東京都人権啓発センター

TOKYO人権 第44号(平成21年12月1日発行)

特集

ここから本文です

コミュニケーションは“心の酸素”

音も、光もない世界。他者と言葉を交わさなければ、目の前に広がる世界と関わることさえかなわない――。それでも、全盲ろうの福島智さんは「人と人が直接交わすコミュニケーションは、光よりも、音よりも大きな意味を持つ」と言います。盲ろう者にとってのコミュニケーションとは、障害とはそもそも何なのか、みんなが生きやすい社会とはどういうものかなど、お話をうかがいました。

PROFILE

顔写真

福島 智さん

1962年、兵庫県生まれ。9歳で失明し、18歳で失聴、全盲ろうとなる。83年、日本で初めて、盲ろう者として大学に入学し話題に。96年7月、東京都立大学人文学部助手。同年12月、金沢大学教育学部助教授。2001年4月より、東京大学先端科学技術研究センター助教授(バリアフリー分野)。2008年10月、東京大学教授に。盲ろう者として常勤の大学教員になったのは世界初。社会福祉法人全国盲ろう者協会理事、世界盲ろう者連盟アジア地域代表などをつとめる。著書に『渡辺荘の宇宙人』(素朴社)、『盲ろう者とノーマライゼーション』(明石書店)など。

盲ろう者にとって、他者とのコミュニケーションが世界とつながる唯一の手段

全盲ろうであることを受け入れるようになるまでのことを話してください。

 私は9歳のときに全盲になり、14歳で右耳の聴力を失いました。そして18歳のとき、残っていた左耳が聴こえなくなりました。聴力がだんだん落ちていったころは「世界と自分との距離が遠ざかっていく」「私という存在が消えてしまう」ような感じがしていたのをよく覚えています。

 しかし、全盲ろうになったことが理由で生きることに絶望し、死んでしまおうと思ったことは一度もありませんでした。それは家族や友人、学校の先生など周囲の人々の協力に恵まれ、さまざまなサポートを得られたことが決定的に大きかったと思います。また、晩年の芥川龍之介の私小説など、「死」を色濃く意識した有名作家の作品を、たくさん読んでいたことも大きな助けになりました。

 苦しい状況に置かれている者にとって、明るく楽しい小説を読んだところで気持ちは晴れないものでしょう。その時の私は「毒をもって毒を制す」ように、あえて暗く絶望的な小説の世界に浸ることで「彼は死を選んだけれど、自分は死ぬまい」と開き直れたのです。作中の悲劇的な出来事を自分の運命と重ねて考えることが「状況はこれ以上悪くはならない。どん底まで落ちれば、あとは上るだけだ」という逆説的な安心感につながりました。私にとっては、それが何よりの処方箋になったのだと思います。

「指点字」というコミュニケーションについて。

 視覚と聴覚を失って、これから自分はどうなってしまうのか――そんな不安に揺れていた1981年3月のある日、母が私の両手の指を点字タイプライターのキーに見立てて、「さとしわかるか」と叩いたのです。私はすぐに読み取ることができました。これが後に「指点字」((注)表紙写真・特集2参照)と名づけた、私の人生を大きく変えるコミュニケーション手段です。それなのに、実はこの瞬間をあまりよく覚えていないんです。私は「また、おふくろが変なことやりよるな」くらいにしか思っていませんでした(笑)。

 盲ろうになる前、耳の治療のために盲学校を長く休んでいました。母が指点字を発明してくれたおかげで、復学したときに友達が次々に指点字で話しかけてきてくれて、とてもうれしかったですね。けれども、そこには大きな落とし穴もありました。

福島さんの写真

 盲ろう者というのは、まるで地下の牢獄に閉じ込められたような存在です。友達は話しかけたくなったらやってきて1〜2分話すと、またすぐどこかへ行ってしまう。それは、牢獄にしつらえた面会用の小さな窓越しにコミュニケーションをとっているようなものです。面会者が去ってしまうと、しばらく放っておかれ、やがて突然、別の人が面会にやってくる。その繰り返しなのです。

 牢獄の中で独りぼっちだったころは、窓が開くだけでもうれしかったし、今後に明るい展望が見えたようにも感じました。ところが、実際には耳が聴こえていたころのコミュニケーションとはほど遠く、まるで待ち受け専用の携帯電話のように、一対一の短い会話が断続的に繰り返されるだけだったのです。

 そんな状況が一変したのは、指点字の発明から約4カ月後、全盲の先輩・三浦さんと盲学校の友人・伊山くんと三人で話していたときです。ふと、三浦さんが私に指点字を打ち始めました。

 「三浦<伊山くんはいつ帰省するの?> 伊山<うーんとね、22日に帰ろうと思うんだけどね>」

 つまり、友人二人の間で交わされていた会話を、直接話法で私に伝えてくれたのです。小説で言えば、カギカッコに囲まれた会話文が挿入された感じで、生き生きとした臨場感を感じることができました。それまでの指点字では、地の文が延々と続くだけでした。そんな小説、読みにくいと思いませんか?(笑)

 こうして私は、リアルなコミュニケーションを取り戻すことができたんです。この経験によって、私の人生は大きく変わり始めます。同時に、盲ろう者には“通訳・介助者”が必要不可欠なんだということがわかりました。

 でも指点字は、事情を知らない人からすると、奇妙に見えるようです。通訳をする側と受ける側が常に手を重ね合わせていますから、尋常でなく親しいように見える。それであらぬ誤解を受けてしまうこともよくあるんですよ(笑)。

 手と手が触れた瞬間、私は世界とつながり、離れればスイッチが切れる。盲ろう者にとって、通訳・介助者の手は外界と交わる唯一の手段なんです。他者とのコミュニケーションが失われるとき、どれほど孤独感が深まり、心が蝕まれてしまうか――盲ろう者にとって、コミュニケーションとは「心の酸素」です。失われれば心が窒息してしまう。盲ろう者にとって、それは単なる比喩を通り越し、リアルで切実な問題なのです。

障害者という概念は社会との関係性から生まれる

“障害”とはそもそも何でしょうか?

 私は大学で教鞭をとりながら、「障害学」を研究しています。これは1980年代にイギリスやアメリカで生まれた学問で、日本には90年代の終わりごろに入ってきました。比較的新しい学問ですから、まだ混沌としていて、わかりやすく説明するのは難しいのですが。

 その内容は、障害という現象を通して、既成の学問や文化や人間についてのあり方を再検討する――と言っても、何だかよくわからないですよね?(笑) たとえば、女性学という学問では、「女性」を通して男性も含めた社会全体のあり方を考えます。障害学ではその「女性」を「障害者」に置き換えて社会を考えると言えば、わかりやすいかもしれません。

 障害とは何かという話ですが、それは「目が見えない、耳が聴こえない、手足が不自由といった人を障害者と呼ぼう」というところから生まれた、社会によって人工的に作られた概念であるということが言えます。

 あるいは、障害とは、ある特定の個人と、その人が置かれている社会との関係性から生まれるとも言えます。たとえば、狩猟をすることが生きるために必要な社会だったら、近眼であることは “障害”かもしれません。けれど、現代の日本では狩猟を生業とする人は少ないし、眼鏡やコンタクトレンズを使えば日常生活には事足りるわけで、そういう人を障害者とは呼ばないはずです。

 障害者という特別な人種など、どこにもいません。あくまでも社会との関係の中で「特別な扱われ方をされている人々」がいるだけなのですが、問題はそこに差別や偏見が生まれてしまうことです。

 だからと言って「障害という言葉には抵抗がある」というのはナンセンスでしょう。たとえ障害という言葉にネガティブな意味があったとしても、それは社会との関係性を指すだけであり、障害者自身のことを言っているわけではないからです。当たり障りのない表現に変えると、かえって問題の本質が見えなくなってしまう。そのことの方が、私は問題だと思います。

差別や偏見をなくすため「能力」と「価値」を切り離す作業が必要

障害者と健常者、みんなにとって生きやすい社会とは?

 障害という概念が無意味になる、あるいは障害という言葉を使う必要がなくなり、それが過去の遺物となってしまうことが理想です。

 しかし、これはそれほど簡単な話ではありません。たとえいまの社会が作り出した障害がなくなったとしても、別の形でまた障害が生み出されるかもしれません。人の能力にランクをつけて区別をしたがるという私たちの心のありようを変えることは、とても難しいからです。

 その人が持っている能力と、その人の存在価値は本来別々のことのはずですが、いまの社会は、それがあまりにも密接に結びついているような気がしてなりません。こうしたことは、障害者に対する差別や偏見の問題と、根の部分でつながっているのではないでしょうか。

 個々人に能力の差があるのは当然です。それは否定しないのですが、能力の差と、その人が社会の中でどんなふうに扱われるかという問題は、切り離す必要があります。これは障害者に限った話ではなく、健常者でも同じことです。生産性・効率性重視の社会で生きづらいと感じる人はたくさんいます。ゆとりを持ってすべての人を受け入れるような、そういう文化や社会を目指すことが課題でしょう。そのためにはどうすればいいのか、私にできることは何かを日々、考えています。

 人間には、生きているという、ただそれだけで価値があると、私は思います。障害者も含めて世の中すべての人が、それぞれ自分の言葉で「人生はいいもんだ」と静かにつぶやける。そんな豊かな未来が来ることを、心から願っています。

文 山川英次郎

冊子表紙

盲ろう者とノーマライゼーション
-癒しと共生の社会をもとめて

福島智 著

明石書店

冊子表紙

ゆびさきの宇宙
-福島智・盲ろうを生きて

生井久美子 著

岩波書店

このページの先頭に戻る