東京都人権啓発センター

TOKYO人権 第53号(平成24年2月29日発行)

特集

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震災と人権 震災後の新たなまちづくりへの視点

今年度、本誌ではこれまで、「震災と人権」をテーマに、さまざまな視点から連続して特集記事を掲載してきました。昨年3月の東日本大震災から約一年が経ったいま、今号では、議論のひとつのまとめとして「復興とまちづくり」をとりあげます。被災地は今後、どのように復興していこうとしているのか、そこでは何を大切にしながらまちづくりを進めていくべきなのか、建築家 藤村龍至(ふじむらりゅうじ)さんにお話を伺い、考えます。

大震災がまちや人々に与えた影響

 広く東日本全域を襲った大震災から、約1年が経過しました。被害のあった各地ではそれぞれに、自分たちのまちをどのような形で復興させるかについて、住民の間で、また国や自治体との間で、真剣な議論が続いています。

 1923年(大正12年)の関東大震災では、死者の死因の9割近くが火災によるものであり、1995年(平成7年)の阪神淡路大震災では、神戸市内での死者の死因は8割以上が建物倒壊による圧死でした。今回の大震災では東北3県(岩手・宮城・福島)の死者のうち9割以上が溺死だったことがわかっています。いかに津波の被害が大きかったかを物語っています。

 地震の揺れそのものによる地盤沈下や津波と相まっての地形の変化、広範な地域での液状化現象、それに原子力発電所の事故までもが加わって、「複合災害」と呼ぶべき事態となりました。このことが復興に向けてのまちづくり・コミュニティづくりをより困難なものにしています。

 また今回の被災地は、震災以前から高齢化・過疎化が進んでいた地域が多く含まれています。大災害は、このようなことにさらに拍車をかけることになるかもしれない、との不安をも現実化しています。

復興構想とまちづくりの現実

 昨年6月25日、被災地域の復興に向けた指針策定のための審議をおこなう政府の東日本大震災復興構想会議が、復興ビジョンである「復興への提言〜悲惨のなかの希望〜」を答申しました。

 この答申では、「大規模な自然災害であっても完全に封じることは可能だ」とする従来の防災思想を転換し、大規模災害は起こりうるということを前提にして「災害時の被害をいかに最小化するか」に力点を置く「減災」の考え方に基づいて、まちづくりを推進することを提唱しています。この減災の考え方によって新しい地域をかたち創つくるとし、国は法令の改正や特別法の制定を進めるとともに、財政的裏付けを急いでいます。

 提言の1日前には東日本大震災復興基本法が交付・施行されました。この法律は復興に関する基本理念などを定めるものですが、その中で国は、21世紀半ばの日本のあるべき姿と、震災からの復興のための施策に関する基本的な方針を定めています。また地方公共団体においては、法律の基本理念に国の基本方針を踏まえて計画的に必要な措置を講じていくことが責務とされています。

 また被災状況や地域特性に応じた復興計画を各県、市町村が策定しており、これからはその具体化を図ることになります。その中には、高所への集団移転など住民にとっては厳しい判断を求められる地域や、農地の再編、漁港や漁協の集約など、これまでとは違う就労場所や就労形態を求められることもあるといいます。

これからのまちづくりに必要なこと

書籍:表紙

三浦展、藤村龍至 編著
『3.11後の建築と社会デザイン』
平凡社新書

 ここに、『3.11後の建築と社会デザイン』という本があります。昨年7月16日に東京で開催された「3.11後の社会デザイン──東北の再生と日本の再編」と題されたシンポジウムを本にまとめたものですが、冒頭で今回の災害は、「単なる自然災害ではなくて、従来までの都市を作ってきた20世紀の原理そのものに原因している」と指摘しています。ここで問われているのは、これまで私たちが追い求めてきた経済性、効率性や機能性に偏ったまちづくりです。

 「戦後、1960年代に始まった全国総合開発計画に代表される国土計画が進み、農業国だった日本は工業化され、社会全体が近代化されてきました。震災は、そうした従来の日本の都市計画の針路を新しいものに置き換える転換期に起きたといえます」(シンポジウム司会役、東洋大学講師・藤村龍至建築設計事務所代表 藤村龍至さん)

 まちは一人ひとりの日々の生活で成り立っています。しかし私たちが今回の大震災で人はひとりでは生きようがない、ということも改めて実感しました。そして被災された方々の忍耐や粘り強さが訴えてくる力に、私たちは驚嘆しました。それはいわば文化のなせる、風土に裏打ちされた人々の行為や考え方であったとも言えるでしょう。

 これから築かれる被災から復興したまちがこの文化を再構築するにあたって、人が人を大切に思い支えあう、差別や偏見を許さず、互いに意見の違いを認め合う、というより一層人権に配慮したまちづくりが求められているのです。「これからのまちづくりには互いに差異を認め合う姿勢が必要ではないでしょうか。声の大きい人の意見だけでなく、声なき声を見えるようにするような設計者の姿勢が重要だと思います。」(藤村さん)

 「衣・食・住」に代わって「医・職・住」ということばが、阪神淡路大震災の復興に当たって提唱されました。今回の大震災の復興にもこれらのあり方は重要です。「医」には医療や介護だけでなく、病者が地域とつながる施設や機会が組み込まれ、「職」においては、単に経済、消費生活を成り立たせるだけでなく、いきがいや働きがいというものが、人への思いやりへとつながる仕事を想定しています。「住」についても、家族がまわりを遮断して孤立して住むのではなく、共有空間に向かって門戸を広げたり、シェアハウスが出現したり、居場所を実感できる構造を取り入れたものになるでしょう。「人が人を大切に思い支えあう構想となり、新たな文化を生み出すことにもなるはずです」(藤村さん)

 人口減少や高齢化は、日本全体の確実な未来です。どのように復興のまちづくりを進めていくかということは、これからの日本全体のまちのあり方に大きく関わります。

 「人は年をとれば、最後にはひとりで、身体も動けなくなるし、人にもなかなか会えなくなります。もうちょっと小さな規模のまちであれば、ふだんの関わりも増えるでしょう。農村でも都会でも郊外でも、高齢者が人に会える機会を増やしたい。そういう意味で、コミュニティやコンパクトシティ(注)の考え方には賛否両論ありますが、これからのまちづくりにとって現実的に意味があると思います」(藤村さん)。

(注)市街地を小規模に保ち、歩いて移動可能な範囲を生活圏ととらえ、コミュニティの再生や住みやすいまちづくりを目指そうとする考え方。

「人が基本」という発想からまちをつくる

 東日本大震災復興対策本部によれば、2012年(平成24年)1月現在、全国の避難者等の数は33万人を超えています。津波被害にあった地域では瓦が 礫れきの処理もままならず、また福島第一原発の事故の影響下にある地域では、そこで生活すること自体がどの程度可能なのかさえ、判然としないままに時間が過ぎています。

 被災された方々の復興への営みが、これからの東北を原動力となり、これからの日本の地域のあり方へのこの上ないモデルとなることを願うとともに、広場や建築物が自然と共生して風土となるように祈っています。人はひとりでは生きようがない、しかし、他人との関わりの中では様々な意見の違いもあり、感情の行き違いもあるでしょう。ましてや今までの概念を壊し新しいまちを創るにあたっては、対立軸も多くなるでしょう。いわれのない差別や仲間外れなどが起こらないためにも、再度言いたいと思います。自然との調和を図るという前提のもと、「人」がすべての物事の基本となるべきなのです。

インタビュー/田村鮎美(東京都人権啓発センター 専門員)
編集/原 広

作品例

理想宮[たんぽぽ畑のある国、こどものはしゃぎ声、こわい塔]©石井七歩

作品例

インクルーシブアーキテクチャー©dot architects + 水野大二郎

藤村龍至さんがキュレーションする展覧会

「超群島 HYPER ARCHIPELAGO」展

3.11以後、アーキテクト/アーティストたちは世界をどう見るか?

日時
2012年3月11日から4月16日まで(予定)
11時00分から20時00分まで
入場無料 不定休
場所
表参道GYRE3階 EYE OF GYRE
渋谷区神宮前5-10-1 3階

3.11という歴史的事象から1年たった時を迎え、今後日本が目指すべき道筋に必要なグランドデザインや意思決定のイメージを提示しようとするアーキテクト、アーティストたちに問いかけた展覧会。

お問い合わせ
超群島展事務局(藤村龍至建築設計事務所内)
電話
03-3476-6508
メール
office『アットマーク』ryujifujimura.jp
(注)『アットマーク』の部分を半角英数字の @ に変更して送信してください。

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