東京都人権啓発センター

TOKYO人権 第50号(平成23年7月28日発行)

特集

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震災と人権 「基本的人権」に立ち返ることが被災者支援への第一歩

3月11日、東北地方を中心に東日本の広い地域を激しい地震と津波が襲いました。この東日本大震災によって、多くの命が犠牲となり、暮らし、働く場が根こそぎ奪われました。大規模災害からの「復興」は容易ではなく、これからも多くの時間と努力が必要となるでしょう。本誌では今号より数回にわたって、今回の震災を「人権」という観点から考えていきます。

密接な関係にある「災害」と「人権」

写真:「足湯」提供の

 災害と人権侵害とは切り離せない関係にあります。大規模な災害は多くの命を危険にさらし、人々の暮らしのすべてを奪い、理不尽な苦しみを強いるものです。こうした事態そのものが被災者の人権を大きく損なっているのだということを忘れてはなりません。

 いっぽう、災害時には、情報不足やデマなどによる人権侵害が生じることもあります。過去の大災害時には、世界のさまざまな地域で悲劇が起きてきました。東日本大震災の場合でいえば、福島の原子力発電所事故により被災地の農業・水産業・酪農業が受けた風評被害、また避難先での被災者に対する心ない対応などもそうした一例です。これらは決して見過ごすことができない問題と言えます。

 また、直接の被害に遭った人たちに、援助の手を差し伸べなければなりません。

 被災者の方々は、その後の避難生活でも多くの困難に苦しむことになります。なかでも高齢者や障がい者、病人や怪我人、心理的な影響を受けやすい子ども、ことばの壁のある外国人などといった、特別な援助や配慮を必要とする、いわゆる「災害弱者」と呼ばれる人たちの場合、その困難はより大きなものになります。

 1995年の阪神・淡路大震災を契機に活動を始め、災害に強いまちづくりの支援を手がけるNPOレスキューストックヤード(以下RSY)によれば、避難所生活での災害弱者にとっての「困りごと」の一例として、以下のようなことが挙げられるといいます。

【高齢者】
大勢が密集して暮らしているので通路が狭く、段差もあり、トイレも和式のため、用を足しに行きづらく、我慢してしまう。食事や水分を控え、脱水症状や便秘など体調不良を起こした。
【肢体不自由者】
段差を一人で上がれない。和式トイレが使えず、皆が寝静まった後、床に新聞紙を敷いて用を足した。
【視覚障がい者】
避難所の真ん中付近が居住スペースに割り当てられたため、一人での移動が難しくなった。
【聴覚障がい者】
救援物資の配布の告知が放送だけで、気がつかずに受け取れなかった。
【知的障がい者、自閉症の方など】
知的障がいや自閉症の方は、集団生活のなかでは奇声を発したり多動に陥ることも多い。そのため、気兼ねから避難所を退所する家族も見られた。また乳幼児を抱える家族からも、夜泣きなどのために避難所に居づらくなるという声も多い。

災害時の人権侵害を防ぐために

写真:浦野愛さん

NPO法人レスキューストックヤード
常務理事 浦野愛さん

 災害支援に際しては、被災者が切実に必要としていることを的確にくみとって、できることや優先すべきことから順に実現していかなければなりません。支援の現場では、何から着手したらいいか迷ったり、混乱したりするケースが起きてしまいがちです。そうした場合、「基本的人権の尊重」という原点に立ち返って考えることがとても重要になってきます。

 被災者の方々の状況を改善していくためには、生活物資や住まいなどといったハード面の支援だけでなく、ソフト面での支援も大切になります。RSYの浦野愛(うらのあい)さんによれば、それは何より「人と人とのつながり」だといいます。

 「ボランティアがあれこれ支援を重ねていっても、最終的に頑張らないといけないのは被災者の方々自身です。そして、その頑張りの下支えなら私たち支援者にもできる。それが人と人とのつながりの部分なんです。被災者から『この人たちが応援してくれるからもうちょっと踏ん張れる』といってもらえるような存在になることが目標になります。お金や物はもちろん大事ですが、最終的に人の頑張りを支えていくのは人と人とのかかわりだということを、これまでの支援活動のなかから学びました」(浦野さん)

 こうした考え方こそ、災害時にも忘れてはならない原点であるといえるのではないでしょうか。例えば、現在も東日本大震災の被災地で活動を続けているRSY では、避難所の被災者の方々に向けて「足湯」を提供しています(注 ページ上部の写真。現在避難所の足湯はすべて解消。仮設住宅で引き続きおこなっている。)。足湯は入浴ができない被災者のためのサービスですが、同時に、被災者どうしや、被災者とボランティアとの交流の場にもなっています。これもまた、「人と人とのつながり」を作り出し、深める試みのひとつなのです。

 援助や配慮を必要とする人たちを支えることについて、浦野さんは次のように語っています。

 「災害が起きた時、障がい者など困っている人を助けることができるのは、結局はふだんからその近くにいる人、同じ地域に暮らす人たちなんです。地域の住民が困っている人の状況を把握し、困っている当人も周囲に自分をゆだねる気持ちを持って、いざという時にはしっかり助け合い、両者の命が守られるような仕組みを地域の中に作っていく必要があります。そのために私たちは、援助を必要とする人たちの名簿作りや訓練などをおこない、それをきっかけにして住民と困っている人たちをつなげるように努めています」(浦野さん)

 同じ地域で暮らす人どうしのふだんからのつながり、つきあい方が、災害の時に重要な意味を持ってくる。それは「災害弱者」であっても、そうでない人たちであっても変わらないことだと思います。

 災害時というのは非常事態なのだから、たとえ人権の部分的な制限にあたるとしても、多少の不自由は我慢してもらって、復興に向けて一丸となるべきだ。理想論だけでは物事は進まないのだから――こういった考え方もあるかもしれません。しかし、非常事態には人権の侵害が起こりやすいということは、歴史が示すところでもあります。

 災害に襲われれば誰しも自分のことで精一杯になってしまい、他人を思いやる余裕などなくなってしまいます。だからこそ、被災者の人権を守ることをいつも以上に意識しながら支援や復興にあたることが大切になっていくのです。

今後の展望と課題

写真:砂浜を整える人々

宮城県七ヶ浜での活動の様子

 3月11日からすでに4カ月が経過し、震災直後と比べると状況も変化してきました。徐々にではありますが、被災者も避難所から仮設住宅などに移り始めていますし、それにともなって生じる困りごと・問題点も変化しています。

 例えば、仮設住宅は限られた期間だけ暮らすための施設なので、多くが簡素で画一的に作られています。夏は暑く冬は寒い、音が響く、手狭で収納スペースも不十分、段差も少なくありません。先にふれた「災害弱者」だけでなく、大多数の被災者にとって決して暮らしやすい環境ではありません。避難所と比べてプライバシーが確保される反面、お互いの目が届きづらくなり、人と人との間のつながりが薄れがちになるという傾向もあります。また、避難所を出て仮設住宅以外の場所で暮らし始めた被災者に対して、いかに情報を届けるかという課題もあります。今後も新たな問題が生じるのを避けることはできません。

 長期的に支援を続けるためには、私たち一人ひとりが震災の記憶を風化させず、身近な体験として受け止め続けること、ふだんから人と人とのつながりを意識することが大切です。それが結局は、人権を守ることにつながるのだと思います。

 本誌では今後も引き続き、「人権」という視点から大震災後の状況を追い、一人ひとりの人権意識の向上につながるような記事を提供していきたいと思います。

インタビュー/田村鮎美(東京都人権啓発センター 専門員)
編集/原 広

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