東京都人権啓発センター

TOKYO人権 第51号(平成23年9月30日発行)

インタビュー

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いろいろな人がいるからいろいろな支援ができる

『この悲しみの意味を知ることができるなら』という本があります。これは、2000年12月31日未明に起きた「世田谷事件」(注)で、大切な妹一家を失った入江 杏(いりえ あん)さんによって書かれたものです。入江さんは現在、大切な人を亡くし深い悲しみとともに生きる人たちを支援する活動(グリーフケア活動)をしながら、子どもたちに絵本の読み聞かせもしています。

 そんな入江さんに、ご自身がどのように悲しみと向き合ってきたか、そして、東日本大震災における被災者や遺族を支えるうえで、周囲が大切にするべきことなどをうかがいました。

PROFILE

写真:入江 杏さん

入江 杏さん

国際基督教大学卒業。英国の大学で教鞭をとるなど、10年近い海外生活の後、帰国した2000年12月31日未明、「世田谷事件」に遭遇し、大好きな妹一家を失う。その後、犯罪被害からの回復・自助とグリーフケアに取り組みながら、絵本創作と読み聞かせに従事している。また、毎年12月に行われる、追悼の集い「ミシュカの森」では主宰を務め、一家を偲ぶ人たちとともに事件の解決を訴え、犯罪、事故、自死の遺族に寄り添うべくメッセージを発信している。

─ 事件からまもなく11年。現在はどのように暮らしていらっしゃいますか。

写真:インタビュー風景

撮影/小河原俊男

 あの当時、私たち家族(私、夫、息子、母)と妹たち家族(妹、妹の夫、妹の娘、息子)は、2世帯住宅に住んでいて、壁1枚こそありましたが、仲の良い8人家族のようなものでした。妹一家が突然亡くなってからは、悲しみに押しつぶされないように、残された家族で手を携えあいながら今日まで生きてきました。そうしたなか、事件から10年目の年に、私にとっては最も大きな支えであった最愛の夫が、大動脈解離という病気で何の予兆もなく他界してしまいました。30年の結婚生活でしたが、支え続けてくれた彼には今でも心から感謝しています。一方、母は病気で入院中です。高齢であることを考えれば、看取りの時期と言っても過言ではありません。12年前、私たちは8人での生活でしたが、今は来年から社会人になる息子と2人だけの生活になってしまいました。

 そして今年の3月、東日本大震災が発生しました。非常に多くの方が、家族、家、仕事、そして故郷を失くすという喪失体験に直面されています。形は違いますが、思い出がたくさんつまった家と大切な家族を一度に失くした経験を持つ者として、とても胸が痛みます。

─ 深い悲しみから再生するためには何が必要でしょうか。

 実は震災後、関西で開かれた講演会に呼んでいただき、阪神淡路大震災、福知山線脱線事故、池田小学校事件のご遺族の皆さんを含め、多くの方々とお会いする機会がありました。いろいろなお話をうかがうなかで思ったことは、人は悲しみを生きる力に変えていけるということです。悲しみを通して人と出会い、絆を結び、力を与え合っていく。悲しみがもたらすものはマイナスのことばかりではないと、今なら言えます。喪失体験の直後には、なかなかそうは思えませんが、今現在、喪失体験をされ、悲嘆にくれている方には、時間はかかるかもしれないけれど、やがて悲しみが生きていく力に変わる日がくるとお伝えしたいです。

 また、当事者が当事者になる前から築いてきた絆にだけ固執すると、先へ進むきっかけを失いかねません。だからと言って、既存の絆を断ち切ることで悲しみは癒えません。ですから、古い絆を生かしつつ、新しい絆も築いていくということができれば、それが理想的な再生のプロセスだと思います。

─ 喪失の受け止め方に、年齢による違いなどはありますか。

 そうですね、子どもと高齢者とでは大きく変わってくると思います。子どもにはやっぱり希望があるんですよ。未来を描くことのできる子どもならではの逞しさに、大人のほうが救われることもあります。また、「子どもを守るのは自分だ」と思えば、大人は自然と背筋が伸びますよね。ただ、なかには、大人の期待に応えようとがんばりすぎてしまう子もいます。そんなときは、「あんまりがんばらなくてもいいよ」と。一緒に本を読むとか、話をとことん聞いてあげるとか。そんな時間の過ごしかたも時には必要だと思います。大切なのは、とにかく安心させてあげること。これに尽きます。逆に高齢者の場合は、長きにわたって培ってきたものを失ってしまうと、そのこと自体を受け入れられず、なかなか前向きになりづらいようです。

 あとは世代に関係なく、同じ喪失体験に遭遇しても、失ったものとの関わり方によって、一人ひとり捉え方が違うし、悲しみの感じ方も違うんです。たとえば同じ家族でも違うんですよ。「私がこんなに悲しんでいるのに、どうしてあなたは大丈夫なの?」ということが起きる。こうしたことが原因で、絆だと思っていたものが壊れてしまうことだってあります。

─ そういう状況に陥ったときに、どのように対処すればいいのでしょう?

 一概には言えませんが、あえて一つ言うなら、「自分の悲しみから少し離れてみる」ということですね。「自分だけがこんな悲しい目にあっている」と思いつづけていると、「緑がきれいだな」とか、「風が気持ちいいな」とか、本来の自分が感じるべき「今」を感じられなくなってしまいますから。私も、事件から数ヵ月後に咲いたはずの桜のことが全く記憶にないんです。しばらくしてから私は、「このままではいけない」という気持ちを意識的に持って、大自然のなかに身を置いてみたり、自分の悲しみと全く関係のない方のお話を聞いてみたりしました。そうすることでふっと穴から出られたような気持ちになりました。特に私の場合は、夫が、妹一家を失った悲しみから離れるために心を砕いてくれました。散歩に誘ってくれたり、家族旅行を計画してくれたり。日常にちょっとした楽しみを求めていくことが大切なんだと思います。心の底からは楽しめないかもしれないけれど、それでも家族で日常を取り戻す努力をすることに意味があると思うんです。

─ 喪失体験をされた方への支援のあり方とは?

写真:インタビュー風景

撮影/小河原俊男

 一番大切なことは「続けること」だと思います。すでに何かを失っている方は、支援が途中で終わってしまうことを拒絶されたように感じてしまい、気落ちしてしまうことが多いんですね。ですから、支援を続けていくためにも、こうでなくちゃいけないという支援でなくてもいいと思います。たとえばボランティアでも支援の形は色々あっていい。個人であっても行政であっても、“イマジネーションのある”支援をすることが必要だと思います。一方的に何かをしてあげるのではなく、当事者自身が輝きを取り戻せるような支援の形にすることです。「支援される側」としての役割ばかりが続くと、「助けていただいて、ありがとうございます」という流れから抜け出せず、そのうちそれが負担になってきますから。

 また、当事者がどのような状態であろうと、支援者は、ありのままの当事者を受け入れて、寄り添っていくことです。専門的な知識や支援経験の有無も大切だとは思いますが、それ以前に、支えを必要としている人の「今」を共に感じ、ありのままのその人を受け入れ、共にできることを探っていくことができるかどうかだと思います。

 私の場合は、妹一家を亡くしたあと、たくさんの「普通の人たち」に助けていただきました。話し相手になってくれたり、家の片づけに手を貸してくれたり、子どもの様子を気にかけてくれたり。そんなささやかなことに大きく救われたものです。組織的なボランティアも大切ですが、目が行き届かず、ないがしろにされてしまいがちな、生活の細かい部分を個人がフォローすることも、立派なボランティアだと思います。

─ 子どもたちに絵本の読み聞かせをされているのは、どういった理由からでしょうか。

写真:読み聞かせの様子

読み聞かせの様子

 私は、事件から立ち直っていく過程において、日常を取り戻していくことの尊さをあらためて感じました。絵本は、家族で楽しめるツールとして、気軽に手に取れるものとして、私たちのそばにいつも存在していましたから、子どもたちにも絵本に親しんでほしいなと。1冊の絵本のもとで、皆が同じところで笑ったり、泣いたり、考えたりする。そんなふうに感情を共有する体験が多いほど、人は強くなれると思うのです。今回の震災の後は、東北関連の民話や津波の絵本を読みました。感受性の強い子は、悲しい場面で本当に涙を流します。悲しみもまた、人間らしい感情の一つとして知ってもらえたら、故意に人を悲しませるような人間にはならないと思います。

 また、私自身、悲しみから逃れたいとき、本には随分と助けられました。逆に、悲しい本を読んで、思い切り泣くこともありました。涙を流すことで、悲しみを受け入れ、悲しみと和解できたように思います。そんな自分の体験もあり、被災地となった東北には、多くの方からのご協力を得て、たくさんの絵本を送りました。

─ ご自身でも絵本を書かれていますが、それには特別な理由がありますか。

 亡くなった姪の同級生たちにとっても、姪とのせっかくの楽しい思い出があるのに、まがまがしい記憶だけが際立ってしまうのは悲しいことだと思い、絵本を通して、同級生たちの心に良い思い出を描きなおしたいという気持ちがありました。また私自身、自分の人生を物語として捉えることで、なぜ自分が生きているのか、何を目指しているのかを理解できたような気がします。そして大好きな妹一家とのつながりを深く見つめなおすことができました。亡くなった人の人生を物語として遺族が語っていくことで、遺されたものたちはその人のことをより深く理解できる。実際に作るときはそこまで考えてはいなかったのですが…。

 絵を描いたり、文章で表現したり、あるいは、カウンセリングで話をするなど、自分の気持ちに丁寧に触れていく作業は、喪失体験からの再生に必要なことだと思います。

─ ご自身のこれからと読者へのメッセージをお聞かせください。

 できるだけ多くの当事者の声を届けたいですね。「もしかしたら、あなたもこうなるかもしれないのよ」ということではなく、少しでも当事者やその事柄に目を向けてもらうことを大切にしながら活動していきたいです。また長期的な視野に立ったグリーフケア活動については、講演会などの大きなものも大切ですが、振り返りの場にもなっている絵や絵本などアートを柱とした会のほうも大切にしていきたいです。子どもへの読み聞かせはもちろん、子どものためのグリーフケアも一つ形にしていきたいと思っています。

 経済不安が増していくなか、日本社会においても、「あの人は何でもできるから必要だけど、あの人はできないからいらない」といった考え方が目につきます。でもそうではなくて、ありのままのその人を受け入れ、「どんな人にも、その人にしかできないことがある」という考え方が、誰もが希望を捨てずに生きていける世の中を作っていくのではないでしょうか。

インタビュー/田村鮎美(東京都人権啓発センター 専門員)
編集/那須 桂

(注)2000年12月31日未明、世田谷区の会社員宮澤みきおさん(当時44 歳)宅で、妻の泰子さん(当時41歳)、長女のにいなちゃん(当時8 歳)、長男の礼くん(当時6歳)の一家4人が殺害された事件。多くの遺留品が残されていながらも、いまだ犯人の特定には至っていない。

冊子表紙

入江 杏 著
『この悲しみの意味を知ることができるなら』
春秋社 刊

冊子表紙

入江 杏 著
『ずっとつながってるよ
こぐまのミシュカのおはなし』
くもん出版 刊

11月25日から12月1日は犯罪被害者週間です。

東京都では、この週間にちなんだ行事を予定しています。詳細は決まり次第、ホームページ等でお知らせいたします。

じんけんのとびら(東京都 総務局 人権部)
外部サイトへ移動しますhttp://www.soumu.metro.tokyo.jp/10jinken/tobira/event.htm
(公財)東京都人権啓発センター 人権イベント情報のページ
http://www.tokyo-jinken.or.jp/event/index.htmll
この件のお問い合わせ先
東京都 総務局 人権部
電話 03-5388-2589

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