東京都人権啓発センター

TOKYO人権 第51号(平成23年9月30日発行)

特集

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震災と人権 復興に伴うストレスを知り、息の長い支援活動につなげる

3月11日、東北地方を中心に東日本の広い地域を激しい地震と津波が襲い、多く人たちが被災しました。「震災と人権」の2 回目である今回は、支援の場で起こるさまざまな問題と、復興における課題について、精神医学的な視点から考えます。一橋大学大学院教授で精神科医師の宮地尚子(みやじなおこ)さんにお話をうかがいました。

復興がもたらす心のトラブル

 東日本大震災で恐怖の体験をした人が深刻な心の傷を負い、その救援にあたる人も“隠れた被災者”として、精神的な打撃を受けています。現在、阪神淡路大震災などの経験を活かし、人々の心のケアに重点を置いたさまざまな支援活動がおこなわれています。

 しかし、災害から半年がたち、被災地の復興も徐々に進む一方で、その復興プロセスに起因する心のトラブルについては、まだあまり気づかれていないのではないか―― 宮地さんはこう指摘しています。

 今回は震災によるトラウマ(心の傷)と復興のプロセスで起こるストレスの問題について考えてみましょう。

被災し、復興していく過程で起こる心の傷

 「トラウマというと、悲惨な出来事が起こったその時に生じたものと想像されがちですが、実際には、その出来事の後々にまで衝撃を長く引きずり、傷の広がりを受け続けるものなのです」(宮地さん)。

 まして、今回のような大震災によるトラウマは、個人レベルを超え周囲の人間関係や社会に大きな影響を与えていることは想像に難くありません。

 最初に、被災者の心の傷はPTSD(心的外傷後ストレス障害)反応としてさまざまな症状を引き起こします。主には、トラウマとなった出来事と当時の身体感覚がよみがえる記憶の再体験や、関連する場所・人・物などの話題等を極端に避ける行動、感情が委縮したようになったり、心身が過度の警戒状態になって緊張するなどがあります。また、うつ症状や心身の不調を示す人も多く見られます。その苦痛から逃れるために、アルコールやギャンブルへの依存に陥る人も出てきます。

 さらに、大切な人を亡くした人は、悲嘆反応やサバイバーギルト(自分が生き残ったことへの罪悪感)をもつ場合も少なくありません。復興の過程では、被災者どうしの間で、被災の程度、症状やトラウマの「重さ比べ」が起きたり、潜在していた敵対関係が表面化することもあります。

 被災者に手を差し伸べようとする支援者もまた、つらく悲惨な現場での支援作業がもたらす心の負担や、被災者・遺族の話を繰り返し聞くことで生じるPTSD に似た症状、共感する力の消耗、疲弊、感情の麻痺などに襲われ、最終的には支援が続けられなくなる場合もあります。支援者どうしの間では、支援や共感の程度、能力をめぐる競争や、支援方針をめぐる争いが生じたりします。

 被災者と支援者との間でも、支援者が被災者に過度に思い入れして気持ちが空回りしてしまうことがあります。被災者が支援者に対して複雑な気持ちを抱き、自分を卑下したり、相手に不信感を抱いたり、あるいは、両者の間に屈辱感や優越感がつきまとい、“支援”が“支配”の関係に転化してしまう危険さえあります。

被災者、支援者、取り巻く人々の立ち位置

 一般的には、より被害の中心に近く、影響を大きく受けた人ほど声をあげる資格があり、また、そういう人が声をあげるものだと考えがちです。しかし現実には、被害が大き過ぎると生き延びることができませんし、衝撃のあまり声を失っているかもしれません。また、被害者はときに差し伸べられた支援の手を拒むことさえあります。

 そういった犠牲者や被害当事者と支援者など、心の傷をめぐる人々の関係性の困難さを理解しやすくするために、宮地さんは〈環状島〉というモデルを提示しています。

 〈環状島〉は文字通り「環( わ) の形をした島」です。被害の中心である真ん中が凹んで〈内海〉になり、周囲は〈外海〉に囲まれています。〈内海〉には犠牲者が沈んでおり、〈外海〉には傍観者がいます。島には〈尾根〉があり、〈内斜面〉と〈外斜面〉があります。被災者は〈内斜面〉に、支援者は〈外斜面〉に位置することになります。トラウマは激しい感情反応を引き起こします。そのもたらす感情や感覚の強度、切迫度が作り出す地形が〈環状島〉なのです。(注)図参照

 震災ではたくさんのことが同時に起き、混乱が長く続きます。それらは時間とともにある程度整理される一方、新たなストレスが生まれ、人間関係も複雑化し、立場の違いがトラブルを招きがちです。しかし、自分や相手の立場の違いを知れば、混乱を減らすことができ、自分や他人をむやみに責めずにすみます。

 復興はストレスに満ち、トラブルは避けられませんが、そういったことが多かれ少なかれ起こりうるものなのだということを、あらかじめ知っていれば少しは気が楽になります。人々が各々の立ち位置を理解することは、お互いの距離や関係性を見直し、支援や復興を円滑に進める上で重要でしょう。環状島モデルはそのためのツールとして役に立つだろう、と宮地さんは考えています。

図:クリックで拡大表示できます。図の出展:「震災トラウマと復興ストレス」と「環状島」に所収の図に一部手を加えました。

被災地から遠い人たちの心の傷

 今回の震災は、直接の被災者や支援者が多く存在する一方で、そのどちらとも言えない、でも単なる傍観者でもない立ち位置の人たちが多く存在するのが特徴です。震災の被災範囲が広く、当事者と何らかのつながりをもつ人が多いこと、原発事故にともなう電力不足・放射能不安の広がりなどもその要因と考えられます。

 日本に暮らす大多数にあたるこれらの人たちにも震災は大きな心の負担を与えています。安全な暮らしを奪われかねないこと、再び災害が繰り返すかもしれない不安、情報の混乱、惨状を目撃しながらなすすべのない無力感や罪悪感など……。環状島モデルは、こうした人たちの傷の存在を理解する上でも役立つのではないか、と宮地さんは言っています。

 「このモデルを最初に発想した時には、〈外海〉に位置する、いわゆる傍観者については考慮していませんでした。敵ではないにせよ加害者に近い存在とさえ思っていたのです。でも、現状を目のあたりにして、かれらにも苦悩があり、このモデルを用いてその傷を改めて位置づけ直す必要があると感じました」(宮地さん)。

持続的な復興支援のために

 傷を負った人が、何とか声をあげ、仲間とつながっていく過程で立ち上がってくる〈環状島〉。現在、震災による環状島はとても大きく広がっています。〈外斜面〉の裾野は広く、〈内斜面〉の被災者の声を聞き取ろう、支援しようという人が世界中にたくさんいます。

 しかし、残念なことですが、時間の経過とともに世間の関心や共感は薄まって具体的な支援は減っていくでしょう。経済的な問題や労働環境の悪化など、震災前から存在していたさまざまな社会的課題が再び顕在化して、被災者に対する自立へのプレッシャーも高まります。〈内海〉の水位が上がり、被災者が声を発しづらくなっていくことが予想されます。被災者が立ち直るには、まだまだ私たちの関心と支援が必要です。復興と支援を持続するため、私たちはどうしたらいいでしょうか。

 「震災直後には圧倒されるばかりでどうしたらいいかわからなかった人、微妙な立場にあった人たちこそ、これから自分のペースで、遠くからでもできる支援を始めると良い。自分の関心に合ったつながりを選んで支援するのも良いでしょう。目に見える関係は手応えのある支援を生みます。生真面目になりすぎると空回りしますから、大変な中にやりがいを感じ、楽しめる要素があることが、長続きの秘訣です。長期の支援活動が自然に生活の一部になると良いのです」(宮地さん)。

 たとえ遠くからであっても、被災者や直接の支援者たちを温かく支え、共感と優しさにあふれた社会を築くこと。それが今、私たちに求められています。自由と平等を尊重し、偏見や固定観念に捕らわれない、人が人らしく生きていくことのできる社会こそが、復興に伴うストレスを軽減し、未来への希望をつないでいくのです。

インタビュー/鎌田晋明(東京都人権啓発センター 専門員)
編集/原 弘

冊子表紙

宮地尚子 著
『震災トラウマと復興ストレス』
岩波書店 刊

冊子表紙

宮地尚子 著
『環状島=トラウマの地政学』
みすず書房 刊

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