東京都人権啓発センター

TOKYO人権 第42号(平成21年6月17日発行)

特集

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「生命(いのち)のメッセージ展」を矯正教育に

立ち並ぶ白い人型のオブジェ。その正面に飾られた写真と赤いハートマーク。そして足下に置かれた遺品の靴。平成13(2001)年に東京で始まり、全国各地を巡って開催されている「生命(いのち)のメッセージ展」は、交通事故や犯罪などによって突然失われた命の「証し」を展示するイベントです。
この展示会を刑務所や少年院などの矯正施設で開催する試みが、昨年から始まっています。事故や犯罪の加害者に対して、被害者や家族のメッセージは伝わるのか。また、開催にはどのような意義が見いだせるのか、関係者に取材しました。

息子の死をきっかけに

 「生命(いのち)のメッセージ展」は、これまでに全国50か所以上の会場で、66回にわたって開催されてきました。多くのメディアでも取り上げられていますので、すでにご覧になった方や、ご存知の方も多いのではないでしょうか。

 等身大に作られた一つ一つのオブジェ(メッセンジャーと呼ばれます)には、その人の写真とともに、ご家族の手記やさまざまなエピソードを伝えるアイテム、また花や遺品などが飾られています。静かにBGMが流れる空間に身を置いて、メッセンジャーと向き合えば、その命の重みとご家族の思いを強く感じ取ることができるでしょう。

 このイベントが始まったきっかけは、ある一人の青年の死でした。

 「生命(いのち)のメッセージ展」の代表を務める鈴木共子(すずききょうこ)さんの息子、零(れい)さんは、大学に入学してまもなく、友人と歩いているところを飲酒運転の車にはねられて亡くなりました。夫を病気で失ったあと、母と息子の2人で暮らしてきた鈴木さんにとって、その喪失感、怒り、悲しみはあまりにも大きなものでした。

 造形作家として活動する鈴木さんは、失意の中からやがて零さんの死と向き合い、また自らを支えるために創作に打ち込み、息子と友人を追悼する個展を開きます。その個展を訪れた同じ境遇にある人たちとの出会いが、のちにメッセージ展開催の企画へつながっていったのです。回を重ねるごとに参加する遺族は増え、現在では毎回およそ130組が参加するイベントになりました。

メッセージ展を矯正施設で

 これまでメッセージ展は、おもに開催地の市民ホール、公共施設、学校施設などを会場として開催されてきましたが、平成20(2008)年3月に川越少年刑務所(埼玉県)でおこなわれた「生命(いのち)のメッセージ展in川越少年刑務所」を皮切りに、今年の1月には市原刑務所(千葉県)で、また2月には多摩少年院(東京都)においてメッセージ展が実施されました。

 そもそも被害者家族にとってみれば、矯正施設というのは複雑な思いを抱く対象であるはずです。「事件のことを思い出したくない」「加害者の存在を意識すること自体が苦痛」と考える人も少なからずいるでしょう。それでも、加害者が贖罪意識を保持するには、もっと被害者の声と向き合うべきだという主張は、犯罪被害者等の人権に関する意識が高まるにつれて、遺族を中心に大きくなっていました。

 一方、矯正施設においても、指導・教育に「被害者の視点」を取り入れる必要性は認識されており、その方法・内容等に関する検討が法務省を中心におこなわれていました。平成13年度には、刑務所などに犯罪被害者家族等を外部講師として招くゲストスピーカー制度を導入。また少年院施設においては「被害者の視点を取り入れた教育」の指導プログラムが始められ、年々、実施する施設が増えてきていました。

 こうした、2つのアプローチが一致する場所が慎重に模索された結果として、矯正施設におけるメッセージ展が実現したと言えるでしょう。以前から開催を打診してきたメッセージ展の側からすれば、要望がようやく実現したことになります。

母親の眼差しで

 矯正施設での開催にあたって、施設側はメッセージ展に参加している被害者家族に対して周到な事前説明をおこない、矯正施設で開催することの意義等についての理解を求めました。その中で、メッセンジャーの展示を希望しない家族は参加しないこと、また、初めてメッセージ展が実現した川越少年刑務所では、希望者のみの見学とし、施設全体でおこなう指導として義務づけることはしないといったことも決められました。(注)

(注)川越少年刑務所の場合、希望者283名が5つの班に分かれて、およそ30分間の見学を実施した。この間の経緯は、雑誌『刑政』(2008年12月号)所収「『生命のメッセージ展in川越少年刑務所』について」(田中廣司氏)に詳しい。市原刑務所、多摩少年院では入所者全員が見学。

 通常のメッセージ展の場合、被害者家族が会場内にいて、見学者と交流することも多いのですが、矯正施設では立ち会いの被害者家族は3組程度とされました。これは、「遺族たちの刺さるような視線の中で見学者がメッセンジャーと対峙しても、本来の命のメッセージが受け止めてもらえない」(鈴木さん)という配慮に基づくものでした。立ち会った被害者家族は、メッセージ展の象徴とも言える赤い毛糸玉を紡ぐための毛糸を見学者に手渡し、「精一杯がんばって」と積極的に声をかけていたそうです。

 「生命(いのち)のメッセージ展の基本的なコンセプトは“母性”だと思っています。もちろん、被害者支援という要素も含まれていますが、生命(いのち)をキーワードにもっと普遍的な、広い意味での共感を得てもらうことが目的です。矯正施設で開催する場合も基本的には同じ。北風と太陽のたとえではありませんが、メッセージを受け止めてもらうためには、母親の眼差しで見守ることも必要だと考えました」(鈴木さん)。

見学者の反応は

 「会場の雰囲気は厳粛なものでした。涙を流している見学者もいました。通常の指導に増して、より深く心に響く指導が実現できたと思います」。今年2月にメッセージ展が開催された多摩少年院の三村知彦(みむらともひこ)次長は、このように評価しています。

 

「生命(いのち)のメッセージ展」
展示風景

 同施設でも「被害者の視点を取り入れた教育」として、被害者や家族の手記などを素材として独自に編集したワークブックによる指導がすでに導入されており、被害者のことを考える機会を積極的に設けてきました。メッセージ展の開催はその延長線上にあるものです。「感受性の高い世代である少年たちが、自分が共感できるメッセージを読みながら、その場にじっとたたずむ姿を見て、実施してよかったと思いました」(三村さん)。

 各施設とも見学後の感想文を必須の課題とし、それらはメッセージ展の参加家族へも届けられました。代表の鈴木さんは次のように話しています。

 「たとえ課題として書かれたものでも、多くの見学者がメッセージをきちんと受け止めてくれたものと信じたい。少なくとも、自分たちの行為を見つめる一つのきっかけにしてくれれば、開催できた意義は大きいと思います」。

 矯正施設における「生命(いのち)のメッセージ展」の開催は、被害者の声を矯正教育に生かしていく試みとして評価されるだけでなく、シンボルの赤い毛糸が紡がれていくように、人の心と心をつないでいくための、より大きな可能性を感じさせる一歩であったということができるのではないでしょうか。

次回開催のお知らせ

生命(いのち)のメッセージ展 in 桐生

2009年8月14日(金曜)〜16日(日曜) 10時00分〜17時00分

桐生市市民文化会館(群馬県桐生市織姫町2-5)

生命のメッセージ展外部サイトへ移動しますhttp://www.inochi-message.com/sched.html

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