すると、正社員として再就職することが難しい状況が続いています。

 法律が改正されたことで、問題がすべて解決するわけではありません。「現在、労働時間の制限や解雇規制を緩めようという動きがありますが、そもそも使用者側が“人”の使い方を考え直さないといけないのです。人材を使い捨てにして、あたかも部品のように次から次に換えていくという姿勢でいいのか。きちんとした働きがいのある労働、つまり、“人間らしい働き方”が保障されていないことが問題なのです。このまま“プレカリアート”(注)と呼ばれる非正規労働者ばかりが増えていけば社会は、ますます不安定になっていく。本当にそれでいいのでしょうか」(高須さん)。

 今回の法改正をきっかけに私たちは、雇用制度だけでなく、職業・キャリア教育や社会保障制度なども含めて、誰もが人間の尊厳と健康を損なわれることなく安心して働き、生活することができる社会づくりについて考える必要があるのではないでしょうか。

改正労働契約法の3つのポイント

(1)無期労働契約への転換
有期契約が通算5年を超えて反復更新された場合は、労働者の申込みによって無期契約に転換できるルールです。
(2)「雇止め法理」の法定化
反復更新が続いて無期契約と変わらないと認められ、客観的に合理的な理由を欠く場合の雇止めは認められないという、最高裁判例によってすでに確立されていた考え方が法制化しました。
(3)不合理な労働条件の禁止
有期契約者と無期契約者との間で、福利厚生等の労働条件に不合理な差をつけることを禁止するルールです。
公布: 2012年8月10日
施行: (2)2012年8月10日、(1)(3)2013年4月1日

インタビュー/林 勝一(東京都人権啓発センター 専門員)
編集/脇田 真也

(注)プレカリアート:「不安定な」という意のプレカリオ(伊:precario)とプロレタリアート(労働者階級)を組み合わせた造語で、不安定な雇用状況にある非正規労働者と失業者を指す。

東京都労働情報相談センター【東京都ろうどう110番】

 賃金・労働時間等の労働条件や労使関係など、労働問題全般にわたる相談

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