東京都人権啓発センター

TOKYO人権 第55号(平成24年8月31日発行)

特集

ここから本文です

てんかんを隠さなくてよい社会をめざす 正しい理解が偏見、差別をなくす第一歩

てんかん発作が原因とみられる重大な交通事故が相次いだことにより、国は運転免許制度の見直しについて議論を始めました。しかしその一方で、てんかんへの偏見、差別が強まることが懸念されています。病気を公にすれば就職できないなど、様々な不利益を被ることもあり、患者の多くは病を隠して生活しているといいます。子どもから高齢者まで誰にでも起こりうるてんかんについて取材しました。

ひとくくりにできない多様な症状

顔写真:渡辺雅子さん

国立精神・神経医療研究センター病院
精神科医長 渡辺雅子さん

 人間の大脳は、通常、神経細胞(ニューロン)が規則正しいリズムで電気的に活動しています。このリズムが突然崩れ、激しい電気的な乱れ(ニューロンの過剰な放電)が生じることによって、てんかん発作が起きます。このため、てんかん発作はよく「脳の電気的嵐」にたとえられます。つまりてんかんとは、このてんかん発作を繰り返す脳の慢性疾患なのです。

 多くの人は、てんかんと聞くと意識を失いけいれんをおこして倒れるものだと思っているのではないでしょうか。しかし、それはてんかん発作のひとつのタイプにすぎません。

 脳の大部分または脳全体が発作に巻き込まれた場合、突然意識を失い、全身が硬直し、けいれんがおきる発作や、一点を見つめたまま動作が停止する発作があります。また、必ず意識を失うかというとそうではなく、全身や手足が一瞬ぴくっとするだけの発作もあります。

 脳の一部分から発作が始まる場合、体の一部のけいれん、しびれ、吐き気などの症状が出る人や、口をもぐもぐさせたり、喉をごくんと飲み込むような動きを見せたり、手をもぞもぞと動かしたりするなど、一見して発作には見えない日常的なしぐさのような発作もあるのです。しかもそのような小さな発作であっても、意識を失っていて話しかけられても反応しないこともあります。つまり、糖尿病でも、高血糖になる場合もあれば、逆に低血糖になる場合もあるように、人によって、あるいはその時の状況によって、てんかん発作にもいろいろなタイプがあるのです。

てんかんは誰でもなりうる病気

 てんかんは遺伝や生まれつきの特殊な病気だと認識している人も多いかもしれませんが、実際は遺伝する確率は極めて低いのです。原因は多くの場合、不明ですが、例えば交通事故に遭って脳が傷ついたり、脳梗塞(のうこうそく)などの脳血管障害になったりすれば、発病する可能性があります。国立精神・神経医療研究センター病院精神科医長の渡辺雅子さんは「日本では約100万人が罹り患かんしているといわれるてんかんは、近年、社会的に知られるようになったパーキンソン病よりも患者数が多いのです。すべての神経疾患の中で一番頻度の高い病気がてんかんです」と話します。

 発病する年齢は3歳以下が最も多く、80%が18歳までに発病するとされます。このことから、“子どもだけの病気”というイメージが強いのですが、特に、この2、30年で高齢者の発病が増えてきていることが注目されています。

 「高齢化が進んだため、おそらく先進国では同じことがおきていると思います。長生きをすれば脳は老化しますので、それに伴う脳の病気は仕方のないことです。誰でも歳をとれば発病する可能性があるのです。ただし症状に合うお薬を飲めば、発作がぴたっと止まる方はたくさんいらっしゃいます」(渡辺雅子さん)。

 高齢者に限らず、てんかんと診断された人の7〜8割は、適切な薬を服用することで、発作をおさえることができます。ただ、服薬で発作がおさまっていても、睡眠不足になったり服薬が不規則になったりすると、発作が出てしまう人もいます。また、難治性と呼ばれる、薬でおさえることが難しいてんかんも2〜3割はあります。難治性だからといって発作が激しいというわけではありませんし、難治性のなかには脳の外科手術で完治するケースもあります。

 このようにてんかんは、あらゆる年齢で誰しも発病する可能性があり、その原因、症状などは人によって実に様々なのです。

発作がおきたら静かに見守ることが基本

顔写真:渡部恵子さん

日本てんかん協会常務理事
渡部恵子さん

 発作がおきた人がいた場合、私たちはどのように介助したらよいのでしょうか。「大半の発作は一過性であり、通常、数秒から数分でおさまります。小さな発作なら見守るだけで構いません。大きな発作なら、どこかにぶつからないように安全を確保し発作がおさまるまで見守ってくだされば良いのです。発作がおさまれば救急車を呼ぶ必要もありません」と日本てんかん協会常務理事の渡部恵子さんは話します。てんかんについて誰もが理解し、てんかんであることを言える環境があれば、周囲が慌てる必要もなくなるのです。

周囲の無理解が患者を苦しめる

 適切な投薬治療で発作が治まっている多くの方は、一般と変わらない生活を送っています。たとえ発作がしばしばおこったとしても周囲の理解に支えられて、就労をはじめ社会生活をごく普通に送っている方もいます。しかし、てんかんの方は職場や学校など、あらゆる場面で肩身の狭い思いをしています。周りにてんかんの方がいることを意識している人は少ないでしょう。それは多くの方が隠しているからに他なりません。

 渡辺雅子さんが治療を受け持つ10代の女性は、介護施設に就職が決まっていたにもかかわらず、てんかんであることを伝えたところ、一方的に解雇されてしまいました。「ようやく自分に合った薬が見つかって発作が止り、就職に間に合ったと喜んでいたのですが。介護施設の利用者にもてんかんの方はいるはずです。こうした施設ですら十分な理解がないのはとても残念です」(渡辺雅子さん)。

 また、渡部恵子さんが鳥取県米子市で運営する福祉事業所「あかり広場」では、多くのてんかんの方を支援していますが、そこに通う男性は、「恥ずかしい病気だから」「知られれば家族に迷惑がかかるから」と他人に言わないことが親子の約束だったそうです。発病して以来ずっと隠して暮らしてきましたが、大学卒業後に就職した会社である日発作を起こし、居づらくなり退職をしました。このように隠しながらずっと問題なく働いていたのに、たった一度の発作によって、周囲から働くのは危険だと思われ、どんどん行動を制約され、結果的に職場にいられなくなるケースは少なくないといいます。このようなてんかんへの無理解が差別につながり、病気を隠さざるを得ない状況は続くのです。

 「仕事を失った患者の方は、社会の中で行き場を失い孤立してしまいがちです。病気について周囲に少しでも理解があれば、てんかんの方の人生の歯車は狂わずに済むのです」(渡部恵子さん)。

関心と理解を拡げていくために

 日本てんかん協会では、てんかんに対する理解の促進、本人や親などの交流の場づくり、相談支援、てんかん施策の充実を目指した調査研究などを行っています。理事を務める渡部恵子さんは「1人でも多くの当事者の方に参加してほしい」と話します。「同じような思いをしている仲間と話すことで、人生が変わってくる方もいるのです」。

 てんかん発作が原因とみられる交通事故を契機に、運転免許制度の罰則強化が議論されるなか、こうした当事者の方々が心配するのは、てんかんへの偏見、差別が強まることです。平成14年に道路交通法が改正され、発作が一定期間ないなどの条件を満たし、医師の診断書を提出すれば免許取得が可能となりました。しかし、病気を申告しない方がいるのが実態のようです。

 痛ましい事故を繰り返さないためにも、患者の方にルールを守ることが求められるのは当然のことながら、それと同時に、偏見にもとづく様々な差別を解消するために、私たちにはてんかんを正しく理解することが求められてもいます。そして、てんかんを隠さなければならない社会状況を変えていくことが必要なのです。

インタビュー/林 勝一(東京都人権啓発センター 専門員)
編集/小松亜子

社団法人日本てんかん協会(愛称:波の会)

冊子表紙

『はじめてのてんかんテキスト』
日本てんかん協会発行

相談専用ダイヤル 電話: 03-3232-3811

このページの先頭に戻る